表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/48

第10話「学園公開演習——市民を救え」

「さぁ、本日の公開演習を始めます!」


 学園の中央広場。吹き抜けの青空の下、特設された観覧席には王都の市民たちが大勢詰めかけていた。子どもを抱いた母親、屋台で買った串焼きを頬張る親父、そして「勇者見たさ」とはしゃぐ若い娘たちの姿。


 普段は静かな学園も、今日はお祭り騒ぎだ。


 なぜなら——「最強の勇者候補」が参加するのだから。


「黒瀬ユウマ様、本当にいらっしゃるのね……」

「新聞に載ってた人だろ? 子どもが助けられたって話もあったし」

「やっぱり顔を拝んでおかないと!」


 市民たちの期待にざわめく声。だが当の本人はというと——。


「うわ……人めっちゃ多いな。学園のイベントでこんな集まるの?」


 緊張感ゼロで屋台の焼きそばを食べている少年こそ、黒瀬ユウマである。


 隣では幼馴染の白石ミサキが呆れ顔で腕を組んだ。


「ちょっとユウマ、あんた今日の主役なんだから! もう少し真面目な顔できないの?」

「えー? だって演習っていうから軽い模擬戦だと思ってたし。俺、最強だから余裕でしょ」


 さらりと口にした言葉に、周囲の生徒たちが震え上がる。


「……っ! やはり黒瀬殿は泰然自若!」

「堂々と『最強』を名乗るとは……間違いない」


 ……いや、ただの自己暗示である。


「では、第一演目! 生徒による模擬救助訓練!」


 学園長クロードの張りのある声が響き渡る。観客席が一斉にどよめいた。


 ステージには木製のやぐらや簡易建物が並び、「市街地での災害現場」を模した舞台装置が用意されている。


「火事や崩落を想定し、避難誘導や救助を試みてもらう! これは力比べではなく、真の勇者に必要な心を育むためのものだ!」


 喝采が沸き起こる。


「ふーん。なんか面倒そうだな」

「ちょっと! そういう態度やめなさいってば!」


 ミサキが突っ込みを入れたその時だった。


「キャアアアアッ!」


 演習開始早々、観覧席の隅から悲鳴が上がる。


 古びた資材置き場の棚がぐらりと傾き、子どもを抱えた母親の真上に倒れかけていた。


「危ないっ!」


 誰かが叫んだが、間に合わない。


 その瞬間——ユウマが焼きそばの皿を持ったまま、ふらりと振り返った。


「ん? なんか音した?」


 彼が何気なく一歩下がった拍子に、後ろにあった木の棒に足が当たる。


 棒が弾かれ、倒れてくる棚に直撃。


 バランスが崩れた棚は横に倒れ、母子の頭上を外れてドサリと地面に転がった。


 ……偶然。


「……え?」

「た、助かった……?」


 母子は無傷だった。会場全体が静まり返る。


 次の瞬間——。


「おおおおおおおおっ!!!」


 割れんばかりの歓声が響き渡った。


「見たか! あの絶妙なタイミング!」

「棚の軌道を正確に見極めて、蹴りで逸らしたんだ!」

「やはり黒瀬ユウマ様こそ勇者……!」


 誤解は、拡散する。


「え、ちょ……いや、今の俺なんもしてないし」

「ユウマ。……ほんとにすごい」


 ミサキが真剣な眼差しを向ける。


 普段なら「バカじゃないの」で済ませるはずの彼女まで動揺している。


「だ、だから偶然だって!」

「……偶然で人を救えるのが勇者なんじゃない?」


 そんな台詞を言われ、ユウマは耳まで赤くなる。


「お、俺は最強だからな! 偶然なんてない、必然だ!」


 必死に取り繕う言葉が、さらに人々の信仰を強固にしていった。


 演習は続く。


 ユウマはやる気なく舞台の端に座っていたのだが、なぜか彼の周囲だけ次々と「奇跡」が起こる。


一!地面に置いていた焼きそばの皿を拾おうとしたら、その動作で倒れそうだった子どもを抱き止めてしまう。


二!あくびをした瞬間、口から飛んだ息でたいまつが消え「火災鎮火」と誤解される。


三!落ちてきた看板を避けようとしてジャンプ、結果的に高所に取り残された少女を抱きかかえて着地。


 会場は熱狂の渦と化した。


「勇者だ! 本物の勇者だ!」

「見ろ! あの軽やかな身のこなしを!」

「彼がいる限り、我々は安心だ!」


 ……すべて偶然である。


 その様子を観客席の一角で見ていたのは、王国姫セリシア=リュミエール。


 透き通る金髪を揺らしながら、胸に手を当てて呟いた。


「やはり……彼こそが、予言にある“偽りなき最強の勇者”。」


 従者たちは頷き合う。


「姫様、間違いございません」

「この方ならば、魔王を討てる……!」


 また一つ、誤解が膨らんだ。


 そしてクライマックス。


「これにて救助訓練終了! 最後に代表生徒から一言!」


 クロード学園長が声を張り上げる。観衆の視線が一斉にユウマに向かう。


「え、ちょっと待って? なんで俺が?」

「ユウマ、行って。……みんな待ってるよ」


 ミサキに背中を押され、ユウマは舞台中央へ。


 群衆の前に立たされ、喉がカラカラになる。


(やべぇ……なんか言わないと……!)


 頭を抱えるユウマの口から、とっさに出たのは——。


「えーと……助けを待ってる人を、放っておけないよな。俺は……そういう人間だから」


 静寂。


 そして——轟音のような拍手と歓声が沸き起こった。


「名言だ!」

「やはり勇者様だ!」

「黒瀬ユウマ! ユウマ! ユウマ!」


 大合唱。観衆が涙ぐみ、子どもたちが手を振る。


 ユウマは顔を真っ赤にして叫んだ。


「ち、違う! 俺はただの——」


 その言葉は、歓声にかき消された。


 こうして、「黒瀬ユウマ、公開演習で市民を救う」の伝説がまた一つ誕生したのであった。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

もし「面白い」「続きが楽しみ」と感じていただけましたら、ブクマや★評価をいただけますと大変励みになります。

今後も楽しんでいただけるよう努めてまいりますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ