第12話 「委員長サラのツンデレ」
昼休みのチャイムが鳴り響いた。学園の広い中庭は、弁当を広げる生徒や談笑するグループで賑わっている。
その片隅で、黒瀬ユウマはパン屋のモモから買ったあんパンを頬張り、のんびりとした昼を過ごしていた。
「……平和だなぁ」
空を見上げて呟く。雲はゆったりと流れ、まるで自分ののんきさを肯定しているようだった。
「黒瀬ユウマ!」
不意に鋭い声が飛んだ。
振り向くと、学園生徒会の書記であり、三年生の 神楽サラ が立っていた。いつものようにきっちり制服を着こなし、手には分厚い書類の束。凛々しい眉と真っ直ぐな瞳が印象的で、学園内では「鉄壁委員長」と呼ばれている少女だ。
「な、なんだ? オレのあんパンを狙ってるとか?」
「誰がパンなんか狙うかっ!」
サラはツカツカと歩み寄ると、机に書類をドンと置いた。
「いい? 今日は生徒会主催の“模擬正義討論”の日。あなた、推薦で代表に選ばれたのよ!」
「へ? なんでオレが?」
「最近あなたが学園内で騒がれているのは知ってるでしょう。実力不明、でも妙に皆が崇める謎の男。だったら公開の場で意見を示してもらうわ。討論テーマは――『正義とは何か』!」
「……オレに正義とか聞く?」
「聞くのよ!」
サラの表情は真剣そのもの。
だがその裏には、“彼の化けの皮を剥がしてやる”という意志が隠れていた。
午後、講堂。
壇上にはユウマとサラ、そしてもう一人、弁論部から選ばれた優等生男子が立つ。観客席には全校生徒。討論は半ばイベント化しており、新聞部のリョウがカメラを構え、学園アイドルのユリナも最前列で応援団のように声を張り上げていた。
「では――討論を始めます。テーマは『正義とは何か』!」
司会の合図で、優等生が堂々と語り出す。
「正義とは、秩序を守り、法を遵守し、弱きを助ける理念です!」
拍手。観客は納得の空気に包まれる。
続いてサラ。
「正義とは、個人の利益ではなく全体の幸福を優先する行為です。勇気と責任感を持ち、己を犠牲にしてでも人を救う――それこそが正義!」
観客はさらに盛り上がる。
そしてユウマの番。
皆が固唾を飲んで見守る中、ユウマは――。
「正義ってのはさ……腹が減ってる人にパンを分けてやる、みたいなもんじゃね?」
「……は?」
会場が一瞬凍った。だがユウマは気にせず続ける。
「だってよ、難しい理屈とかオレには分からんけど。目の前で困ってるやつがいたら、できることすりゃいいんだろ? パン一個くらいなら、分けても死なねーし」
観客席からざわめきが広がる。
「単純すぎる」「でも分かりやすい」――そんな感想が飛び交う。
サラは机を叩いた。
「そ、そんなの正義じゃないわ! もっと高尚で、理論的で――」
だが、ふと気付いた。観客席の反応が明らかにユウマに傾いている。
ユウマの無自覚な言葉が、シンプルだからこそ心に刺さっているのだ。
「……な、なんで……」
サラは動揺を隠しきれなかった。彼女は理想に忠実で、正義のために努力を惜しまない。だがその熱さが時に重く映る。一方、ユウマはただ自然体で言葉を放ち、それが人々の胸を打つ。
「お、お前……」
サラは言葉に詰まりながら、思わず呟いた。
「計算でやってるわけじゃ……ないのよね……?」
「計算? いや、オレはただパン食ってただけだぞ?」
「~~っ!」
顔が一気に赤くなる。
ツンと顔を背けながら、サラは早口で言った。
「べ、別に! あんたの意見を認めたわけじゃないんだから! たまたま共感した生徒が多かっただけよ!調子に乗らないで!」
だがその声は震えていた。胸の奥が妙に温かく、悔しいのに嫌じゃない感覚が広がっている。
――何これ。
私は……まさか、この男に心を揺さぶられてるの……?
討論会はユウマの勝利、という形で幕を閉じた。
生徒たちは「黒瀬ユウマは義の男だ」と囁き合い、また新たな伝説が積み上げられていく。新聞部リョウは原稿用紙にペンを走らせ、ユリナは興奮気味にSNSへ投稿。
サラは舞台裏で一人、壁に背を預けていた。
頬はまだ赤い。自分の感情が整理できない。
「……まったく。なんなのよ、あの人は」
そのとき。
廊下の先でユウマの声がした。
「よーし、今日の晩メシはカレーにしよう! アイナ喜ぶかな?」
彼の何気ない一言。
だがサラの胸はまた、きゅっと締め付けられた。
「……バカ」
小さく吐き捨て、顔を両手で覆う。
惚れた弱みを認めるわけにはいかない。
けれど――彼に近づきたい気持ちも否定できなかった。
その夜、サラは決意する。
「黒瀬ユウマの秘密を暴く」――そう口実を作らなければ、この気持ちを持て余してしまうから。
彼の正体を暴けば、きっと落ち着けるはず。
……そう信じたかった。
しかし、彼女のその決意こそが、新たな誤解の連鎖を広げる火種になるとは、まだ誰も知らない。
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