第23話「大舞台の前夜—レオンの挑発」
学園の一日は、いつになくざわめいていた。
翌日に控えた「生徒総会」で行われる公開決闘――それが、この街でも噂になるほどの一大イベントとなっていたからだ。
決闘の目玉は、もちろん黒瀬ユウマと御剣レオンの一騎打ちである。
だが当のユウマは、学園の中庭でのんびりとベンチに腰を下ろし、焼きそばパンを頬張っていた。
「ふー……明日もまた普通に授業受けられるといいんだけどな」
何気なく口にしたその一言は、横に座るミサキに深刻に受け取られる。
「……ユウマ、本気でそう思ってるの?」
「ん? 何が?」
「明日は、学園中の人が見てるのよ? それに街の人まで見に来るって噂だし……。普通に授業、なんて言ってられないでしょ」
ユウマはパンの袋を丸めながら、肩をすくめた。
「まあ、俺としてはただの余興だからな。ちょっと遊んで、みんなが盛り上がればそれで――」
その瞬間。背後から鋭い声が飛んだ。
「……“ちょっと遊んで”? 随分な言い草だな」
振り向けば、そこに立っていたのは御剣レオンだった。
陽の光を受けて輝く長剣を腰に下げ、制服の上から羽織った外套が風に揺れる。その姿は、まさに「剣士」の絵に描いたような威厳を纏っている。
「御剣……」ミサキが思わず声を潜める。
レオンは鋭い眼差しでユウマを見据え、歩み寄ってきた。
「黒瀬ユウマ。明日の決闘を前にして、その余裕……いや、油断と呼ぶべきか。お前の態度は侮辱に等しい」
中庭にいた他の生徒たちが一斉にざわめき、距離を取る。
まるで歴史的瞬間を目撃するかのように。
ユウマは、パン屑を払いつつ、あくまでのんびりとした声を返す。
「いやいや、別に油断してるわけじゃないさ。ただ、お前が耐えられるか心配でな」
レオンの眉がピクリと跳ねた。
――本気で言っているのか、それとも挑発か。
しかし、彼の頭の中ではこう変換されていた。
(やはり……この男は常に自分の力を抑えている……。我ら凡俗には計り知れぬ領域にあるからこその“余裕”!)
周囲の生徒たちのざわめきも、自然と熱を帯びていく。
「黒瀬くん、やっぱり只者じゃない……!」
「御剣レオンですら挑発されてるぞ……!」
レオンは一歩前に出ると、声を張り上げた。
「明日の決闘――それは単なる見世物ではない! 学園の未来を担う者、真の勇者を決める戦いだ! この御剣レオン、全霊をもって挑む!」
拳を握る彼の姿は、熱き決意そのもの。
だがユウマは、あくまで平然と欠伸をしてみせた。
「ふぁ……まあ、いいんじゃないか。俺としては、軽く体を動かすつもりで行くから。潰し合いはゴメンだけどな」
その「軽く体を動かす」という言葉が、周囲には恐ろしく重く響いた。
「体を動かすだけで、レオンと互角に戦えるのか……」
「いや、むしろ瞬殺するつもりじゃ……」
誤解は拡散し、瞬く間に“黒瀬ユウマの神秘性”を高めていく。
その夜、学園の寮は異様な熱気に包まれていた。
食堂では、新聞部の東堂リョウが大声で仲間に語っている。
「見たか! 今日の中庭でのあの睨み合い! 明日は歴史に残る一戦になるぞ!」
女子生徒たちは興奮気味に囁き合い、ユリナは手作りの応援旗を抱えていた。
「私たち“ユウマファンクラブ”も全力で応援する!ね、アイナちゃん!」
「はいっ! お兄ちゃんの無双をみんなに見せつけましょう!」
妹アイナの目はキラキラと輝いている。
学園の仲間たちがそれぞれの想いを胸に、夜を過ごしていた。
一方その頃、街外れの酒場では――。
ヴォルガ率いる傭兵団が集まり、酒樽を叩きながら噂話をしていた。
「おい、聞いたか? 明日、学園で決闘があるらしい。相手は黒瀬ユウマだ」
「そいつ、酒場でヴォルガ隊長を一撃で倒した奴だろ……!」
「マジか……じゃあ見に行こうぜ!」
彼らの勘違いによって、学園の外からも観客が流れ込むことが決定づけられていく。
さらに暗がりの一室では、魔王軍四天王のひとり――暗黒騎士ジーク=ヴァンが密かに情報を集めていた。
「黒瀬ユウマ……。明日の決闘で奴の力が垣間見えるだろう。部下を次々失った以上、我らが脅威と見るべきか否か――確かめてやる」
彼の目は冷たく光っていた。
そして夜半。
ユウマは自室のベッドに寝転がり、窓の外の星を眺めていた。
「はあ……また面倒なことになってきたな」
彼の心中は実にシンプルだった。
(俺としてはただ楽しく学校生活送りたいだけなんだけど……。まあ、明日も適当にやればなんとかなるか)
そう呟いて毛布を被る。
――その呑気な言葉が、翌日の「伝説誕生」を予告しているとも知らずに。
夜は更け、街も学園も眠りにつく。
だが人々の胸の中には、明日の決戦への期待と不安、そして“最強の勇者誕生”の予感が、確かな熱として燃え続けていた。
それぞれの思惑が交錯する中、黒瀬ユウマという“凡人”の名は、いよいよ学園の枠を超え、街、そして世界へと広がっていく――。
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