第2話「昼休みの噂と新聞部」
昼休みのチャイムが鳴った瞬間、教室内はまるで別世界のようにざわめき出した。机を寄せ合うグループ、購買に走る生徒、スマホを取り出しておしゃべりに夢中になる者。十七歳の黒瀬ユウマも、いつも通り弁当を片手に席へ戻ろうとしていた。
「ユウマ、あんた……」
幼馴染の白石ミサキが、半ば呆れ顔で小声をかけてきた。
「なんだ、ミサキ。今日も俺の最強っぷりに惚れ直したか?」
自信満々に胸を張るユウマ。
「惚れ直すも何も……午前中のアレ、どう説明する気?」
「アレ?」
「廊下で不良の頭にトレイぶつけて倒したやつ! もう学年中に広まってるよ!」
ユウマはポカンと口を開ける。本人としてはただのアクシデント。給食のトレイを抱えて歩いていたら、不良生徒が突然突っ込んできて、バランスを崩した拍子にトレイが頭上に直撃しただけのことだ。
「いや、偶然だろ? アイツが勝手にぶつかってきただけだし」
「だから言ってるじゃん! それをみんな『お前が一撃で沈めた』って思い込んでるの!」
ミサキの苛立ち混じりの声をよそに、クラスメイト数名がヒソヒソと彼らを指さしていた。
「ねえ、黒瀬ってやっぱやべーよな」
「一撃で仕留めるとか漫画かよ」
「しかもあの余裕顔……怖すぎ」
……余裕顔? ユウマはただ転びかけて気を取り直しただけなのだが、傍から見れば堂々たるポーズに映ったのだろう。
そのとき。
「おーっと! いたいた!」
にぎやかな声とともに教室の扉が開かれた。新聞部の東堂リョウが、分厚いメモ帳を小脇に抱えながら飛び込んでくる。
「黒瀬ユウマ! さっきの廊下での件、俺はこの目で見たぞ!」
「は? いや、あれは――」
「やっぱりな……! 一撃必殺、学園の怪物を沈める漢! 記事にせずにいられるか!」
リョウは熱に浮かされたようにペンを走らせる。
「ちょ、ちょっと待てって! あれは偶然で……」
「偶然? フッ、謙遜まで最強級だな! 事実を淡々と書くだけさ。『黒瀬ユウマ、華麗なる一撃で学園不良を撃破!』」
ユウマが必死に否定しようとするも、リョウの耳には届かない。彼にとって事実より大事なのは「記事映え」だった。
「おいリョウ! 勝手に盛るなよ!」とミサキが抗議する。
「盛ってない、事実だ。あの瞬間を俺は写真に収めたんだ」
リョウが取り出したスマホ画面には、たしかに決定的な一枚が映っていた。ユウマがトレイを振り下ろした――ように見える瞬間の写真。実際は転びかけて手を振り回しただけなのだが、角度とタイミングが最悪に最強感を演出していた。
「うわ……これ、どう見ても狙ってやったようにしか……」
ミサキも絶句する。
「ほらな! この一枚が真実を物語っている!」
リョウは勝ち誇ったように叫び、勢いよく教室を後にした。
ざわめきはさらに広がっていく。生徒たちのLINEやSNSにも瞬く間に写真が拡散され、コメント欄は「黒瀬最強」「ワンパン勇者」「次代の救世主」などと大喜利状態になった。
ユウマ本人はというと――。
「……まあ、真実は一つ。俺が最強ってことだな」
開き直っていた。
「いやいやいや! 絶対違うでしょ!」
ミサキの全力ツッコミが響くも、周囲の生徒はすでに彼女の声を聞いていなかった。
――その様子を廊下の窓から見ていた人物がいた。
剣道部のエース、御剣レオン。端正な顔立ちに鋭い眼差しを宿した少年だ。
「黒瀬ユウマ……。あれほどの力を隠し持っていたとは」
レオンは拳を握りしめる。
(俺は幼い頃から剣を学び、日々研鑽を積んできた。それでも彼は……一撃で敵を沈める)
嫉妬、憧れ、そして闘志が入り混じる。
「本当に最強かどうか、この剣で確かめてやる」
レオンの心に、決闘の炎が燃え上がった。
午後の授業が終わる頃、ユウマはすっかり“学園の話題の中心”となっていた。
「写真見た? マジでかっこよかったよね!」
「いや、あれは完全に狙ってたろ」
「うちの学園に勇者がいたとは……!」
どこからともなく勇者扱いまでされ始め、ミサキは頭を抱えるしかない。
(どうしてこうなるの……。ユウマが調子に乗るに決まってるじゃん)
案の定、ユウマは教壇に肘をつきながら鼻で笑っていた。
「フッ……まあ俺が注目されるのも時間の問題だったな」
「何そのドヤ顔! 完全に勘違いだから!」
「勘違いじゃない。俺は最強だからな」
「……はぁ」
ミサキは大きなため息をついた。だがその表情の奥には、ほんのわずかに揺れるものがあった。
(でも……偶然にしては出来すぎ、かも……?)
教室の空気は、ひとつの“伝説”を育て始めていた。
その日の放課後。新聞部の部室では、東堂リョウが上機嫌で原稿を書き上げていた。
「よし! これで一面は決まりだ! タイトルは……『最強の勇者、黒瀬ユウマ』っと!」
部室に響くタイピング音。彼の情熱は、やがて学園全体を巻き込む騒動の火種となる。
そして、その記事を読んだ者の一人が、静かに笑みを浮かべていた。
「黒瀬ユウマ……お前の力、試させてもらう」
――御剣レオンである。
次なる“誤解”の舞台は、すでに整えられつつあった。
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