第3話「剣道部の挑戦」
昼休みの騒ぎから数時間――ユウマは、午後の授業中も落ち着かない視線を感じ続けていた。
教室の前から後ろから、ひそひそと囁きが飛び交う。
「ねえ……黒瀬くんって、本当に強いの?」
「さっきの写真、見た? あれ完全に構え決まってたよ!」
「ワンパンで相手倒すとか、やばすぎでしょ」
……いやいや。
ユウマ本人からすれば、ただ廊下でぶつかってトレイが飛んでいっただけである。
しかし周囲の解釈は違う。「やはり最強だった」という方向に一直線だ。
しかも、新聞部の東堂リョウが記事にし、ユリナがSNSに拡散したせいで炎上……ではなく“神格化”が進行している。
ユウマとしては「人気者ってのも悪くないな」と内心ちょっとご満悦。本人は強さに関して疑う余地なく“本気で最強”を信じているので、状況が補強されるのはむしろ心地よい。
――そして、放課後。
「黒瀬ユウマ!」
体育館の扉がバンッと開き、鋭い声が響き渡った。
振り向くと、そこに立っていたのは学園剣道部のエース、御剣レオンである。
背は高く、引き締まった体躯に竹刀を携え、まさに“王道のライバルキャラ”といった風貌だ。
「お、おいユウマ……呼び出されてるぞ」
「レオン先輩って、全国大会常連だろ? やばくね?」
「うわぁ、本当に決闘フラグ立ったぞ!」
クラスメイトのざわめきを背に、ユウマは余裕の笑みを浮かべて立ち上がった。
鏡の前で毎朝「俺は最強」と宣言している男である。挑戦を受けること自体、むしろ必然に思えた。
体育館の中央。
放課後の光が窓から差し込み、床板を黄金色に照らしている。
部員や野次馬の生徒がぞろぞろ集まり、即席の観客席が出来上がった。
「黒瀬ユウマ……貴様の噂、聞かせてもらった。廊下で不良を一撃で沈めたとか、風を操ったとか。だが、実力は実際にぶつかってみなければ分からん」
レオンは堂々と宣言し、竹刀を構えた。目は真剣そのもの。
観客から「キャー!」「頑張ってくださいレオン先輩!」と黄色い声援が飛ぶ。
一方で「黒瀬くん、負けないで!」と女子の声援も混ざり、ユウマは内心ニヤリとする。
(ふっ……俺の最強伝説が、また一歩広がるわけだな)
当人は完全にポジティブに解釈していた。
「ユウマ、相手は本気だから……怪我しないようにね!」
幼馴染のミサキが心配そうに声をかける。
だが彼女の胸中には、ほんの少しの揺らぎがあった。
昨日までは「ただのアホ」だったはずの幼馴染が、ここ数日の出来事で“最強”に見えてきてしまっているのだ。
「よし、やってやろうじゃないか」
ユウマは深く考えずに竹刀を手に取った。
握り方もぎこちなく、剣道の型とはほど遠い。だがその無造作さが――観客の目には“余裕の達人”に映った。
「な、なんという自然体……隙が無さすぎる……」
「さすが黒瀬! 強者は構えずとも強いんだ!」
周囲の誤解が加速する。
審判役を務める剣道部員が掛け声を上げる。
「始めっ!」
次の瞬間、レオンが疾風のごとく踏み込んだ。
全身に鍛え上げられた剣士の迫力がみなぎり、竹刀が一直線に振り下ろされる――!
(うわっ、速っ! やっべ!)
ユウマは反射的に一歩後ずさった。
その足が、床に置かれていた雑巾バケツに引っかかる。
「わ、わあっ!?」
盛大にバランスを崩すユウマ。
だがその瞬間、彼の身体が予想外の角度に倒れ込み、レオンの竹刀をするりと回避する形になった。
さらに、バケツの水がこぼれて床を濡らし、レオンの足が滑る。
「なっ――ぐっ!」
豪快に転倒するレオン。観客席から悲鳴と歓声が入り混じった声が上がる。
「す、すげえ……攻撃を紙一重でかわして、さらに反撃の罠まで……!」
「床を濡らして相手の足を奪うなんて……練達の技だ!」
「御剣先輩がやられた!?」
誰一人、“ただのドジ”だとは思わない。
むしろ洗練された戦術にしか見えないのだ。
レオンは必死に立ち上がる。
頬に汗を伝わせ、目に宿るのは焦燥と尊敬。
「くっ……やはり黒瀬ユウマ……! 貴様、何を隠している……?」
「何って……フッ、最強の男は手の内を明かさないもんだぜ」
ユウマはただの虚勢を張っただけだったが――
その言葉は観客たちに雷のような衝撃を与える。
「かっこよすぎる……!」
「やっぱり黒瀬くんは本物だ!」
黄色い歓声が体育館を揺らす。
数分後。
結局、レオンは二度三度と挑んだが、ことごとくユウマの“偶然の幸運”によって空振りに終わった。
倒れたボールが邪魔をしたり、観客の歓声に気を取られてミスしたり……そのたびに「ユウマが誘導した」と解釈される。
最後にはレオン自身が膝をつき、竹刀を床に落とした。
「……俺の負けだ。黒瀬ユウマ、貴様は俺より遥かに高みにいる……!」
「え、あ、ああ……分かってくれたならいいんだ」
ユウマは照れ隠しに後頭部をかく。
その姿は――まさしく“圧倒的勝者”の余裕ある態度に見えた。
体育館に歓声が轟く。
「最強だ! 本物の最強だ!」
「黒瀬ユウマ万歳!」
その場にいた誰もが、彼の強さを疑わなかった。
勝負が終わり、人波が去った体育館の片隅。
ユウマは一人、鏡の前でニヤリと笑った。
「やっぱり俺は最強だな……!」
その声は誰にも届かなかったが、夕暮れの光に照らされた横顔は、確かに“最強の英雄”のように輝いていた。
一方、観客席にいたミサキは――胸に複雑な感情を抱えながら小さくつぶやく。
「……本当に、そうなのかもね」
彼女の心の揺らぎは、確実に強くなっていた。
――こうして、黒瀬ユウマの“最強伝説”は、また一つ大きな誤解を積み重ねていくのだった。
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