第5話「フィールド試験——おにぎりと一撃」
青空の下、学園裏手の広大な演習場にはざわめきが満ちていた。
観覧席には生徒たちがぎっしりと詰めかけ、壇上には学園長クロードと王国からの使者、そして王女セリシアの姿があった。今日行われるのは――勇者候補選定のフィールド試験。
「いよいよ実技試験かぁ……」
ユウマはあくびをしながら並ぶ。
隣で腕を組む白石ミサキが呆れたように小声で釘を刺した。
「ユウマ、ちょっとは真剣にしなさいよ。これで“勇者候補”が決まるんだから」
「ふふん、心配ない。俺が“最強”なのは自明の理だからな」
「はいはい……」
ミサキは肩を落とすが、心のどこかで本当にそうなんじゃないか、と疑念を抱き始めている自分に気づき、頬を染めて首を振った。
試験の概要は単純だ。訓練用に調整された魔物を討伐し、その能力を測る。ただし、危険度は高い。周囲の学生たちが緊張で唾を飲む中、ユウマだけは悠然と腰の袋を確認していた。
「……おにぎり、まだ残ってたよな」
彼の昼飯の残り――海苔で巻いた三角のおにぎり。それは後に、伝説の一撃となる。
「次の受験者――黒瀬ユウマ!」
場内アナウンスが響き、ざわめきが爆発した。新聞部の東堂リョウが慌ただしくペンを走らせる。
「ついに来た! 例の黒瀬ユウマ! 魔力測定器を爆破した規格外の男が、今度は実技に挑むぞ!」
観覧席の女子たちが「キャー!」と黄色い声を上げ、セリシア王女も食い入るように舞台を見つめる。
演習場のゲートが開き、鎖につながれた訓練用魔獣〈アッシュベア〉が解き放たれた。体長は馬より大きく、灰色の毛並み、鋭い爪。生徒たちが悲鳴を上げて後ずさる。
御剣レオンが唇を引き結んだ。
「……あの魔獣を相手に、本当にあいつは戦うつもりか?」
アリア=フェルネは目を輝かせる。
「きっとまた、誰も理解できない理論で圧倒するに違いないわ!」
黒影シズハは木陰から冷たい視線を向ける。
(この距離で平然としている……やはり、只者ではない)
だが当のユウマは――
「……腹減ったな」
袋からおにぎりを取り出していた。
「ちょ、ちょっとユウマ!? 今それ食べるの!?」
ミサキが頭を抱える。
「戦う前に腹ごしらえは当然だろ」
もぐもぐ……と一口食べたユウマ。その瞬間、アッシュベアが咆哮を上げ突進してきた。
「ユ、ユウマァーーーッ!」
観客席から悲鳴が上がる。
だがユウマは慌てず――むしろ米粒が喉に詰まりそうになり、咄嗟に残りのおにぎりを振りかぶった。
「ゲホッ……えいっ!」
――ポイ。
投げられたおにぎりは、ありえない放物線を描き、突進するアッシュベアの口中にスッポリと吸い込まれた。
ドグゥゥゥゥゥンッ!
次の瞬間、アッシュベアは白目を剥き、その巨体をぐらりと揺らすと――ドサァン! 地響きを立てて倒れ伏した。
……沈黙。
観客全員の思考が、一瞬止まった。
「な……なにが、起きた……?」
「おにぎり……だよな?」
「訓練用魔獣を……一撃……?」
誰かが呟いた。
次の瞬間、観客席は大爆発のような歓声に包まれた。
「おにぎりで魔獣を屠ったぞ!」
「規格外だッ! やっぱりアイツは“最強”だッ!」
「新たな必殺技――“おにぎり投弾”だ!」
学園アイドル桜井ユリナが両手を合わせて恍惚とした声をあげる。
「なんてクール……! ご飯を武器にするなんて、想像もできない発想だわ!」
新聞部のリョウは興奮で机を叩く。
「見たかッ!? これぞ真の規格外! 見出しは決まった! “最強勇者候補、魔獣を一口で葬る!”だ!」
セリシア姫は両手を胸に当て、震えながら囁いた。
「……やはり、彼こそが予言の勇者……“偽りなき最強”……」
「いやぁ、助かった助かった」
ユウマは倒れた魔獣を見下ろし、額の汗を拭った。
「まさかおにぎりを横取りされるとは思わなかったけどな」
彼にとっては「魔獣が勝手に窒息した」程度の話。だが周囲には「食料を使って魔獣を制圧する究極奥義」と映っていた。
「ユ、ユウマ……」
ミサキは呆然としながらも、心臓の鼓動が止まらない。
「本当に……最強なんじゃ……」
御剣レオンは剣を握り締め、悔しそうに唸った。
「……やはり手加減されている……俺たちとは次元が違う……!」
アリアは顔を赤らめ、ノートに必死で書き込む。
「“食を媒介にした封印魔術理論”……! ユウマ様、やっぱりあなたは天才です!」
シズハは瞳を細めた。
(おにぎり一つで魔獣を沈める……見切れぬ……これが“奥義”か)
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