第12話「タクトの発表——ユウマ理論」
「……発表会? 俺が?」
放課後の教室。黒瀬ユウマは、机に頬杖をつきながらぽかんとした。
向かいに座る如月タクトは、厚い資料の束を両腕で抱え込み、やたら真剣な顔をしている。分厚い眼鏡が光を反射し、いつになくテンションが高い。
「そうだ! 明日の学内発表会、俺が中心になって行う研究テーマは——“ユウマ理論”だ!」
「……ユウマ、りろん?」
「お前の一挙一動を三週間、徹底的に観察した。俺は気づいたんだ。お前は無意識に奇跡を引き寄せ、結果を支配している! 偶然じゃない、必然だ!」
「…………いや、それただの俺のラッキー体質じゃね?」
「ラッキー体質? 違う! それは統計的に説明できる現象だ! そして俺は公式化した!」
タクトは机をばん、と叩き、資料を広げる。紙には奇妙な図式やグラフが描かれ、矢印と数式が乱れ飛んでいた。
「例えばこのケース。お前が寮の廊下を歩いていたとき、窓から鳥が飛び込み、偶然通りかかった上級生の敵を撃退しただろう?」
「あー、あれは俺が怖い顔で睨んだから、鳥もビビって突っ込んだんだよ」
「違う! “威圧の波動”が鳥を操ったのだ! これを式にすると——」
タクトは黒板に「∑(ユウマの無自覚行動)×偶然=必然的勝利」と書き殴った。
「なにそれ数式っていうか、ただのスローガンじゃねーか!」
「黙れ! 俺の知的探求心を侮辱するな! お前がどれほど無自覚に結果を呼び込んでいるか、全学園に示してやる!」
その横でミサキが小さく肩を揺らして笑った。
「ふふっ……タクトくん、すっかり夢中だね。ユウマの“奇跡”を公式にするなんて。まるで本当に……最強の法則みたい」
「お、そうだろ? やっぱ俺って最強っぽいよな!」
「……“っぽい”って言っちゃった」
翌日。
学園講堂。
研究発表会は、魔導工学や剣術理論など各学科の生徒たちが研究成果を披露する、真面目なイベントである。壇上では巨大なスクリーンにスライドが映し出され、観客席には学生たちのほか、外部から見学に来た市民や保護者の姿もちらほら。
「続いて、魔導工学科二年、如月タクトによる発表——『ユウマ理論』」
司会の声に会場がざわめいた。
「ユウマ……? あの噂の?」
「また武勇伝か? 新聞部の記事で読んだぞ」
「最強の勇者候補の実態を解き明かすってことか!」
観客の期待と好奇心が渦巻くなか、タクトは得意げに登壇。背後のスクリーンにはでかでかと「ユウマ理論」と書かれている。
当のユウマは最前列の席に座らされていた。ミサキやサラ、レオンたち仲間も同席している。
「おいおい、なんか妙に注目されてね? 俺、何かしたっけ?」
「したよ。いっつもしてる。……無自覚にね」ミサキが小声で返す。
タクトは勢いよく指を鳴らし、スライドを切り替えた。
「第一の事例! “偶然”による勝利!」
スクリーンに映し出されたのは、酒場でユウマが椅子に座ろうとして転び、そのまま暴れ者ヴォルガをノックアウトした場面の再現図である。
「見よ! この非合理的な勝利! 通常であれば失敗に終わるはずが、ユウマの行動は結果的に敵を制圧する。私はこれを“無意識的戦術誘導”と名付ける!」
「誘導って……ただコケただけじゃね?」
観客席から笑いが漏れる。しかしタクトは真剣そのもの。
「第二の事例! 学園演習における市民救出!」
スクリーンには昨日の映像記録。棚が崩れ、その下敷きになりそうな子どもが、ユウマの横転した身体に弾かれて救われるシーン。観客席からは感嘆の声。
「見よ! 彼は“無意識的自己犠牲”を体現している!倒れる位置すら計算されたかのようだ!」
「計算じゃなくて、足つっただけなんだが……」
ユウマのつぶやきは、誰にも届かない。
観客はどよめき、メモを取る者まで現れる。
「な、なんだ……俺、なんか知らんうちに授業教材にされてね?」ユウマが青ざめる。
「……ほらね。やっぱり、最強“かもしれない”んだよ、ユウマは」ミサキがぽつりと呟いた。
タクトの発表は続く。グラフや模型、謎の魔導機械まで用いて「ユウマ理論」を徹底的に解説する。
「つまり! ユウマは無意識に偶然を収束させ、あらゆる結果を勝利に導く! この現象は統計上、“収束する奇跡”として証明されるのだ!」
最後のスライドには、ユウマが決めポーズをしているシルエットが映し出された。観客は一斉に拍手と歓声を送る。
「おおおおっ!」
「やっぱりあの人が最強なんだ!」
「理論まで立証されたぞ!」
ざわつく観客。ユウマは顔を引きつらせた。
「お、おい待て、俺はただ普通に——」
「謙遜するな、師よ!」とアルト=グランツが席を立つ。
「無自覚に奇跡を操るその姿……まさしく俺の目指す勇者の理想です!」
「やはり手加減されていたか……」レオンが拳を握る。
「看破できぬ奥義……」シズハが目を細める。
「兄さまはやっぱりすごい!」アイナが身を乗り出す。
全員が勝手に確信を深めるなか、ユウマはただ頭を抱えるしかなかった。
「……俺、いつの間にか研究テーマにされて……信仰対象にまでなってね?」
その隣で、ミサキは小さく微笑んだ。
「でも……悪い気はしないでしょ? “最強のユウマ”なんだから」
「……まあな!」
ユウマは自信満々に胸を張る。だがその裏で——タクトの発表は、さらなる誤解と伝説を学園全体に広める火種となっていた。
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