第15話「”特集”最強の男」
――昼下がりの学園は、ざわついていた
廊下の掲示板の前には人だかりができ、手に手に紙を持った生徒たちが口々に叫んでいる。
「“最強の男、黒瀬ユウマ――図書室を救う!”」
「写真付きだよ、しかもめっちゃカッコいい……!」
その紙面の隅には大きな赤字。
《最強の男》
――記事の本文は、過去数週間に渡る“ユウマ伝説”の総まとめになっていた。
・決闘でエリート剣士御剣レオンを退けた「無敗の男」
・暴走する魔導装置をたった一撃で沈めた「救世主」
・文化祭を救った「英雄」
・動物に好かれ、猫までも従える「選ばれし者」
「……やっぱり大反響だ」
新聞部室の窓際で腕を組みながら、東堂リョウは満足げに呟いた。
鋭い眼光、乱雑に束ねられた髪。いつも首から提げているペンは、彼にとって剣よりも鋭い武器だ。
彼は自らを“記者魂の塊”と信じている。
真実を伝えるよりも「人を動かす言葉」を求め、多少の誇張などお構いなし。
「これで黒瀬ユウマの存在は、学園全体の話題になった。いや……この街全体を震わせるかもしれない」
同僚の新聞部員が不安げに尋ねる。
「でも……リョウ先輩、本当にあれ記事にしちゃって良かったんですか? 図書室で本をキャッチしただけじゃ……」
「馬鹿者!」リョウは机を叩いた。
「あの瞬間を見ただろう!? 誰もが息を呑み、称賛した! つまり事実だ。俺は“人々の心に刻まれた事実”を書く!」
「はぁ……そういう理屈なんですね」
部員は頭を抱えた。
その頃。
ユウマ本人は購買前のベンチであんドーナツを頬張っていた。
「ん~やっぱり甘いものは最強だな」
「ユウマ、のんきに食べてる場合じゃないよ!」
ミサキが新聞を突き出す。
「見て、これ! 新聞部が出した新聞!」
「ん? ……“最強の男”……? 誰だろ」
「アンタのことだよ!!」
ユウマは口いっぱいのドーナツをもごもごしながら紙面を眺めた。
そこには――本を片手でキャッチする自分の姿が、やけに凛々しく写っていた。
実際は牛乳をこぼさないよう必死で伸ばした手が偶然本を受け止めただけなのに、記事の写真はまるで英雄のように光が差していた。
「……俺、なんかやたらカッコよく写ってないか?」
「それが問題なの!」
ミサキは頭を抱えた。
だが学園の反応は一様ではない。
生徒たちは口々に噂を広めていた。
「本をキャッチするだけで、あそこまで“最強感”を出せるなんて……やっぱり只者じゃない」
「黒瀬先輩が最強なら、これから学園は安泰だ!」
好意的な声があれば、当然反発する声もある。
「……調子に乗ってるだけだろ」
「証拠がない。新聞部の誇張記事さ」
しかし、人は疑いながらも心のどこかで“伝説”を望んでしまう。
その願望に記事が火をつけ、噂は一気に炎上した。
校舎裏。
学園一の人気者、桜井ユリナが新聞を手に取り、目を輝かせていた。
「……すごい。これ、本当にユウマ君のこと?」
偶然にも写真の角度が、ユウマを映画のワンシーンのように写していたのだ。
隣の友人が冷ややかに言う。
「でもユリナ、あれただの偶然だって聞いたよ?」
「偶然でもいいじゃない。格好良い瞬間を作れるのは才能だよ」
ユリナの胸に、静かに恋の火が灯った。
一方、別の場所。
剣道場で木刀を振るっていた御剣レオンは、記事を読んで蒼白になった。
「……まただ。黒瀬ユウマ……」
木刀を握る手が震える。
「どうして俺は勝てない……! やはり奴は俺に手加減しているのか……!」
レオンの中でユウマは、さらに巨大な壁となって立ち塞がっていく。
そして夜。
新聞部室にて、リョウは追加号を刷り上げていた。
「これでいい……。黒瀬ユウマは学園の象徴になる。俺はその物語を書き続けるだけだ」
その姿を見ていたユリナが、そっと呟く。
「ユウマ君……あなた、本当に“最強の男”なのかもしれないね」
――こうして新聞部の一面記事は、さらに黒瀬ユウ
マを“学園の伝説”へと押し上げた。
しかしそれは、学園の外へも広がり始めていた。
街の商人たちが噂を聞きつけ、学園を訪れようとしていたのだ。
黒瀬ユウマの物語は、学園という小さな箱庭を飛び出し、世界を揺るがす第一歩を踏み出していた――
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