第24話「学園の勇者、誕生(?)」
昼下がりの学園中庭は、いつになくざわめいていた。
即席で組まれた観覧席には生徒や教師、街から集まった野次馬までもが押し寄せ、今か今かと決闘の開始を待っている。
――生徒総会特別企画「模範決闘」。
挑戦者は御剣レオン。相手は、なぜか自然な流れで選ばれてしまった黒瀬ユウマ。
「……なんで俺なんだろうな」
ユウマは控えの椅子に腰掛け、溜め息をついた。隣では幼馴染の白石ミサキが心配そうに覗き込んでいる。
「ユウマ、ほんとに大丈夫なの? あのレオンくんって、学園でも屈指の剣士なんでしょ?」
「まあ……多分、俺がちょっと本気出せば余裕かな」
胸を張って答えるユウマ。しかし内心は冷や汗でぐっしょりだ。
(……俺、まともに剣なんて握ったことないぞ……!)
その様子を遠目に眺めていた橘カナメは、口元に手を当てて頷く。
「……やはりユウマは平然と構えている。つまり全て計算の内……」
勘違いがまたひとつ積み上げられた。
やがて合図の鐘が鳴り響く。
「決闘、始めッ!」
歓声が轟き、レオンが剣を抜いた。陽光を反射する銀の刃が、まっすぐユウマへと伸びる。
「黒瀬ユウマ……今度こそ、全力で挑ませてもらう!」
観客のどよめき。緊張感に包まれた空気。
だがユウマは腰を上げるのが遅れ、つまずいて転びそうになった。
――ガキィン!
その瞬間、レオンの一撃が地面の石畳を砕き、飛び散った破片がユウマの靴紐を切り、勢い余ったレオンがバランスを崩す。
「なっ……!」
「おおおおおお! 避けたぞ!」
観客が沸き立つ。ユウマは必死に立ち直ろうとしていただけなのに、まるで華麗な回避に見えたのだ。
「……やはり、俺など相手にもならぬか」
レオンは唇を噛みしめながら、なおも構えを整える。
(いやいや、ちがうんだって! 俺はただ転んだだけ!)
心の中で叫ぶユウマ。しかし状況は待ってくれない。
次の瞬間、レオンが突進してきた。速い。ユウマは思わず後ろに下がり、観客席に置かれていた木製の旗竿にぶつかる。
バキン、と折れた竿が弾丸のようにレオンの剣をはじき飛ばした。
「ぐっ……!?」
武器を失ったレオンが膝をつく。場内は一瞬の沈黙、そして嵐のような歓声に包まれた。
「す、すごい……!」
「レオンの剣を弾き飛ばしたぞ!」
「やっぱりユウマくんは勇者だ!」
(違う! 俺じゃない! 旗竿だ!)
必死に否定しようとするが、熱狂する群衆の声は届かない。
「勝者――黒瀬ユウマ!」
審判の宣言と同時に、会場は割れんばかりの拍手で満ちる。
観客席から飛び出してきたのは学園長クロード。
「よくやったぞ、ユウマ!」
白髭を揺らして笑うその姿は、伝説の元勇者の貫禄に満ちている。
「そんな大したことは……」
「謙遜するな。わしは見抜いておるぞ。そなたこそ――次代の勇者候補だ!」
「えっ……」
その一言に場が凍り、次の瞬間、爆発したかのような大歓声が湧き上がる。
「勇者候補だって!?」
「黒瀬ユウマが救世主に!」
「うおおおおおお!」
生徒たちが立ち上がり、帽子を放り投げ、泣き出す者まで現れる。
「ユウマくん! すごいよ!」
「兄さん最高!」
ミサキはぽかんと口を開け、妹のアイナは涙ぐみながら飛び跳ねている。
その光景にユウマは頭を抱えた。
(や、やばい……また取り返しのつかないことになってる……!)
式典は続き、クロードが壇上で宣言する。
「ここに、黒瀬ユウマを勇者候補として認める!」
大きく掲げられた手に、ユウマは半ば引きずられるようにして立たされた。
照明の魔道具が輝き、観客の視線が一斉に集中する。
「勇者! 勇者! 勇者!」
熱狂のコールが巻き起こり、ユウマの名前が波のように響き渡る。
ユウマは顔を赤くしながら、小さく呟いた。
「……俺の力、バレないように注意しないとな」
その呟きがたまたま魔道具の拡声機に拾われ、群衆には「余裕ある決意表明」に聞こえてしまう。
「うおおおおお! やっぱり本物だ!」
「この人こそ真の勇者だ!」
場内の熱は最高潮に達した。
夜。祭りの後の静けさの中、ユウマは学園の寮の屋上に立っていた。
遠くの街ではまだ花火が上がり、今日の余韻を彩っている。
「……どうしてこんなことになっちゃったんだろうな」
呟くユウマの横で、黒猫ホシが尻尾を揺らす。
「フフ……お前は自覚していないようだが、世界は確実にお前を中心に動き始めている」
「はぁ? 俺はただの凡人だっての」
「凡人? それが一番恐ろしい。凡人でありながら奇跡を起こす――それこそが勇者の証だ」
ホシの金色の瞳が月光にきらめく。ユウマは苦笑し、空を見上げた。
(勇者、ね……。俺なんかがそんな大層なもん、なれるわけ……)
しかしその時、学園の門を越えて街道を進む商人たちの話し声が、夜風に乗って聞こえてきた。
「なあ、聞いたか? 学園に新しい勇者が現れたらしいぞ」
「黒瀬ユウマ……その名は遠く他国にまで届くぞ」
背筋がぞくりとした。
どうやら誤解は、学園だけに留まらず、世界へ広がり始めているらしい。
ユウマは思わず顔を覆い、小さく呻いた。
「……マジでどうすんだ、これ」
こうして、“凡人”黒瀬ユウマは――学園公認の勇者候補となった。
その伝説が、まだ始まったばかりだとも知らずに。
──第1章 完。
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