3月29日
暑い夏の日だった。
中学2年の夏休み、部活に忙しい時期だというのにいい加減受験に備えろとうるさい母親に折れて、私がそこへやってきた日は。
程よく冷えた室内に入れば、メガネをかけた若い女性がにこやかに応対してくれる。
「こんにちはー」
「こんにちは。……あの、このチラシの体験講座をお願いしたいのですが」
「かしこまりました、このあとお時間はございますか?」
「はい」
「ではですね、先に簡単なご説明をさせていただき……」
その塾は1対1の講義がウリで、同じ学校の子も何人も通っている。
母はどうやら斜向かいの幼馴染の大輝のママから話を聞いて、私を行かせようと思ったらしかった。
先に電話で予約が出来たんじゃん。
受付の女性は何も言わなかったけれど、スケジュール表を出して説明してくれるその下にさっき私が見せたチラシと同じものが見えている。
お電話でご予約承ります、の文字に今気がついた私も大概だが、午前中の部活を終えお昼を食べている最中に「あんた食べたらこれ行ってきなさい」と放り出されたのだから、私は正直場所の把握くらいしか出来ていなかった。
「それでは来週火曜日の4時から、数学で体験をしていただいて、もし当校をご検討いただけるのであれば、保護者の方へのご説明もさせて頂きますので」
「解りました」
「担当なのですが、……あ、小林先生」
私の背後に向かっての声がけ、思わず振り返れば。
……わ、男の人だ。背、高いな。
「お呼びでしょうか」
「来週火曜日の4時に体験ご希望の」
後ろは短く切られているが、それでも真ん中で分けられた前髪がサラリと揺れる。地毛のままの色だが、それが彼にはよく似合っていた。
薄く形のいい唇に、すっと鼻筋が通った涼やかな顔。整えすぎていない眉は、それでも彼の奥二重の瞳を引き立てるように凛々しくて。
目が合った瞬間、小さく微笑まれた。
コピーをしに来ていたのか、開いてあるテキストを持つ指がスラリと長くて。
「石田あかりです!よろしくお願いします!」
気づけば、飛び跳ねるように席を立って挨拶をしていた。
全身が心臓になったようにうるさい。今私どんな顔をしているんだろう。緊張して名前以外の言葉が出てこない。
「よろしくお願いしますね、石田さん」
遠くセミの鳴く声が聞こえる中2の夏。
私は、初めての恋に落ちた。
***
あれから早1年。
部活も引退し、本格的な受験シーズンとなった。
真面目そうな見た目通り丁寧で優しい教え方をしてくれる小林先生は、体験のあともずっと私の専属で、当時大学1年生だった彼は今は2年生。
大学生にはレポートの提出という課題があることや、3年のうちに進路を決めなければならないこと、4年生は卒業論文の提出があってそれがとても大変だとサークルの先輩に聞いて今から不安に思っていること、……そして最近は少し忙しいことを聞いた。
「忙しいって、もしかして彼女ですか?」
2コマ続けての受験対策集中講座の間の休憩時間、来週の通常講座を別の先生にお願いしたいと思っているけれど構わないかとの問いにそう返す。
「プライベートの質問には答えられません」
「知ってます。携帯電話の情報やSNSのやり取りも禁止って、あそこにでっかく書いてありますもんね」
ぬるくなったペットボトルのお茶が美味しくない。
この1年、私はあの日突然胸に湧いたこの感情を、誰にも打ち明けずにひっそり育んできた。
5歳年上、私はまだ中学生だけれど、法の変わったこの国において小林先生はもうとっくに成人だ。
お酒やタバコには興味はないけれど、それらは相変わらず20歳からだし、成人と言われてもいまいちピンとは来ないけれど、と笑う先生が、今の私にはとても遠い。
5歳下なんて、私からしたら小学校の中学年だもん。すごくすごく子供だ。
先生から見た私も、そんなもんだよね。
「……元気ない?夏バテかな?」
そう問いかけてくる先生の前髪が、初めて会った日と同じくサラリと揺れる。
ばくりと、心臓が壊れそうな音を立てて、私は。
「えっと、……あ、高校の見学会、行ったんですけど。何だかよく解らなくなっちゃって」
「……ああ、ああいうのっていいところを見せようと先生も在校生も張り切ってるから、かえってよく解らないよね」
「はい。バスの本数が少なくて通学が大変そうだったり、冬の制服が可愛かったところも夏はいまいちだったり、パンフレットはスタイルのいい人が着ていて解らなかったけど、在校生を見たらかなり体型を選ぶ制服だって気がついたり、そういうのが解ったのは良かったんですけど」
「制服かぁ、女の子だね。
僕は中学も高校も詰め襟の学ランだったから、そういうの全然気にした事がなかったな」
はは、と笑う先生は、今日はデニムに白いTシャツ、上に長袖のシャツを羽織っている。
シャツの折られた袖から見える腕が男の人らしい骨格で、その先にづつく手は変わらずスラリと長い指。
中学生も最終学年になって、クラスの男子も随分男らしい体格にはなってきたけれど、やっぱり全然違うな。
そんな先生が、クラスメイトの男子と同じように学ランを着ている姿を想像してみるが、それはそれで似合うなと思わず感心してしまう。
「……詰め襟、なんか頭良さそう」
「それはどうだか解らないけど、確かにお硬い学校だったかな。
僕は地元がここじゃなくて大学進学でこっちに来たから、このあたりの詰め襟校は皆優秀校だというのは同意するけど」
「そうなんですか……」
そして無情にも鳴るチャイム。
次は英語だっけという問いかけにはい、と返事をするのが精一杯。
いつも、肝心なことが聞けなくて、肝心なことが言えない。
地元は一体どこですか。お休みの理由はなんですか。彼女は、いるんですか。
……なんだか、疲れていませんか。
8月の頭からどことなく顔色が良くなかった小林先生は、お盆明けから半月、講師をお休みしていた。
地元はこっちじゃないと言った先生が、長い休みを取った理由は解らない。
でも、もしかしたら。
地元に、彼女を残してきたのではないかなと、そう思う。
優しくてかっこいい先生が、フリーなわけがない。
なんだか疲れた様子だった先生が、彼女に会いに帰っていたって不思議じゃない。
悶々としたまま夏休みが終わって、久しぶりに会えた先生にやっと「疲れてませんか?」と聞けたところで、生徒でしかない私は曖昧に笑って「大丈夫だよ」と言われるだけの存在なんだ。
そう思ったら、尚更この気持ちは育てるわけにはいかない。
私は、淡く桜色に染まったその感情を、固く蓋をして閉じ込めた。
気付けば夏が遠ざかり、文化祭の準備と並行してどんどん受験一色に染まっていく。
思い通りに成績が伸びない苛立ちや、本当にこの高校を選んでいいのかという不安に、教室の中もギスギスしていく。
塾の中にも「入試まであと何日」の掲示がされるようになり、そして今年に限って予防接種受付開始と同時に流行り始めたインフルエンザが猛威を奮って、文化祭の頃には学級閉鎖がちらほら出るような惨事になったり、それでも無事にお祭りを終えて、あとはもう卒業式しか行事がないんだねと、迫りくる別れの時にしんみりしたりした。
学校で色々あっても、塾に行けば小林先生がいてくれる、そう思えば頑張れた。
思えば私も、思春期らしく精神が不安定だったのかもしれない。
だから半ば依存とも思えるほどに、先生の顔を見られると安心出来て。
……それと同じだけ、鍵をかけて閉じ込めたはずの恋心が悲鳴を上げていた。
紅葉した葉が全て散った頃、塾の入り口の扉を開けようとしたとき、ふとどこかから男性の声が聞こえた気がして、私は少し周囲を伺った。
建物と塀の間の狭い通路に、小林先生がいる。
スマホを片手に相槌を打つ先生の声と、音量設定がおかしいのか相手の声が大きいのか解らないけれど、多分女性と思わしき電話越しの相手の声が微かに聞こえた。
好きだと打ち明けることが出来ないこの恋心が、それでも何度も悲鳴を上げる。
私は今聞こえた声を振り払うように、教室の中へと飛び込んだ。
そうやって、あっという間に木枯らしが吹いて年が明け、結局県立を第一志望にした私は、それでも私立を2校ほど受けて。
夏休みから週2に増えた塾通いも集中講座や模擬テストも増えて、週の殆どを通うことになったけれど。
小林先生がいない日は次第に増えていっていた。
毎週末地元に帰っているらしいことを同じ塾に通っている隣のクラスの子が教えてくれたけれど、私はそれを本人に確かめることも出来ないまま。……季節は春に差し掛かっていた。
***
「いよいよ、5日後だね」
カランコロンとチャイムがなり、講義の終了時間を告げた。
集中講座中なので、もう1コマ講義がある私に、小林先生が話しかけてくる。
「……緊張してる?」
「いえ……」
受験が終われば、集中講座も終わりだ。
そうなれば、こうして話をする機会もなくなるだろう。
それがどうしようもなく寂しくて、でも高校生になっても私はこの塾に通うことを決めたから、きっとまた話が出来ると思い直す。
彼女にはなれなくても、友達にくらいはなりたい。
それはこの塾の生徒である限り叶わない望みだけれど。
5歳も年下に私には手が届きそうにない願いだけれど。
ともすれば沈みそうな思考に思わず溜息を漏らせば、先生は何か勘違いしたのか「大丈夫だよ」とニコリと笑う。
「ここまで来たらね、もう知識を詰め込むより、いかに万全の体調で試験に挑めるかが大事になるから。
たくさん食べて、たくさん寝て。……体は本当に、大事だから」
いつもと変わらない、爽やかな笑顔の小林先生。
なのに最後の言葉を紡ぐ時にこぼれた、どこか、影のある表情がひっかかる。
「……先生?」
「ああいや、なんだか今年は色んなウィルスが長い間流行ったでしょう?
風邪ひかないようにしないとね」
何か、あったんですか?
そう問いかけたかったけれど、さぁ次は化学だよ!……プリントを印刷してくるね、という半ば無理矢理のような明るい声に、私は何も言えなかった。
入試の日は今にも雪がこぼれ落ちそうなほど、重い雲が立ち込めた日だった。
校舎内には至るところに石油ストーブが置かれ、教室内はエアコンがたかれていたので寒くはなかったけれど、まるで自分の気持ちのような空模様にため息が出る。
テスト自体はちゃんと出来た。
少し悩んだ問題も、ふいに小林先生の「ここはね」という声が聞こえた気がして、そのことに胸が苦しくはなったけれど、教えてもらったことを無駄にしなくてよかったと安堵もした。
卒業式や合格発表もつつがなく。無事合格を勝ち取った。
母は涙を流して喜んでくれたけれど、私はどうしても入試の前に見た小林先生の表情が忘れられなかった。
高校進学後も会えるはずの先生が、どこか遠くへ行ってしまう気がして、どうしても胸騒ぎがおさまらなかった。
……そして。
「あかりちゃん、このあと時間ある?」
3月29日、中学生として最後の塾の日。
学習内容はもう高校生のそれだったが、今までどおり小林先生の講義を受け終われば終了と同時にそう声をかけられた。
日が長くなり、5時を過ぎてもまだ明るい。
今日は私の講義でアルバイトが終了だという先生に塾の隣の公園に誘われついていけば、いつもお茶飲んでた気がしたから、と温かい日本茶を渡された。
「あかりちゃん、1年半ありがとう」
「……こちらこそ」
きぃ、と横にあるブランコが風に音を立てた。
そう返しながら、どうしてそんなことを言うのかと、嫌な予感に心臓が騒ぎ立てる。
鉄棒に背を預けた先生が黄昏の色を滲ませ始めた空を見上げて、それを彩る様にサラサラの前髪がこぼれた。
「僕ね、明後日でここをやめるんだ」
「……え?」
「覚えてないと思うけど、僕、夏に少し休んだでしょう?
あの時、実家の母が倒れてね」
覚えている、半月の間戻ってこなかった先生を。
その後、私の集中講座のときはいつもいてくれたけど、それ以外での休みが増えていった先生を。
受験前の私に、体を大事にするように言った先生の影の落ちた横顔を。
「父はまだ会社勤めをしているし、妹はあかりちゃんの1個上でまだ高校生だから、頑張ってくれてたけど不安だったみたいで。
母が倒れる少し前に自分の方でも色々あって疲れていた時だったから、余計今後を考えちゃって。
ああ、大学をやめたりとかはしないよ?母も入院はしたけど今は家にいて定期検診だけだし、僕が通院に付き合うのも大学の講義が無い曜日だけだし。
ただ、僕ももうすぐ3年で、進路を決めるなら実家に近い場所のほうがいいかとも思えてね。
大学に来る求人は、この周辺の企業がどうしても多くなるから。
母親には自分のことはいいから僕が望む仕事につけって言われてるけど、そういうの含めてちゃんと考えなきゃなって思ってさ。
なので3月で塾のバイトは退職。あかりちゃんの合格を見届けられて本当によかったよ、ありがとう」
さぁ、と風が吹き抜ける。
春の陽気の滲む風は、それでも少し冷たくて。
「……なんて、いきなりお礼を言われても困るよね」
手にしていた缶コーヒーを飲んで、先生が困ったように笑った。
「あかりちゃんの講座体験を受け持った少し前にね、僕、担当してた生徒さんから外されちゃって」
「え?なんでですか……?」
「教え方が下手、って。塾の先生になって最初に受け持った子だったから、すごくショックで。
だからあかりちゃんの担当をしたときもすごくすごく緊張してたんだけど、あかりちゃんのほうがずっと緊張してて、ああ、僕がこんなじゃだめだ、って、やっと気持ちを切り替えられたんだ。
それに、あかりちゃんは僕が欲しかった言葉をくれたから。
……正式に通うことになったとき、あかりちゃん、僕になんて言ってくれたか覚えてる?」
セミの鳴き声が遠く聞こえる、クーラーの聞いた教室。
受付の女性が差し支えなければこのまま小林先生を担当にと言ってくれたとき、私は。
「……小林先生がいいです。だって、とっても優しくて丁寧で、一生懸命だから」
「そう。それがすごく嬉しかったんだ。
先生なんて呼んでもらってるけど、教員免許持ってるわけでもないただの学生だからね、僕は。
自分がこのまま人に教える仕事をして大丈夫なのか、って不安だったんだけど。
あかりちゃんのおかげで頑張れたし、君はこうして志望してた高校に合格して、その成果を示してくれた。僕の、先生としての実績を証明してくれた」
この1年半、熱心に勉強を教えてくれた先生の声が、今は別の人の声みたい。
春特有の強い風、カサカサとどこかで乾いた葉っぱの音がする。
私はもらったお茶を一口含んだけれど、先生にどう言葉をかけて良いのか解らない。
辞める事情を知っても、もう会えなくなる現実が、どうしても飲み込めなくて。
そんな私に先生は気づいていないのか、それだけじゃなくて、と言葉を続けた。
「9月に会ったときに、疲れてませんか?って聞いてくれたよね。
決まりだから今日までこうしてプライベートの話は出来なかったけど、心配してくれる人がいるんだって、僕はとても嬉しかったんだ。
……だから、本当にありがとう」
膨らみ始めた桜の木の下、空気が薄く桜の色に染まっていた。
ありがとうの後ろに隠されたさようならを、私は受け止めたくなくて。
精一杯の笑顔で「小林先生に教えてもらえてよかったです。私こそ、本当にありがとうございました」と、言ったんだ。
桜色の感情は、厳重に鍵を締めた箱の中で、外の世界を知ることもないまま。
卒業式でも高校合格でもこぼれなかった涙が、その日は一晩中止まらなかった。
それでも先生には、笑顔で感謝を告げられた自分を、私は褒めてあげたいと思った。
……大好きだった。今も大好き。
きっと、一生忘れられない。
***
高校に進学してからも1年の夏休み前までは通った塾も、結局はやめてしまった。
先生のいない塾は、何か大切なピースが欠けたパズルのようで落ち着かなくて、どうしても通い続けることが出来なかった。
高校在学中に彼氏が出来たりもしたけれど、結局は長続きしない。
小林先生が通った大学の別の学部にも進学したけれど、当然先生がいるはずもなく、大学に入ってすぐに出来た彼氏には「俺を通して別の誰かを見ている」と指摘されて、それきり彼氏を作ることもなかった。
3月29日が来るたびに思い出す。
淡い桜色の公園で、最後に言葉をかわした先生の姿を。
7年たったのに、今も色褪せないその姿を。
……私は今日、その公園の前を通って電車に乗って、4月から働く会社の入社前研修に赴く。
26日の説明会で、今日は最初に新人教育に携わる先輩方の紹介があると聞いた。
土日を挟んだ今日は説明会の日とは打って変わって良い天気で、今しがた通り過ぎた公園も随分綻んだ桜が多かった気がする。
はからずも、3月29日にあの公園の前を通ることになった偶然に、私は小さく笑った。
未だ慣れないヒールを履いて、いつもは通り過ぎるだけだった駅で降り立って。
先日言われた場所に向かうべく、会社の長い廊下を歩く。
少し早くつきすぎてしまったのか人の気配がなかったが、似たような扉が並ぶ会議棟で今から私も向かう部屋に入ろうとしていた背の高い男性が、こちらに気づいたのか「新卒の方ですか?」と爽やかな笑顔を浮かべて声をかけてきた。
……忘れるわけがない。この声を、この笑顔を。
思わず立ち止まってしまった私に、怪訝そうな顔。
もうずっと、鍵をかけていた感情が、もう、錆びついてしまったはずのその蓋が。
「……なんで」
既に着なれたようなスーツ姿は、私が見たことがない姿。
あの頃よりも大人びているのに、知っている笑顔がそこにある。
「あ、時間少し早いですけど、入っていて大丈夫ですよ。
お名前を伺っても?……って、」
笑顔が、驚愕の色に染まっていく。
指の長い手が、これから使う資料だろうか、きゅ、と握り直しているのが見える。
相変わらずサラリと揺れる前髪、形のいい唇がもしかしてと音も出さずに動いた。
「石田あかりです!よろしくお願いします、小林先生!」
「……もう先生じゃないよ、あかりちゃ……。いや、名前で呼んだらセクハラかな」
困ったように笑った先生、いや、小林さんの背後に、あの日の公園の桜が見えた気がした。
あの頃は言えなかった思い、諦められなかった願いが一気に色づきだす。
「新人指導を担当する小林です。よろしくお願いしますね、石田さん。
資料に同じ名前の子が居るなとは思ったけど、綺麗になっていて気付かなかったよ」
3月29日は、別れの日だった。
けれど今日、その歴史が塗り替えられた。
指輪のない左手に安堵するゲンキンな自分に苦笑いが溢れるが、15歳の私がさんざん繰り返した、せめて告白をして振られておけばよかったという後悔だけは、払拭出来そうだと思ってしまう。
7年たったのに、全く色あせていなかった恋心。
新人と先輩だけれど、あの頃よりは近くに立てるかな、友達にくらいはなれるかな。
そんなふうに思った私を、彼がどんな思いで見ていたのかを私は知らなかったけれど。
……子供の頃にはとても大きかった5歳の年齢差が、大人になってしまえば大した弊害ではないのだと理解するのは、新人教育終了の打ち上げのあと、危ないから家まで送るとついてきてくれた彼が、あの公園であのときと同じように、でも冷たいお茶を差し出しながら「ずっと君を忘れられなかった」と打ち明けてくれた、そんな暑い夏の夜になる。