第10話「SNSと炎上(違)」
放課後の教室に、眩しい光が差し込んでいた。
窓際の席で、桜井ユリナがスマホをいじりながらクスクス笑っている。
「ふふっ……やっぱり伸びてる」
画面には、文化祭のとき偶然撮られた動画が映っていた。ユウマが青海苔を鼻につけたまま暴走装置を止めた、あの瞬間。学園新聞に載った写真と同じ場面だが、動画だとさらに臨場感があった。
ユリナが軽い気持ちでSNSにアップしたところ――。
【#最強の男 #救世主 #青海苔】
――というタグとともに、学園内でバズり始めていたのだ。
「おい見たか? 黒瀬のやつ、文化祭であんなに堂々としてたんだな!」
「鼻についてた青海苔すら、なんか“戦いの傷跡”みたいに見えるんだが……」
「わかる! オーラが半端なかった!」
昼休みの購買前。生徒たちが動画を見せ合いながら騒いでいる。
当の本人、ユウマはパンを買おうと列に並んでい
た。
「む……? なんだかやけに俺の名前が聞こえるな」
「……それ、あんたが原因だからね」
隣にいたミサキが額に手を当てる。
ユウマは首をかしげながらも、パン屋の娘・モモからいつものメロンパンを受け取った。
「黒瀬先輩、今日も頑張ってくださいね!」
「……? ああ、任せろ。最強の俺にかかれば、このパンを食うのも一瞬だ」
「名言キタァァ!!!」
後ろにいた生徒が歓声を上げ、スマホを構える。
数時間後。
《ユウマ語録まとめ①》
・「最強の俺が動けば百人力だ」
・「赤子の手をひねるが如し」
・「このパンを食うのも一瞬だ」
ユリナがプロデュースした画像付きの投稿が、さらに拡散されていた。
「ちょ、待って……なんで私の兄が、学園の名言製造機になってんの……?」
妹のアイナがスマホを見ながら顔を真っ赤にする。
「だ、だが……兄さんは本当に最強だから……! これは正しい広まり方なんだ!」
結局、信じてしまう。
新聞部室では、東堂リョウが真剣な顔で記事を打っていた。
「“SNSで拡散される最強の勇者像、その真実に迫る”。よし、完璧だ」
カメラ係の部員がうなずく。
「リョウ先輩、これもう次の号の目玉記事っすよ。閲覧数爆上がり間違いなしっす」
「だが油断するなよ。黒瀬ユウマの行動は常に予測不能……。事実確認を欠かすな」
取材魂に燃えるリョウの瞳が、青く光った。
そして事件は起こる。
翌日の昼、学食で。
「ユウマ先輩! “無敗の男”って本当ですか!?」
「……む? 無敗? まあ、負ける気はしたことがないな」
「やっぱり!!!」
その会話を撮影した短い動画が、またもSNSにアップされる。
コメント欄には「#不敗の最強」「#負ける気はしたことがない」「#伝説始まる」の文字が踊っていた。
「……おいミサキ。なんだかまた妙なことになってないか?」
「妙どころじゃないよ! 完全に炎上してるよ! ……いや、盛り上がってる、かな……?」
ミサキは頭を抱えるが、ユウマは悠然とスープをすする。
「ふむ……人々が俺の存在を語り合う。悪くないな」
「自覚ゼロでドヤ顔すんなぁぁぁ!」
その日の夕方。
街の喫茶店に、一人の冒険者風の客が腰を下ろした。
「……“最強の勇者”黒瀬ユウマ、か。学園の坊主にしては面白い噂だ」
彼はにやりと笑いながら、学園新聞の記事を読み込んでいた。
その眼差しは、ただの噂好きとは思えぬ鋭さを帯びていた――。
夜、自室。
「兄さん、もう有名人だよ……! すごいよ!」
アイナがきらきらした目でスマホを見せてくる。
「ふむ。まあ俺にかかれば当然のことよ」
「でた……兄さんのドヤ顔」
その横で、ベッドの上の子猫――ホシがくるりと尻尾を振る。
「にゃ……」
その瞳が一瞬、何かを見透かすように光った。
だが、ユウマは気づかない。
こうして“学園最強伝説”は、また一歩外の世界へ広がっていくのだった。
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