第3話「勇者候補選定の宣言」
昼休みの鐘が鳴り響くと同時に、学園中の生徒がざわめき立った。
中央掲示板に、新たに貼られた巨大なポスター。その金色の文字は、誰が見ても度肝を抜かれるものだった。
『――勇者候補選定試験、開催決定!』
「な、なんだってぇ!?」
最前列で掲示を見上げていた御剣レオンが、目をひん剥いて叫ぶ。
真面目な剣士らしからぬ取り乱しぶりに、周囲の生徒たちも口々に騒ぎ始めた。
「勇者候補? あの予言の……?」
「じゃあ、ついに救世の勇者を決めるってことか!」
「こ、こりゃ歴史的瞬間だぞ……!」
そんな大騒ぎのただ中で、当の黒瀬ユウマは、あくびをかみ殺しながら人混みをかき分けてきた。
「んー、なんだなんだ。今日の定食のメニューでも発表されてんのか?」
その暢気な一言で、周囲が一瞬静まり返る。
――そして次の瞬間。
「……定食? あ、ああ! なるほど!」
「そうか、ユウマ様にとっては“昼飯の発表”程度のこと、という意味なのだな!」
「やはり規格外……! 勇者候補に選ばれることすら、取るに足らぬ事だと!」
誤解が、また一つ学園中に拡散した。
「お、おいちょっと待て。俺はただ腹が減っただけで――」
ユウマの言葉は最後まで聞かれず、歓声とどよめきにかき消された。
拍手すら湧き上がり、彼は一瞬「え、俺なんかしたっけ?」と首をかしげる。
その場に駆けつけてきた新聞部員・東堂リョウは、目をぎらつかせて叫んだ。
「来たぞ! 大スクープだぁ! “黒瀬ユウマ、勇者候補に余裕の態度! 昼飯感覚で伝説に挑む男”」
すでに記事タイトルを口にして、紙束を取り出して走り去る。
「おい待て! 人聞き悪いぞ! いや悪くはないけど事実じゃねえ!」
必死に抗議するユウマを、誰一人聞いていない。
その日の午後、大講堂に生徒全員が集められた。壇上には学園長クロードが立ち、その隣には煌びやかなドレスを纏った王国姫セリシアが控えている。
荘厳な雰囲気に飲まれて、ざわめきは次第に収まっていった。
「諸君!」
クロードの重厚な声が響く。
「すでに知っての通り、古き予言に従い、この時代の勇者を選定する試練を行うこととなった。王国と学園、そして世界の命運をかけた重大事である!」
生徒たちは息を呑み、緊張した面持ちで耳を傾ける。
ただ一人、ユウマだけが「長ぇなー」と首をコキコキ鳴らしていた。
――その何気ない仕草が、またもや誤解を呼ぶ。
「ご覧ください! ユウマ殿はまったく動じておられない!」
「試練を前にして身体をほぐす余裕まで……!」
「やはり器が違う……!」
セリシア姫も、その姿をうっとりと見つめていた。
(やはり……予言は彼。勇者はこの方に違いありませんわ……!)
クロードは続ける。
「勇者候補試験は、三段階に分かれて行う。魔力測定、実技演習、そして精神試練。これを乗り越えし者こそ、真に世界を導く勇者である!」
その宣言に、会場はどよめきで満ちた。
だがユウマは、ひとり小声で呟いた。
「三段階……だと? こりゃあれだな……まさか、カレーの大盛り、中盛り、小盛りを選ぶやつか?」
近くにいた御剣レオンが、青ざめた顔で振り返る。
「な、中盛り……!? 勇者試練を“盛り”で例えるとは……!」
震える声で、周囲に広めてしまった。
「黒瀬ユウマは……試練の大小すら料理に喩える胆力を持つ男だ!」
「うおおおおっ!」
「さすがは最強の候補者……!」
「料理にすら通じる哲理……!」
歓声の渦。ユウマは頭をかきながら、「なんで拍手されてんだ俺」と混乱した。
式典が終わったあと。
寮へ戻る途中、ユウマは幼馴染の白石ミサキに腕を引かれた。
「ユウマ! ちょっとは自覚してよ!」
「な、なんのことだよ?」
「もう! 勇者候補試験に出るって、みんな思い込んでるじゃない!」
「いやいや、俺は別に最強だから当然受かるけどな」
「……」
ミサキは額に手を当てて、深いため息をついた。
(この人、本気で言ってるんだから……やっぱり最強なんじゃ……いや、でも……)
複雑な気持ちを胸に、彼女は黙り込む。
ユウマは「なんだ拗ねたのか?」と勘違いして、頭をポンと撫でた。
顔を赤くして跳ねのけるミサキ。
「ばっ、馬鹿ぁっ!」
――その様子を、物陰から忍者少女シズハが見ていた。
(あの撫で方……ただのスキンシップではない。“精神を安定させる秘技”に違いない……!)
また誤解がひとつ増えた。
その夜。
新聞部・東堂リョウが発行した号外が、学園中にばら撒かれていた。
『黒瀬ユウマ、勇者候補試験に余裕の参戦! “昼飯感覚”発言に学園騒然!』
記事には、昼の掲示板での発言や、講堂での振る舞いが詳細に書かれている。
挿絵には「冷静に腕を組み、世界を見下ろすユウマ」の図解。実際はあくびしてただけなのだが。
寮の部屋でそれを見たユウマは、枕に突っ伏して叫んだ。
「なんでこうなるんだよぉぉぉっ!」
だが、その声は誰の耳にも届かない。
なぜなら、学園の全員が、すでに信じ込んでいたのだから。
――黒瀬ユウマこそが、偽りなき勇者の候補者である、と。
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