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第1話「王国の使者来たる」

 翌朝の学園は、ざわめきに満ちていた。


 昨日の「公開決闘」で黒瀬ユウマが学園長クロードから「勇者候補」として宣言され、学園内外で一夜にして“勇者誕生”の噂が駆け巡ったのだ。新聞部の東堂リョウが徹夜で刷った号外は学園中に撒かれ、街の広場にまで出回っている。


「見たか? 昨日の決闘!」

「やっぱり本物の勇者は違う!」

「新聞によれば、剣聖レオンですら一太刀浴びせられなかったらしいぞ!」


 廊下ですれ違う生徒たちが、ユウマを一目見るなり頭を下げたり、手を合わせたりする。


 当の本人は――


「いやあ、昨日はつい本気を隠すのに苦労したぜ……」


 どや顔である。


 本当は、偶然足を滑らせて転んだ拍子にレオンの剣をはじき飛ばしただけなのだが……


 幼馴染の白石ミサキは、そんな彼を呆れ顔で見上げた。


「ユウマ、昨日のことまだ本気にしてるの?」

「まだ? おいおい、ミサキ。昨日の決闘で俺が最強だって証明されたじゃねえか」

「……(でも、偶然だけであんなにうまくいくわけが……いや、やっぱり最強なのかも?)」


 ミサキは頭を抱えながらも、否定しきれない自分の心に戸惑っていた。


 そんな学園に、さらなる波乱が訪れる。


 昼前、正門前に王国の紋章を掲げた豪奢な馬車が停まり、騎士たちに囲まれて一人の少女が降り立った。


「まさか……王国の姫、セリシア=リュミエール様!?」


 群衆の歓声が一斉に上がる。


 金糸の髪を揺らし、青のドレスを纏った少女は凛然とした微笑みを浮かべ、真っ直ぐに学園長クロードへと歩み寄った。


「ごきげんよう、学園長殿。予言の勇者が現れたとの報を聞き、この目で確かめに参りました」

「姫君直々に……。恐縮にございます」


 その瞬間、ユウマはちょうど廊下から伸びをしながら出てきて――


「ふあぁ、ねみぃ……」


 大あくびをしつつ人混みの前に出てしまった。


 ざわめきが、一瞬で静寂に変わる。


 人々の視線が一斉に彼に注がれた。


「……あれが……?」

「噂の……勇者様……?」


 ユウマは眠たげに目をこすりながら、何気なくつぶやく。


「ふん……面倒くせえ連中だな」


 本人はただ人混みを鬱陶しく思っただけだったが、群衆は息を呑む。


「お、おお……! 群衆に臆することなく“面倒”と断ずるその胆力……!」

「これぞ勇者の風格!」


 姫セリシアすら、頬を赤らめて呟いた。


「なんと……堂々たるお言葉……。やはりこの方こそ、予言に記された“偽りなき勇者”……!」


 ミサキは額を押さえた。


「(違う、寝起きで不機嫌なだけなのに……!)」


 しかし誰一人として真実を指摘する者はいない。むしろ信仰じみた空気が広がっていった。


 やがて大講堂で“勇者候補歓迎式”が執り行われることになり、学園中が総動員で準備に追われる。


 壇上に立つクロード学園長、隣には姫セリシア。ユウマは当然のように最前列の席に座らされていた。


「本日、王国の使者として姫殿下が直々にご臨席されている。これほどの栄誉はない。……さて、姫よ」

「はい。私がここに参ったのはただ一つ――予言の断片を、この学園にて公開するためです」


 場内がざわめく。


 セリシアが侍女から受け取った古びた羊皮紙を掲げ、朗々と読み上げる。


『やがて東の地に、眠れる獅子のごとき者現れん。

 彼は笑い、時に眠り、無知を装いながらも、

 その歩みはすべてを救う道と化すだろう』


 ……タイミング悪く、ユウマがこっくりこっくりと舟を漕いでいた。


 壇上の真ん中、皆の前で。


「眠って……いる……!」

「予言どおりだ!」

「しかも堂々と! 無知を装いながら眠るその姿……!」


 聴衆が総立ちになる。


 ユウマは目を擦りながらぼそりと呟いた。


「……静かにしてくれ、寝れねえだろ……」


 その一言に――


「……寝ている最中でも堂々と周囲を制するとは……!」


「さすが勇者様、眠りながら世界を掌握なさる!」


 場は騒然となった。


 姫セリシアは胸に手を当て、陶酔したように呟く。


「……勇者よ。あなたは眠りすら武器に変えるのですね……」

「いや、ただ寝ぼけてただけなんだけどな……?」


 ミサキが慌ててフォローしようとしたが、誰も耳を貸さない。


 式典は熱狂のまま終わり、ユウマは半ば強引に壇上へ呼ばれた。


 群衆の期待に囲まれ、彼は得意げに腕を組む。


「まあ、俺の力がどこまで通用するか……試してみるのも悪くはねえな」


 その台詞に会場は割れんばかりの歓声をあげた。


「おおおおおおおッ!!」

「やはり勇者だああ!!」


 こうして、ユウマは正式に“勇者候補”として王国と学園の双方に認知されることとなったのだった――。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

もし「面白い」「続きが楽しみ」と感じていただけましたら、ブクマや★評価をいただけますと大変励みになります。

今後も楽しんでいただけるよう努めてまいりますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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