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第14話「図書部の噂工作」

 昼休みの学園図書室は、いつもよりざわついていた。


 本来なら静けさを守るべき空間だが、最近はある人物の話題で持ちきりだった。


「……黒瀬ユウマって知ってる?」

「知ってるもなにも、この前の新聞記事見た? “最強の救世主”とか大げさに書かれてたやつ」

「私のお姉ちゃんまで話題にしてたよ。『最近の学園は面白い』って」


 ひそひそ声で交わされる噂話。その名前の主は、もちろん当の本人には何の自覚もない。


 その様子を、窓際の席から冷静に観察している少年が一人いた。


 橘カナメ――学園随一の策略家。冷徹な頭脳と洞察力を誇り、彼は常に「人間観察」を怠らない。


(……あの黒瀬ユウマという男。奇跡的な偶然を重ね続けている。だが、人は偶然だけではここまでの伝説を築けないはずだ。必ず意図、戦略、あるいは秘めた実力が存在する)


 カナメは眼鏡のブリッジを押し上げながら、唇に笑みを浮かべた。


(ならば、俺が直接確かめてやろう。小さな罠を仕掛け、反応を観察する。それで正体が見えるはずだ……!)


 その日の放課後。


 図書室の机に山積みされた本の隙間に、カナメは小さな細工を施していた。


 一見ただの本棚の整理だが、実際には一冊の本をわざとずらして配置してある。ちょっとした衝撃で落下しそうな位置に置き、近くの椅子に座った人物の頭上へ真っ直ぐ落ちる仕組みだ。


(もちろん命に関わるほどじゃない。ただ反射神経や行動の“意図”を見極めるテストだ。奴が凡人なら慌てふためくだろう。だが、もし裏で何かを操る男なら……)


 カナメは机に肘をつき、標的の到来を待った。


「おー、やっぱ図書室は落ち着くなぁ」


 呑気な声と共に入ってきたのは、狙い通りの人物――黒瀬ユウマだった。


 手には購買で買ったらしいパンと牛乳。完全に勉強目的ではなく、休憩のついでに立ち寄った様子だ。


「ユウマ、また図書室で食べる気? 駄目だよ」


 一緒に来ていたミサキが小言を飛ばす。


「いやいや、大丈夫。最強の俺は crumbsパンくず一つ落とさない」


「誰が信じるの、それ……」


 二人は仲良く席に着く。カナメの仕掛けた“罠”の真下だ。


(来たな……! 観察開始だ)


 ユウマは牛乳のキャップを開けようとするが、なかなか上手くいかず格闘していた。


「むぅ……最強といえども、このキャップは強敵だ」

「馬鹿みたいなこと言わないで、貸して」


 ミサキが取り上げて、あっさりと開けてしまう。


 その瞬間、ユウマが勢い余って肘をぶつけた。


 ゴトッ、と揺れる机。


 カナメが仕込んだ本が落下する――はずだった。


 だが、ユウマが牛乳をこぼさぬように慌てて手を伸ばした拍子に、偶然その本をキャッチしてしまったのだ。


「おっと……危ない危ない。危うく牛乳が犠牲になるところだった」

「いや、それ完全に狙ってたでしょ!?」


 ミサキが目を丸くする。


 周囲の生徒たちは感嘆の声を漏らした。


「すごい……落ちる本を片手で受け止めた……!」

「やっぱり黒瀬先輩はただ者じゃない!」


 カナメは唖然とした。


(……偶然か? いや、あの自然すぎる動作……! 牛乳を守るために手を伸ばしつつ、本も同時に受け止める。まるで全てを計算していたかのようだ……!)


 彼の脳内で、ユウマの評価が一気に跳ね上がる。


 だが、これで終わりではない。カナメはさらに“第二の仕掛け”を用意していた。


 それは――「質問」だった。


 敢えて核心を突く問いをぶつけ、相手の反応を見極める。


 カナメは席を立ち、さも偶然を装ってユウマの机へ歩み寄った。


「やぁ、黒瀬君。ちょうど良かった。ひとつ聞きたいことがあるんだが」

「ん? なんだ? 俺に聞きたいことなんて珍しいな」


 ユウマはパンを頬張りながら首をかしげる。


「……君はなぜ、戦いの場であんなに落ち着いていられるんだ?」


 カナメの目が光る。鋭い観察眼がユウマの表情を捉えた。


 普通なら狼狽える質問。しかし――


「落ち着いてる? いやいや、別にそんなことはないぞ?」

「そう見えるけど……」

「だって俺、最強だからな。最強は慌てないんだ」


 ドヤ顔で即答。


 ミサキが「また始まった」と額を押さえるが、周囲の生徒たちは逆に感嘆のため息を漏らす。


「……“最強は慌てない”。名言だ……!」

「状況を受け入れる胆力……まさに勇者だ」


 カナメは思わず机を握りしめた。


(なんだ、この自然体……! まるで挑発に乗らず、あえて愚直に答えることで核心を煙に巻いたかのようだ……! やはり奴は策士……!)


 その後もカナメは細かな質問を繰り返したが、ユウマの返答はどれも「自分は最強だから」という一点張り。


 しかし不思議と、そこにブレはない。


 カナメにはそれが「確固たる信念」や「深い思想」に見えてしまうのだった。


 夕方、図書室を出たカナメは独り言を漏らした。


「……やはり黒瀬ユウマは底が知れない。偶然の積み重ねではなく、すべては計算の上……!」


 彼の誤解はますます深まり、ユウマという存在を“研究対象”から“攻略困難な強者”へと格上げしていた。


 一方その頃、ユウマは……。


「なぁミサキ、やっぱパンはあんドーナツが最強だな」

「どうでもいいわ!」


 平和そのものの会話を繰り広げていた。


 数日後。学園の掲示板には、図書部の手によるビラが貼られた。


《黒瀬ユウマ、緻密な策で図書室の危機を救う!》


 カナメの仕掛けた罠を、ユウマが“完全看破”したかのように脚色された記事。


 学園の生徒たちは再びざわめき、伝説はまた一段と拡大していくのだった。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

もし「面白い」「続きが楽しみ」と感じていただけましたら、ブクマや★評価をいただけますと大変励みになります。

今後も楽しんでいただけるよう努めてまいりますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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