6.デート?
満腹になり、荷物をロッカーに預けてから、また店を見て回った。そのうちに小腹が空いて、クレープも買って貰った。
ここまで奢らせるつもりはなかったのに、一見が嬉しそうにしてるから、まあいいかと思ってありがたく奢られることにした。
チョコバナナクレープwithバニラアイスという、他の友達なら絶対からかってくるものを頼んでみた。
でも一見は、「それ相性いい組み合わせだよね」と嬉しい意見しか言わなかった。
「ん〜っ、甘い、美味い〜」
そんなこんなで俺は、上機嫌にクレープをいただいている。
噴水のそばに座り、チョコレートソースがたっぷりかかったバニラアイスをスプーンで掬う。
「ほら、一見も。あーん」
「えっ……俺はいいよ」
一見は戸惑ったけど、カップルらしく、と言うと口を開いてくれた。
「甘……」
「へへ、一見、いつもコーヒーもブラックだもんな」
「うわ、やられた……壱村がいたずら好きって忘れてたよ」
苦笑する一見を見ながら、俺はますます上機嫌にクレープに噛みつく。今日は一見のいろんな顔を見られて楽しい。
「あ、家から電話だ」
「ん。いってら」
立ち上がる一見を見上げて、クレープに噛みつく。
可愛い、って小さく呟いたけど、女の姿よりいつもの俺の方がいいんじゃなかったか?
視線だけで言うと、一見は苦笑しながら通話ボタンを押してその場を離れた。
「君、ひとり?」
それから一分も経たないうちに、大学生くらいの男が二人、ナンパです、という雰囲気全開で声を掛けてきた。
「彼氏が今電話中で~」
まあバレないだろうと思って甘えた声を作り、にっこりと笑ってみせる。
「そうなんだ? じゃあ、帰ってくるまで俺らと話そ?」
左側に座った男が、俺の肩を抱いた。
いやいや、肩触られたらさすがに気付かれるよな?
「君、ほんと可愛いよね。もしかしてアイドルとか?」
「え~? まさか~」
「違うの? すっげー可愛いのに」
「そうですかぁ? うれしい~」
気付かれない。この男、まったく気付かない。さすがに肩は骨張ってないか?
「彼氏とか放っておいてさ、俺らと遊び行かない?」
「絶対楽しいからさ」
前に立つ男もわりと近くに顔を近付けてきたのに、気付かない。
どういうこと? この二人、今まで彼女いなかった感じ?
それよりクレープを食べさせてくれ。アイス部分を先に食べてて良かった。溶けて手がベタベタになるところだった。
あー、早く帰ってこいよー。
一見か戻ってくれば、こんなイケメンには勝てない! とか思って帰ってくれるかも。
俺が素を出してもいいけど、騙したことで怒らせても面倒臭いしなぁ……。そろそろ笑顔も引き攣りそう……。
「俺の彼女に何してるんですか?」
知った声が聞こえて、ホッと胸を撫で下ろす。男が前に立ってて見えないけど、一見だ。
「こんな可愛い子放っておいて、何が彼氏っ……」
振り返って一見にすごんだ男は、突然小さな声を出して、サッと俺のそばから離れた。
「……何してるんですか、って、聞こえました?」
え……誰これ、こえぇぇっ……!!
誰って、一見だ。
でも、顔が怖い。目が笑ってない。声も怖いし敬語が余計に怖い。
「すみませんでした!!」
男たちは頭を下げてから走り去って行った。
俺も逃げたい……。でも一見の視線がこっちに向いて、両手でクレープを握った。
認める……負けを認めるよ……怒った一見、めちゃくちゃ怖い!!
「壱村。さすがに悪ふざけが過ぎる」
「ごっ、ごめんなさいっ……」
どこから見られてたんだろう?
確かにアイツらをからかってやろうと思ったことは認めるけど、それを口に出したら終わりな気がする。隣に座った一見は、深く溜め息をついた。
「ただでさえ可愛いんだから、少しは危機感持ってよ」
「え……いや、でも俺、男だし」
「男だってバレても、それでもいいって言う奴は大勢いるんだから」
「普段の俺だとさすがにそれは……」
「ないって言い切れる?」
ない、と言いたいけど……確かに男子制服を着てるのに、街でおじさんとかに「可愛いね」「お茶しない?」と声を掛けられたことが何度もある……。
「……でも、それなりに護身術は出来るし」
「いつも俺相手にも身動きも取れないのに?」
そう言われてしまえば、もう何も返せなかった。
距離があれば自衛出来る自信はある。でも、捕まってしまえば、逃げるのは不可能に近い。同じ男でも、一見とはこんなにも違う。
悔しい……。
悔しくて、たまらない……。
「ごめん、泣かせるつもりは……」
「泣いてない。お前の言うことが正論だから、悔しくて……どうすればお前を倒せるか考えてるだけ」
「……壱村のそういうところ、好き」
「お前のそういう話を聞かないところ、好きじゃない」
「拗ねた顔も可愛い」
「女の格好より普段のがいいって言ったくせに」
「女の子は苦手だったけど、壱村と過ごして、女の子も可愛いなって思ったよ?」
「……そっか」
一見くらい顔も性格も良ければ、きっとすぐに彼女が出来る。そのうち一見の全てを好きになってくれる人と出逢えるはずだ。
……なのに、なんでちょっと寂しいとか思ってるの、俺……。
「だから、またその姿で俺とデートしてよ」
「……ん?」
「今度はどこがいいかな。壱村、行きたいところある?」
「んん?」
「壱村?」
「彼女作るんじゃないの?」
「どうして?」
「女の子もいいなって言ったろ?」
「うん」
「彼女作ろうってことじゃないの?」
「そんな気はないよ? 女の子の姿の壱村もいいなって思ったんだけど」
キョトンとして言う。どういうことだ。
「また女装しろってこと?」
「うん、可愛いと思ったし……それにその方が抱き締めたい衝動も抑えられるし、いいかなと思ったんだけど……」
後者の方が大事な理由だった。
確かにこの姿だと、一見が衝動的に抱きついてくることはない。男の姿で公衆の面前で抱き締められるより、女の姿の方がいい気がした。抱きつかれたところで、ただの傍迷惑なカップルだ。
「まあ、そのうち気が向いたらな」
一見と遊ぶのは楽しいし、この姿で女性に対する耐性を付けさせるのもいいかもしれない。
「やった。約束だよ、壱村」
嬉しそうに笑う一見がなんか可愛いな、と見つめながら、手の中ですっかり温くなってしまったクレープを頬張った。