第13話「ホシ、正体の片鱗」
放課後の町を、黒瀬ユウマは一匹の黒猫と並んで歩いていた。
名前はホシ。路地裏で拾った小さな相棒だ。まだ周囲には「ただの猫」としてしか認識されていないはず……なのだが。
「黒瀬くん、その猫……すごく懐いてるのね」
道端で声をかけてきたのは、買い物帰りの町内会のおばさんだ。ホシはユウマの足元にすり寄り、甘えるように「にゃあ」と鳴く。
「まあ、猫って普通はあんなに人について歩かないものよ。……あんた、もしかして選ばれし人?」
「えっ? えっと……まあ、そうっすね。猫と心が通じる男、黒瀬ユウマ、ってことで」
軽い冗談のつもりで返した一言が、おばさんの耳には神秘的な宣言に聞こえてしまったらしい。
「やっぱり……! そうじゃないかと思ってたのよ! 動物に好かれる人は、昔から“勇者の器”って言われるんだから!」
それから数分もしないうちに、町の噂好きたちの間で「黒瀬くんが守護獣を従えているらしい」という話が広まった。
帰宅する頃には、通学路の生徒たちの間でも「猫=守護獣」「黒瀬=勇者候補」という奇妙な公式が完成していたのである。
「お兄ちゃん、その子……すごいんだね!」
家に帰ると、妹のアイナが目を輝かせてホシを抱き上げた。
「猫が自分からついてくるなんて滅多にないんだよ? やっぱりお兄ちゃんって特別なんだ!」
「いやいや、ただの猫だから……な? ホシ」
「にゃあ」
しかし、タイミングよく鳴くホシの声が「そうだ、特別だ」と肯定しているように聞こえてしまう。ユウマは苦笑しながらも、ほんの少し胸を張ってしまった。
「ほら見ろ。やっぱり俺には猫と心で通じ合う力があるんだよ」
「すごーい!」
アイナの素直な賞賛に、ますます勘違いが強化されていく。
翌日の学校。
「見た!? ユウマくん、猫を連れて登校してたって!」
「新聞部の東堂先輩が言ってたよ。“守護獣を従える転生勇者”だって!」
「かわいい黒猫と最強男子……エモすぎる!」
教室内では完全にアイドル扱いだ。女子たちはきゃあきゃあと盛り上がり、男子たちも妙に距離を置き始める。
「いや……普通の猫だって」
ユウマが否定しても、ホシは机の上で丸くなり、あたかも「この男こそ我が主」とでも言わんばかりに堂々と鎮座していた。
新聞部のリョウはその姿をしっかり撮影し、「黒瀬ユウマ、遂に守護獣召喚か!?」という見出しで翌日の号外を準備するのだった。
放課後。ユウマはホシと共に商店街を歩いていた。
その時――「ワンワン!」と大きな犬が飛び出してきた。首輪が外れたらしく、勢いのままユウマたちに突進してくる。
「うわっ、やばっ!」
思わず身を引くユウマ。だが次の瞬間、ホシが信じられないほどの敏捷さで飛び出し、犬の鼻先に爪を立てて威嚇した。犬はキャンと鳴いて逃げ去っていく。
「お、お前……」
ユウマは呆然と黒猫を見つめた。すると、確かに聞こえた気がする。
『退屈はしなさそうだな』
低く落ち着いた声。だが周囲には聞こえていないらしい。
「い、今……喋った!?」
「にゃあ」
すぐさま可愛らしい鳴き声で誤魔化すホシ。
ユウマは頭を振り、「俺が聞き間違えたんだな」と自分に言い聞かせた。だが胸の奥では妙な確信が芽生えていた。
「やっぱり……俺とこいつは、特別な絆で繋がってるんだ」
一方その頃――。
魔王軍の本拠地では、斥候からの報告が四天王ジークに届いていた。
「人間側に“最強勇者と守護獣”が現れたと……?」
「はい。目撃者多数。猫を従え、無敵の風格を漂わせていたとか」
「……馬鹿な。だが情報を軽視するわけにはいかん。魔王様に報告を」
こうしてまた一つ、誤解は拡散し、ユウマの伝説は世界規模に膨れ上がっていくのだった。
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