第2話「予言書の文言」
王国の使者たちが去った後も、学園はざわつきっぱなしだった。
式典での黒瀬ユウマの“伝説的居眠り”と“意味深な寝言”は、早くも大事件として語られている。
「聞いたか? 『世界は眠りの時を迎える』だってよ……!」
「まさか……あれ、予言書の一節と同じ言葉じゃないか?」
「やっぱり……黒瀬ユウマが勇者なのか……!」
廊下のあちこちで、そんな声が飛び交う。もちろんユウマ本人は「式典中にうっかり寝ただけ」だと本気で思っている。だが周囲は違う。学園長クロードや王国姫セリシアの表情が真剣そのものだったため、生徒たちは完全に信じ込んでしまったのだ。
翌日。学園内の最古の建物――図書塔。
そこでは今まさに、古びた羊皮紙を手にした老学者が大勢の視線を集めていた。
「……これが、王家に伝わる『偽りなき勇者』の予言書である」
学者は咳払いし、ゆっくりと読み上げる。
ユウマは最前列に座らされていた。半ば強制で。隣には真剣な面持ちのセリシア姫、その後ろには幼馴染のミサキ、さらに委員長のサラまで揃っている。
「……“黒き影より現れし者、眠りの言葉をもって人心を揺るがす”」
ざわっ、と場がどよめいた。
ユウマは「黒き影? なんか中二っぽいな」と内心で笑っていたが、周囲の視線は違う。
一斉に彼へと突き刺さる。
「黒髪……黒目……ユウマじゃん……!」
「昨日の『眠りの言葉』、まさに……!」
学園アイドルの桜井ユリナが胸の前で手を組み、きらきらした瞳で呟いた。
「やっぱり……ユウマくんは運命の人だったのね……!」
――いやいや、ただの居眠り寝言だ。
ユウマはそうツッコミたかったが、口にする前に次の文言が読み上げられた。
「……“偽りの刃を退け、真なる道を照らす者、白き花の導きにより世を救う”」
またもどよめき。
セリシア姫は息を呑み、思わずユウマを振り返った。
「……白き花。それは、私の家紋の紋章……。まさか……」
姫が真っ赤になって俯く。
ミサキの心臓がドクンと跳ねた。幼馴染としてユウマを知り尽くしているはずなのに――“本当に勇者なのかもしれない”という揺らぎが抑えられない。
さらに老学者が言葉を続ける。
「“勇者は天より授かりし獣を従え、魔王を討たん”」
「獣……! ホシのことか!」
ミサキが思わず声をあげる。会場の隅には、昨日ユウマが拾った猫――喋る猫ホシが尻尾を立てて座っていた。
「いやいや、これはただの野良猫で――」
ユウマが否定しかけるが、ホシがわざとらしく欠伸をしながら言った。
「まあ、否定はしないけどな。俺は古代の守護獣だし?」
――おいおい、余計なこと言うな
ユウマの心の叫びは、誰にも届かない。
「やはり……選ばれし契約者……!」
「猫まで従えるとは……!」
聴衆の熱気は最高潮に達した。
その熱にあてられて、御剣レオンが立ち上がる。
「……やはり、あの時俺が敗れたのは偶然ではなかったのだな」
彼は真剣な眼差しでユウマを見据えた。
――ユウマの適当なフェイントで転倒しただけなのに。
一方その頃。学園の裏庭では、新聞部の東堂リョウが血走った目でメモを取っていた。
「いいぞ、これは大スクープだ……! 『黒瀬ユウマ=予言の勇者』。号外だ、号外!!」
彼の手によって、翌日には学園全域に誤解が拡散されることになる。
さらに木の上からこっそり様子を見ていたのは忍者少女シズハ。
「……予言をも操るか。やはり計り知れぬ……」
彼女の中で、ユウマの“謎の力”像がどんどん肥大化していった。
その日の夕方。図書塔を出たユウマは、三人の少女に同時に呼び止められた。
ミサキ、セリシア、そして委員長サラ。
「ユウマ……本当に勇者なの?」
「あなたが国を救う人だと、私は……信じています」
「べ、別にアンタなんかが勇者でも……私は……っ!」
三方向から突き刺さる視線。
ユウマは頭をかきながら、にやりと笑った。
「当たり前だろ。俺は最強だ」
ただの勘違い全開の言葉。
だが少女たちの胸に響くには十分すぎた。
――そして、学園全体はさらなる誤解と熱狂の渦へ突入していくのだった。
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