第22話 ファンクラブ結成!
学園の朝は、いつになくざわめきに包まれていた。
廊下を歩く生徒たちの視線が、ある一点に集中している。
「……おい、見たか?」
「うん。あれ、黒瀬先輩のうちわじゃないか?」
「しかも“勇者ユウマ様”って書いてあるぞ!」
そう、そこにいたのは――。
ユリナとアイナを中心に、数人の女子が手作りのうちわや缶バッジを掲げて行進していた。
「ユウマ兄ちゃんファンクラブ、出動ですっ!」
「勇者ユウマ様を讃えよーっ!」
まるでアイドルの応援団さながらの盛り上がりだ。
ユリナはうちわを高々と掲げ、堂々と宣言した。
「本日をもって、“黒瀬ユウマ応援団”は正式に発足します!会員第一号はこの私、桜井ユリナ! そして副団長は、妹ちゃんのアイナよ!」
「えへへっ! お兄ちゃんを全力で応援するのです!」
その場に居合わせた生徒たちがどよめいた。
かつては地味で目立たなかったはずのユウマが、今や学園の注目の的。
その彼に専用のファンクラブが結成されたとあれば、話題にならないはずがなかった。
昼休み。
学食でカレーを食べていたユウマの元に、突如として騒がしい集団が現れた。
「ユウマさまーっ!」
「今日の昼食はカレーなんですね! 記事に載せます!」
「お兄ちゃん、ほらこれ! 新作グッズだよ!」
目の前に並べられたのは、手作りのうちわ、マフラータオル、さらには“ユウマ語録”をまとめた冊子まであった。
「え、ちょ、ちょっと待って! なんで僕の昼飯が記事になるの!?」
「勇者の食事は信者の指針ですから!」
「語録もすごいんですよ。“外は気持ちいい”とか“カレーは正義”とか、全部名言扱いです!」
ユウマは頭を抱えた。
自分はただ普通に喋っただけなのに、それが「金言」として広まっているのだ。
だが、ユリナはキラキラした目で続ける。
「ユウマくん、自覚ないでしょ? あなたの一言一言が、みんなの心を動かしてるの。 だからこそ応援団が必要なのよ!」
その横で、アイナが得意げに胸を張る。
「お兄ちゃんは世界一すごいんだから! 応援団は当然です!」
学食中の視線が集まり、ユウマはいたたまれなくなった。
「うう……僕は別に最強だから応援なんて必要ないんだけど……」
その言葉がまた、誤解を呼んだ。
「な、なんという謙虚さ……!」
「本物の強者は己を誇らないのだ……!」
「この人はやっぱり本物だ……!」
周囲が感涙にむせび、拍手が広がる。
その後、応援団は本格的な活動を始めた。
昼休みにはユウマの机を飾りつけ、放課後には「ユウマ研究会」なる勉強会まで開かれる。
「次のグッズは“勇者ユウマクッキー”です!」
「お兄ちゃんの顔をプリントするの!?」
「いえ、形を剣っぽくして“食べれば強くなれる”って売り文句に!」
計画はどんどん暴走していった。
ユウマは顔を真っ赤にして逃げ回るが、逃げれば逃げるほど人気は高まる。
「恥じらいすら神々しい……!」
「逃げる姿も勇者らしい……!」
どこまでも誤解が加速していく。
一方その頃。
図書室の片隅で、橘カナメがひとりノートを広げていた。
「……ふむ。応援団の発足、グッズ展開、群衆心理の熱狂。
これは偶然ではなく、彼が意図的に導いているのではないか?」
カナメの目は鋭く光る。
ユウマの一見無自覚な言動が、すべて計算されたものだと確信し始めていた。
「恐ろしい……。ここまで先を読んで行動するとは。彼の真意を暴かねばならない」
策略家としての血が騒いでいた。
放課後、校庭の一角で小さなイベントが行われた。
“ユウマファン感謝デー”――ユリナが勝手に命名した企画だ。
「はい、整列してー! ユウマ様に直接応援メッセージを伝える会ですよ!」
長蛇の列ができ、生徒たちが一人ずつユウマに声をかけていく。
「勇者さま! いつも勇気をありがとうございます!」
「剣術部の新入部員です! 外で稽古することにしたらすごく気持ちよかったです!」
「ユウマさんが言ってた“外はいい”って言葉、本当に救われました!」
次々と飛び出す感謝の言葉。
ユウマは完全に困惑していた。
「いや、その……僕は本当にただ……」
「謙虚! やっぱり謙虚!」
全員が勝手に納得し、拍手喝采を送る。
やがて列の最後に並んでいたミサキが前に出た。
彼女は少し頬を赤らめながら言った。
「……ユウマ、人気者だね」
「違うんだよミサキ! 僕は別にファンなんて求めてないし……」
「でも、みんな楽しそうだよ。ユウマのおかげで笑ってる」
ミサキの柔らかな微笑み。
それはユウマの胸を、少しだけくすぐった。
結局ユウマは、応援団の熱意に押されてその場に立ち続けた。
夜になっても「勇者ユウマファンクラブ」の名は学園中を駆け巡り、外の街にまで広まり始めていた。
その夜。
酒場で旅人が噂していた。
「聞いたか? 学園に“勇者のファンクラブ”ができたらしい」
「そりゃすげぇ……。学園全体が認める勇者ってことだな」
――そうして、黒瀬ユウマの伝説はまたひとつ、大きく膨らんでいくのだった。
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