第21話 トラブル仲裁で名声アップ
学園祭の熱気が去り、学園は再び日常の喧騒を取り戻していた。
だが、平穏とは程遠い光景が、校舎裏の一角で繰り広げられていた。
「だからこの部室は我が剣術部のものだ!」
「いいや、魔導研究会の実験器具を置くスペースが必要なんだ! そっちこそ引っ越せ!」
剣術部と魔導研究会――学園内でも有名な犬猿の仲。
今回は空き部室を巡る争いで、互いに一歩も譲らず、ついには取っ組み合い寸前になっていた。
周囲には野次馬の生徒たちが集まり、事態を面白がっている。
剣術部の中心には御剣レオンが立ち、魔導研究会の代表としてはアリアが睨み返していた。
「魔法の実験で爆発するだろ! 危ないんだよ!」
「そっちこそ、毎日木刀を振り回して騒音を撒き散らしてるじゃない!」
二人の間には火花が散っていた。
その時――。
人混みの向こうから、のんきにあくびを噛み殺しながら歩いてくる影があった。
「ん? なんか騒がしいな」
――黒瀬ユウマ。
本人はただ昼食を食べ過ぎて散歩していただけだった。
だが群衆の視線が自然とユウマへと向かう。
「勇者ユウマが来たぞ……!」
「これは解決の時か……!」
誰もが期待に胸を高鳴らせる。
ユウマはその熱気に気づかぬまま、揉めている二人の前に立った。
「お、おいユウマ。これは俺たちの部室の問題で――」
「関係ないわよ、引っ込んでなさい!」
レオンとアリアが口々に叫ぶが、群衆は息を呑んで見守る。
ユウマがどう裁定を下すのか――。
「ふぅ……」
ユウマは大きくため息をつき、頭をかいた。
そして、ぽつりと呟いた。
「部屋なんて、どっちが使っても狭いし息苦しいだろ。外でやれば、空も広いし風も通るし……いいじゃん」
それは本当に、思ったことを口にしただけだった。
だが――。
「……外……?」
「広い……?」
レオンとアリアの目が見開かれる。
周囲の生徒たちがざわついた。
「なるほど! これは妥協ではなく、さらなる高みへの提案……!」
「剣術は本来、青空の下でこそ映える!」
「魔法陣も大規模に展開できる!」
たちまち空気が変わっていく。
ユウマの何気ない一言が、双方にとって「道を開く啓示」と受け止められたのだ。
「くっ……やはりユウマは見えているのか」
レオンは木刀を握りしめ、真剣な面持ちで頷いた。
一方アリアは感嘆のため息をつきながら呟く。
「部室を奪い合うこと自体が、器の小ささ……。そう諭されたのね」
誤解は急速に膨れ上がり、ついには両者の間に和解の空気が芽生える。
「……わかった。剣術部は校庭を使おう」
「魔導研究会も、外での実験なら規模を拡大できるわね」
二人は互いに手を差し伸べた。
握手の瞬間、群衆から大歓声が湧き起こる。
「やっぱりユウマだ!」
「争いを一瞬で鎮めた!」
「救世主の器……!」
その熱狂に包まれ、ユウマはぽかんと口を開けたまま立ち尽くしていた。
人々が解散した後。
人混みの隅にいた橘カナメが腕を組み、眼鏡を押し上げる。
「……面白いな。ユウマの発言は偶然にしては出来すぎている。……だが本人はまるで自覚がない……? いや、これは“深謀遠慮”に違いない」
カナメの目がきらりと光った。
彼はユウマの行動を解析することを密かに決意する。
一方その頃、ユウマはミサキと歩いていた。
「ユウマ……今日のあれ、すごかったよ」
「え、何が? 僕、ただ外の方が気持ちいいって言っただけだけど」
「……やっぱりユウマは普通じゃないのかも」
ミサキの目には揺らぎがあった。
彼女はずっとユウマを見てきた。
ただの勘違いのはずなのに、どうしてこうも全てが“正解”に転がっていくのか。
その答えを探すように、彼女はユウマの横顔を見つめ続けていた。
その夜。
新聞部員・東堂リョウが机に向かい、ペンを走らせていた。
『黒瀬ユウマ、剣術部と魔導研究会の対立を一言で鎮める――!
その洞察は、まるで未来を見通していたかのようであった』
翌朝。
記事は学園中に配られ、ユウマの名声はさらに高まっていくのだった。
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