第10話「学園公開演習——市民を救え」
「さぁ、本日の公開演習を始めます!」
学園の中央広場。吹き抜けの青空の下、特設された観覧席には王都の市民たちが大勢詰めかけていた。子どもを抱いた母親、屋台で買った串焼きを頬張る親父、そして「勇者見たさ」とはしゃぐ若い娘たちの姿。
普段は静かな学園も、今日はお祭り騒ぎだ。
なぜなら——「最強の勇者候補」が参加するのだから。
「黒瀬ユウマ様、本当にいらっしゃるのね……」
「新聞に載ってた人だろ? 子どもが助けられたって話もあったし」
「やっぱり顔を拝んでおかないと!」
市民たちの期待にざわめく声。だが当の本人はというと——。
「うわ……人めっちゃ多いな。学園のイベントでこんな集まるの?」
緊張感ゼロで屋台の焼きそばを食べている少年こそ、黒瀬ユウマである。
隣では幼馴染の白石ミサキが呆れ顔で腕を組んだ。
「ちょっとユウマ、あんた今日の主役なんだから! もう少し真面目な顔できないの?」
「えー? だって演習っていうから軽い模擬戦だと思ってたし。俺、最強だから余裕でしょ」
さらりと口にした言葉に、周囲の生徒たちが震え上がる。
「……っ! やはり黒瀬殿は泰然自若!」
「堂々と『最強』を名乗るとは……間違いない」
……いや、ただの自己暗示である。
「では、第一演目! 生徒による模擬救助訓練!」
学園長クロードの張りのある声が響き渡る。観客席が一斉にどよめいた。
ステージには木製のやぐらや簡易建物が並び、「市街地での災害現場」を模した舞台装置が用意されている。
「火事や崩落を想定し、避難誘導や救助を試みてもらう! これは力比べではなく、真の勇者に必要な心を育むためのものだ!」
喝采が沸き起こる。
「ふーん。なんか面倒そうだな」
「ちょっと! そういう態度やめなさいってば!」
ミサキが突っ込みを入れたその時だった。
「キャアアアアッ!」
演習開始早々、観覧席の隅から悲鳴が上がる。
古びた資材置き場の棚がぐらりと傾き、子どもを抱えた母親の真上に倒れかけていた。
「危ないっ!」
誰かが叫んだが、間に合わない。
その瞬間——ユウマが焼きそばの皿を持ったまま、ふらりと振り返った。
「ん? なんか音した?」
彼が何気なく一歩下がった拍子に、後ろにあった木の棒に足が当たる。
棒が弾かれ、倒れてくる棚に直撃。
バランスが崩れた棚は横に倒れ、母子の頭上を外れてドサリと地面に転がった。
……偶然。
「……え?」
「た、助かった……?」
母子は無傷だった。会場全体が静まり返る。
次の瞬間——。
「おおおおおおおおっ!!!」
割れんばかりの歓声が響き渡った。
「見たか! あの絶妙なタイミング!」
「棚の軌道を正確に見極めて、蹴りで逸らしたんだ!」
「やはり黒瀬ユウマ様こそ勇者……!」
誤解は、拡散する。
「え、ちょ……いや、今の俺なんもしてないし」
「ユウマ。……ほんとにすごい」
ミサキが真剣な眼差しを向ける。
普段なら「バカじゃないの」で済ませるはずの彼女まで動揺している。
「だ、だから偶然だって!」
「……偶然で人を救えるのが勇者なんじゃない?」
そんな台詞を言われ、ユウマは耳まで赤くなる。
「お、俺は最強だからな! 偶然なんてない、必然だ!」
必死に取り繕う言葉が、さらに人々の信仰を強固にしていった。
演習は続く。
ユウマはやる気なく舞台の端に座っていたのだが、なぜか彼の周囲だけ次々と「奇跡」が起こる。
一!地面に置いていた焼きそばの皿を拾おうとしたら、その動作で倒れそうだった子どもを抱き止めてしまう。
二!あくびをした瞬間、口から飛んだ息でたいまつが消え「火災鎮火」と誤解される。
三!落ちてきた看板を避けようとしてジャンプ、結果的に高所に取り残された少女を抱きかかえて着地。
会場は熱狂の渦と化した。
「勇者だ! 本物の勇者だ!」
「見ろ! あの軽やかな身のこなしを!」
「彼がいる限り、我々は安心だ!」
……すべて偶然である。
その様子を観客席の一角で見ていたのは、王国姫セリシア=リュミエール。
透き通る金髪を揺らしながら、胸に手を当てて呟いた。
「やはり……彼こそが、予言にある“偽りなき最強の勇者”。」
従者たちは頷き合う。
「姫様、間違いございません」
「この方ならば、魔王を討てる……!」
また一つ、誤解が膨らんだ。
そしてクライマックス。
「これにて救助訓練終了! 最後に代表生徒から一言!」
クロード学園長が声を張り上げる。観衆の視線が一斉にユウマに向かう。
「え、ちょっと待って? なんで俺が?」
「ユウマ、行って。……みんな待ってるよ」
ミサキに背中を押され、ユウマは舞台中央へ。
群衆の前に立たされ、喉がカラカラになる。
(やべぇ……なんか言わないと……!)
頭を抱えるユウマの口から、とっさに出たのは——。
「えーと……助けを待ってる人を、放っておけないよな。俺は……そういう人間だから」
静寂。
そして——轟音のような拍手と歓声が沸き起こった。
「名言だ!」
「やはり勇者様だ!」
「黒瀬ユウマ! ユウマ! ユウマ!」
大合唱。観衆が涙ぐみ、子どもたちが手を振る。
ユウマは顔を真っ赤にして叫んだ。
「ち、違う! 俺はただの——」
その言葉は、歓声にかき消された。
こうして、「黒瀬ユウマ、公開演習で市民を救う」の伝説がまた一つ誕生したのであった。
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