第11話「占い師ルーナの予感」
学園の片隅、占い小屋と呼ばれる小さな部屋があった。
そこは文化祭で使われる予定の備品置き場を、ほぼルーナ専用に改造したものだ。水晶玉、古びたタロット、干し草や香草の匂いが立ち込め、窓から射し込む光は薄紫のカーテンによって不思議な色に染まっていた。
ルーナは机に座り、深呼吸した。
「……また、当たっちゃった」
朝の占いで、彼女はこう告げていた――“今日、英雄は群衆に讃えられるだろう”と。
その数時間後、公開演習の場で黒瀬ユウマが市民の子どもを救った。……正確には、崩れた棚が偶然タイミングよく彼を通り過ぎただけなのだが。
しかし群衆は涙を流していた。「最強の勇者が我が子を救った!」と。
ルーナは鳥肌を覚えた。
──なぜ、彼の行動はいつも占いと一致してしまうのか?
最初は偶然だと思った。けれど三度、四度と続けば、これはもう偶然ではない。
「黒瀬ユウマ……あなたは、本当に……」
震える指先でカードを切る。
タロットに描かれた絵は、彼女の視線を吸い込むように意味深長だった。
一枚目──【愚者】。
無鉄砲に進む旅人。けれど愚かさが奇跡を呼び込むカード。
二枚目──【運命の輪】。
偶然を支配し、すべてを必然に変える力。
三枚目──【世界】。
すべてを終わらせ、すべてを完成させる象徴。
「……ありえない。三枚連続で、大アルカナの正位置……!」
ルーナは唇を噛んだ。
まるで世界そのものが、彼を中心に回り始めているかのようだ。
そこへ――。
「おーい、ルーナ? 占いしてるー?」
ノックもなしにユウマが入ってきた。
「ひっ!」
ルーナは思わず飛び上がった。机の上の水晶玉がカランと揺れる。
「な、なんだよそんなに驚いて……悪い悪い、ちょっと相談があってさ」
ユウマはあっけらかんと笑った。
ルーナは慌てて水晶玉を押さえる。
「こ、ここは神聖な場所なんだから! 不用意に入ってきちゃダメ!」
「え、そうなの? すまんすまん。まあ占いの館っぽいもんな」
彼は全然悪びれていない。
「で、相談って……な、何?」
ルーナの心臓はバクバクだ。
彼が来ることすら、すでに運命に組み込まれていたのか? それともただの偶然か?
いや、もうわからない。
「いや、さっきの公開演習のことなんだけどさ。なんか皆、やたら俺を“英雄”とか呼んでて……ぶっちゃけ困るんだよな」
「……は?」
ルーナは耳を疑った。
彼は本気で困っている顔をしている。
「俺は別に人助けしたつもりなんかねえんだ。ただ、棚を避けただけでさ……でも勝手に“子どもを救った英雄”とか……」
「…………」
ルーナは頭を抱えた。
この人は、まるで自分の影響力を理解していない。
「ふ、ふざけないでよ……! あれは運命だったの! 英雄として人々に認められる瞬間だったのよ!」
「いやいやいや、運命とか言われてもな。俺はただ、反射で……」
「違う! あなたは偶然を必然に変える人なの!」
思わず叫んでしまった。
ユウマがポカンと口を開ける。
「偶然を……必然?」
「そ、そうよ。だからこそ、わたしの占いは何度もあなたの行動と一致するの!」
「へえ……なるほどなあ」
ユウマは腕を組み、真剣な顔をした。
「つまりあれか。俺が“最強”だって信じてるから、全部がその方向に収束してるってことか!」
「ち、ちょっと違うけど……」
しかし彼の自信満々な笑顔に、ルーナは言葉を失った。
自分がどれだけ必死に説明しても、この人は“俺が最強だから当然”と受け止めるのだろう。
「よし、わかった。じゃあルーナ、俺がこれから何をすればいいか占ってくれよ!」
「えっ」
机の上のカードを見下ろし、ルーナは震える。
愚者、運命の輪、世界……。
この流れで占えば、きっと――彼は“世界を救う者”として出てしまう。
「どうした? やっぱ俺、次は魔王と戦う流れとか出ちゃうか?」
「……!」
心臓が止まりそうになった。
まだ彼は魔王の存在を知らないはず。だが言葉にしてしまった。
「ま、まあいいや! 占ってくれよ!」
ユウマは無邪気にカードを差し出した。
ルーナは深呼吸し、覚悟を決める。
――真実を伝えるべきか。それとも、誤解のままにしておくべきか。
カードをめくる。
一枚目──【死神】。
「し、死神……」
ルーナの顔が青ざめる。
しかしユウマはニカッと笑った。
「おお! 死神か! つまり俺が“死をも超越する最強”ってことだな!」
「えっ……」
完全に逆解釈だ。
ルーナは机に突っ伏した。
もはや修正は不可能だ。
彼はただの凡人なのに、皆が勝手に“死神を従える運命の勇者”と信じてしまった。
……だが心の奥で、ルーナ自身も確信してしまう。
彼は本当に、運命を変えてしまう人間なのではないかと。
水晶玉の奥で、光がかすかに瞬いた。
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