第11話「放課後の小さな怪事件」
夕暮れのチャイムが鳴り終わり、学園の廊下には帰宅を急ぐ生徒たちの足音が響いていた。
文化祭の余韻もすっかり落ち着き、今日はいつもの放課後――のはずだった。
「ユウマ、今日は真っ直ぐ帰るの?」
幼馴染の白石ミサキが教科書を抱えながら声をかけてくる。
「ふむ……最強の男に休息など不要。だが、まあ……図書室で少し調べ物でもしてから帰るとするか」
「またカッコつけて……どうせ暇つぶしでしょ」
ミサキは呆れ半分、笑み半分でついてくる。こうして二人は並んで図書室へ向かった。
図書室は放課後の静けさに包まれていた。
窓から差し込む夕日が本棚を黄金色に染め、どこか神秘的な雰囲気を醸し出す。
「お、ちょうど空いてる席があるぞ」
「珍しい……いつも混んでるのに」
ユウマが椅子を引いた瞬間――。
――ギシッ。
頭上から微かな軋み音がした。
「ん?」
顔を上げると、天井近くの梁に積まれていた古い瓦が、今にも落ちそうに揺れていた。
しかし、ユウマはそんな危険を知る由もなく――ただ鼻がむずむずしただけだった。
「へっ……へくしっ!」
豪快なくしゃみ。
その反動で彼は後ろに仰け反り、ちょうど椅子を蹴ってしまう。
バタン!
椅子が倒れ、その音に驚いたミサキが机を押す。机が前にずれ、机の角が天井の支柱を突いた。
ガシャンッ!
次の瞬間、ずれかけていた瓦が揺れ落ち――。
だが偶然にも、ユウマが仰け反った姿勢で腕を突き出していたため、瓦を見事にキャッチしてしまった。
「……あぶなっ!」
「え、ちょっと待ってユウマ、それ……」
図書室の生徒たちが一斉に振り返る。
夕日の逆光の中、瓦を片手で支えるユウマの姿は、まるで英雄のように見えた。
「瞬時に落下物を察知して受け止めただと……?」
「すごい……人が下にいるって分かって助けたんだ!」
ざわめきが広がり、図書室は感嘆の声で満たされる。
「……ふむ。最強の俺が反射的に動けば、この程度の危機は無に等しい」
「(絶対ただの偶然でしょ……!)」
ミサキが必死で否定しようとするが、すでに生徒たちの目は尊敬の光で満ちていた。
「黒瀬先輩、やっぱり本物なんだ……!」
「俺も鍛え直さなきゃ……!」
そんな声が飛び交う中、駆けつけてきたのは学園の寮母・千堂カエデだった。
「ちょっと! 何事ですか!?」
「か、カエデさん! 瓦が……」
「でも黒瀬先輩が助けてくれたんです!」
状況を聞いたカエデは、瓦を持つユウマを見て深いため息をつく。
「……やれやれ。あなたって子は、いつも肝心なところで人を助けちゃうのね」
その言葉に、またも周囲の評価が一段階上がる。
後日、職員会議でこの一件は「迅速な危機対応」として報告された。
学園の教師たちの間でも「彼は只者ではない」という噂が強まりつつある。
そして、その噂を最も真剣に受け止めた人物がいた。
「……なるほど、放課後の図書室で一瞬の判断か」
学園長クロード――かつての伝説の勇者である。
彼は古びた書類を閉じ、口元に笑みを浮かべた。
「やはり、あの少年……黒瀬ユウマには“勇者の器”がある」
翌朝。
ユウマは新聞部のリョウに呼び止められた。
「先輩! 昨日の件、記事にしていいですか!? “瞬間反応で危機を救った救世主”って見出しで!」
「む……まあ、好きにするがいい。俺の力が人々の励みになるのならばな」
「ありがとうございます!」
誤解はさらに加速する。
ユウマ本人はただ――「くしゃみで助かっただけ」とは口が裂けても言えなかった。
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