第6話「黒影、潜入す」
夜の学園都市。
満月が雲間に覗き、石畳の街路を白く照らす。
屋根から屋根へ、影のように駆ける一つの影があった。
全身を漆黒の装束で包み、布で顔の半分を覆った少女。彼女の名は——黒影シズハ。影の組織〈夜霧衆〉の若き密偵である。
「……標的は黒瀬ユウマ。学園に突如現れた“偽りなき勇者”」
屋根の上で立ち止まり、月明かりに瞳を細める。
「奴の力を見極め、報告せよ。それが今回の任務」
感情を殺した冷たい声。だが内心は違っていた。
(……計測不能の魔力、実技試験でのおにぎり一撃。そんな芸当、本当に可能なのか? だが、組織が動くほどの存在……軽視はできない)
シズハは学園の寮へ向かって飛んだ。影のごとく。
その頃、ユウマは寮の部屋でくつろいでいた。
机の上に散らばる菓子袋、漫画雑誌、そしておにぎりの残骸。
「ふぅ……やっぱ実戦ってのは疲れるよな」
彼は畳にごろりと横になり、腹をさすった。
「でも、俺が本気出したら、あんな魔物も一撃だからな!」
——実際は投げたおにぎりが偶然命中しただけだが、本人は疑っていない。
その隣で白石ミサキが呆れ顔で座っていた。
「……ユウマ、ほんとにおにぎりで倒したと思ってるの?」
「当たり前だろ! 俺は最強だからな」
「……(でも、実際に倒れてたのも事実なんだよね……やっぱり本物なのかも?)」
幼馴染の心は今日も揺れる。
夜更け。
ミサキが部屋に戻り、ユウマが寝息を立て始めた頃。
「……ここか」
窓を細工し、音もなく侵入する黒影シズハ。
床に影のように着地し、ベッドの上で眠るユウマを見下ろす。
「こいつが……黒瀬ユウマ」
月光に照らされたユウマは、無防備に大の字で寝ていた。
片手は腹の上、口は半開き、微かにいびき。
(……本当に、こいつが伝説級の勇者だというのか?)
訝しみつつも近づく。
——その瞬間。
ユウマが寝返りを打った。
「ぐごぉ……むにゃ……俺が最強……」
バサッ! 布団がめくれ、シズハの顔を直撃。
「っ……!」
反射的に後退した彼女は、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を覚えた。
(見抜かれた……!? この私の気配すら察知して、無意識の寝返りで攻撃を!?)
完全な誤解である。
シズハは額に汗を浮かべながら構えを取った。
だがユウマは寝言を呟くだけ。
「……おにぎり……大盛り……」
シズハの瞳が見開かれる。
(“大盛り”……暗号か? 我々の潜入を見越して、あえて寝言にメッセージを……! 恐ろしい……!)
影の忍は震えた。
(やはり、こいつは只者ではない……!)
そのとき。
「にゃぁぁぁぁ」
窓辺から一匹の猫が飛び込んできた。
ホシ——ユウマに付き従う喋る猫である。
「おいおい、忍びの嬢ちゃん。夜這いとは大胆じゃねぇか」
「っ……しゃ、喋る猫……!? 守護獣……!」
シズハは一瞬で理解した(つもりになった)。
(やはり……黒瀬ユウマは古代の守護獣と契約している! 偶然などではない……すべて必然!)
ホシは毛づくろいしながら、ユウマの枕元に丸まった。
「まあ、アイツは放っとけよ。寝てる時が一番強ぇからな」
冗談めかして言ったその言葉も、シズハには深淵の真実に聞こえた。
(“寝ている時が一番強い”……つまり、眠りながら戦える存在……!)
冷や汗が背を伝う。
その後もユウマは寝返りを打ち、たまに布団を蹴飛ばし、猫を抱きしめ、寝言で「マヨネーズ……」などと呟いた。
そのたびにシズハは心臓を撃ち抜かれたような衝撃を受ける。
「……奥義……“マヨネーズ”……!」
「……見えない太刀筋……!」
とうとう、彼女の中で「ユウマ=人智を超えた最強の勇者」という認識が固まった。
夜明け前。
シズハは屋根の上に戻り、月を仰いだ。
「報告は決まった……黒瀬ユウマ、恐るべき存在。決して侮るなと」
風が彼女の装束を揺らす。
「……監視を続ける必要がある。奴の奥義……すべて暴いてやる」
忍びの瞳は炎を宿し、彼女の任務は新たな局面を迎える。
そして翌朝。
「んあー……よく寝た。なんか変な夢見たなぁ……忍者が来てたような……」
ユウマは伸びをし、あくびをした。
(でもまあ、俺は最強だからな。忍者くらい夢でも余裕で退けられるんだろうな!)
当然、それは夢ではなかった。
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