第20話 占い師ルーナの予言
学園祭――。
年に一度の大行事とあって、学園の中庭や広場は朝から熱気に包まれていた。
色とりどりの屋台が立ち並び、焼き菓子や串焼き、魔導玩具の出店まで所狭しと並ぶ。普段は真面目な学徒たちも、この日ばかりは仮装や余興に精を出し、祭りの空気を楽しんでいた。
そんな賑やかさの中で、一際人だかりを作っている屋台があった。
――「占いの館」と書かれた幕が張られ、紫の布で覆われたテント。
妖しげな香草の煙が漂い、訪れる者たちは真剣な顔で順番を待っている。
そこに座っているのは、一人の少女。
銀色の髪に薄い青の瞳。年の頃はユウマたちと同じくらいだろうか。
水晶球を前に、まるで見えないものを覗き込むように視線を泳がせている。
――ルーナ。
未来を垣間見る“予言者”として学園内外で噂になっている少女だった。
「うわぁ……すっごい行列」
屋台通りを歩いていたユウマが、自然とその前で足を止めた。
幼馴染のミサキが隣で首をかしげる。
「ユウマ、まさか占ってもらうの?」
「いや別に。ただ、あんなに並んでると気になるだろ?」
「ふふ、ユウマは興味ないフリしていつも気になるんだから」
からかうように笑うミサキ。
その声に気づいたのか、人混みの隙間からルーナが顔を上げた。
彼女の瞳がユウマをとらえる。
次の瞬間、ルーナの肩がビクリと震えた。
「……あれは……!」
聞こえないほどの声量で呟き、慌てて立ち上がる。
「つ、次の方は後にして! ちょっとだけ――特別枠です!」
観客がざわめく中、ルーナは人を押し分けてユウマの前に現れた。
「そこのあなた……黒瀬ユウマさん、ですよね?」
「あ、はい。なんで僕の名前――」
「すぐに占わせてください! これは……運命です!」
勢いそのままに腕を引かれ、ユウマはテントの奥へと連れ込まれた。
薄暗い内部。
水晶球がぼんやりと光を放ち、静寂が支配する。
ルーナは向かいに座るユウマの手を掴んだ。
白い指先が、彼の掌をなぞる。
「……線が、複雑に交わって……運命が渦を巻いている……!?」
彼女の声は震えていた。
だがユウマには、単なる占いの台詞にしか聞こえない。
「……それ、いいことなんですか?」
「普通の人間ではあり得ない。あなたの未来は……あらゆる可能性を呑み込み、世界を変える!」
ユウマは曖昧に笑う。
「はは……まぁ僕、自分で“最強”だと思ってますから。占いもそう出るんだな」
軽い冗談のつもりだった。
だがルーナは真剣そのものの表情で頷く。
「やっぱり……! あなた自身も自覚しているのですね。予言は真実だった!」
「え、いや、あの……」
必死に否定しようとするが、テントの外からざわめきが聞こえてくる。
覗き込んでいた群衆が、二人の会話の断片を聞き取ってしまったのだ。
「世界を変える……だって……?」
「やはりユウマは選ばれし勇者か!」
「予言者ルーナが断言したぞ!」
一気に広がる歓声。
テントが揺れるほどの熱気に包まれる。
ルーナは慌てて口を押さえた。
本来なら予言を軽々しく口にすることはない。だが、あまりにも強烈な“符合”が走ってしまったのだ。
彼女が以前に見た幻視――
「偽りなき最強の勇者が現れる。その者は無意識のまま運命を動かす」という予言。
それと、今のユウマの手相が完全に一致していた。
(まさか……本当に、この人が……?)
ルーナの心臓は早鐘のように鳴っていた。
一方のユウマは、観客の歓声に焦っていた。
「そんな大層な話じゃ――」
「運命が動き出した……そう、あなたが起点なんです!」
ルーナの言葉に、さらに群衆が熱狂する。
その時。
偶然にもテントの隙間から風が吹き込み、ユウマの背後の幕が大きくはためいた。
逆光の中に浮かぶ彼のシルエットは、まるで神話の英雄のように見える。
「……勇者様だ……!」
誰かが呟き、群衆が息を呑む。
ユウマが慌てて幕を直そうと手を伸ばした瞬間、その影が大きく伸び、まるで翼を広げたかのような形を描いた。
「翼だ……天に選ばれた証……!」
どよめきが爆発した。
――完全に偶然。
だが、群衆にとっては「予言が具現化した瞬間」にしか見えなかった。
その後。
テントを出たユウマは、押し寄せる歓声と拍手に頭を抱えながら逃げるように立ち去った。
だが背後では、ルーナが震える声で呟いていた。
「……やはり間違いない。あの人こそ――運命の勇者」
その言葉が、人々の心に深く刻まれる。
そして夜。
学園祭の余韻に包まれた街角で、人々が口々に噂していた。
「占い師ルーナが断言したらしいぞ。黒瀬ユウマは世界を変える男だと」
「学園中の伝説が、ついに予言で裏付けられたんだ!」
「これで間違いない……彼は最強の勇者だ!」
噂は瞬く間に広がり、翌朝には街の外にまで届いていた。
その一方で――。
裏路地の影からその噂を聞いていたのは、魔王軍の刺客〈カゲロウ〉だった。
かつてユウマの寝返りで暗殺を失敗した彼は、なおも執念を燃やしている。
「次こそは……必ず仕留める……!」
だが、彼の胸中にもわずかな怯えが芽生え始めていた。
ユウマ本人は知らない。
この日から「最強の勇者ユウマ」の伝説に、さらに強烈な裏付けが加わってしまったことを。
そして、その誤解は学園を飛び出し――世界全土へと広がっていくのだった。
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