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5.店舗限定


 翌日も学校帰りに、一見の家に寄った。


 俺の家にはまだ小学生の弟妹がいる。こうして集中出来る場所を提供して貰えるだけでもありがたいのに、勉強まで教えて貰える。もはや個別指導の塾だ。しかもドリンク付きで無料……いや、その対価に身体は張ってるけど。


 今日は昼食時に「くるみパンを食べてるのがリスみたいで可愛い」という謎の理由で、昼休みいっぱい一見を巻き付けたまま過ごすことになった。さすがに食べたばかりで大蛇のようには絞め付けられなかったけど、比喩じゃなく本当に中身が出るところだった。



「少し休憩しようか」


 数学の過去問を解き終えたところで、一見からマグカップを渡される。そこでスマホが鳴って、画面を開いた一見は眉間に皺を寄せた。


「どうした?」

「あ、いや、大したことじゃ……」


 顔を曇らせる一見の手元を覗き込む。一見が見ていたのは、キャラクターショップのホームページだ。深刻な顔をしてたのに、このファンシーなページ。どういうこと?


「……店舗限定、で……いつもは通販で買ってるけど、まさか店舗限定なんて……」


 今のは好きなキャラクターの新着グッズの通知だったらしい。商業施設に入っている大型ショップの、限定グッズだという。


 付き合ってやりたいけど、男二人だと余計に目立つよな。周りが気にしなくても、一見は気にしてしまうはず。……あまり乗り気はしないけど、解決策といったら、あれしかない。



「一見、明日暇?」

「え? うん」

「じゃあ、この建物の入口で待ち合わせな」

「え、でも、付き合わせるわけには……」

「いいから。欲しいんだろ、それ」


 そう言うと、一見は躊躇いながらも頷く。じゃあ決まり、と言ってこの話しは終わりだとばかりにさっさと物理の問題集を開いた。


 この大きな図体で小さな子供のようなところが、俺が何とかしてやらないと、と思う。時々お人好しと言われるのはこういうところだろうなと分かっていながらも、放ってはおけなかった。




◇◇◇




 逆ナンとか都市伝説だと思ってた……。


 翌日。待ち合わせ場所に向かうと、一見が綺麗なお姉さんに話しかけられていた。笑顔で対応して一度そこを離れて、また戻ってくる。そしてまた別のお姉さんに話しかけられていた。一見は同年代だけじゃなくて、年上にもモテる。ってか、背が高いし大学生に見えるのかな?


 困ってる一見には酷だけど……許せ、これも訓練だ。そして、ちょっとだけ俺の実力を試させてほしい。



「一見くん」

「え?」

「わたしのこと、わからない?」

「え、っと……」


 一見は戸惑った顔をした。


「……同じ学校、じゃないよね。ごめん、どこかで……?」


 ますます戸惑う一見の顔。俺はにっこりと、女の子らしい笑顔を浮かべた。


「お前にバレないなら成功だな」

「…………壱村?」

「そ。やっと気付いたな」


 裏声から戻すと、一見は唖然として俺の名前を呼ぶ。



「姉ちゃんがメイクアップアーティストしててさ。ノリノリで仕上げてくれたんだよ」


 これが俺の秘策だ。緩くカールした長いエクステを摘んでみせる。

 手脚の筋とか喉仏が見えるとさすがに男だとバレるから、ハイネックのロングワンピースに、デニムジャケットを合わせた。


 顔は化粧直しがいらないように仕上げてくれて、唇はツヤがなくなったら色付きのグロスだけ付け直せばいいらしい。

 しっかり盛れるのに高校生らしく可愛いメイクに仕上げたよ! と言ってた通り、俺も鏡を見た時に「可愛い……」と言ってしまった。


 ちなみに姉ちゃんは一七〇センチのすごいモデル体型。多分俺の身長持ってったんだよなぁ。



「どう? 可愛いだろ」

「あ、うん……」

「好みじゃない?」

「いや、可愛いし、好み、だと思うけど……女の子の姿だとそんなに……うん、やっぱりいつもの壱村の方がいいな」


 スン、と冷めた顔をして、眉を下げて申し訳なさそうに言った。


「やっぱ一見の基準わかんない……まあいいや。これなら彼女の買い物に付き合う彼氏に見えるだろ? 周り気にせずゆっくり選べよ」

「壱村、俺のために……」


 一見は目を潤ませて、感激そのものの顔をした。


「ってことで、昼飯はお前のおごりな?」

「うん。イタリアンでもフレンチでも何でも」


 そんな大げさな、と笑いながら、俺は内心ホッとしていた。さすがの一見もこの姿は引くかと思ったけど、「壱村の行動力はすごいなぁ」と笑顔で俺を見ていた。



◇◇◇



「っ……」


 初めて入った店内。可愛いものに溢れた空間で、「可愛い!」と言わんばかりに一見は目をキラキラさせた。そしてお目当ての限定グッズの大きなぬいぐるみをレジに預けて、その他にあれもこれもとカゴに放り込んでいく。


「結構買うな」

「画面で見るのと違って、実際に見ると質感とか好みでつい……」

「あー、そういうのあるよな」


 小声で話しながらふわふわのぬいぐるみを掴むと、一見がうずうずし始める。


「ここでは無理」

「分かってるよ」

「死ぬ気で我慢しろ」

「死ぬ前には抱き締めさせて」

「生きろ」


 ぬいぐるみを棚に戻すと、危うい状況は脱したようだ。


 瞬く間にカゴの中は可愛いもので溢れて、入りきれないサイズのぬいぐるみは俺が抱えた。中サイズらしいけど、二匹で両手いっぱいだ。……一見、またうずうずし始めたな。


「わぁ、これ可愛ぃ~」


 “彼女”らしく表情を作って裏声を使うと、一見はまたスンッと冷めた顔になった。これは使える。今度から逃げたい時にはこれで回避しよう。



 買い物タイムが終わり、レジで一見が会計をする姿を、女の子らしい笑顔で見守った。


「ありがとう♡」


 一見が商品を受け取ってレジから離れる時に、周りに聞こえるように“嬉しくてたまらない”と言う声を出す。これで完璧に、彼氏に大量にプレゼントを買って貰った彼女の図が完成した。一見は驚いたように俺を見たけど、すぐに察して目を細める。そして俺の頭を優しく撫でた。


 周りから「いいなぁ……」「彼氏優しい」「かっこいい」と聞こえてくる。よし、俺。完璧な仕事をした。彼女顔のまま、心の中でガッツポーズをした。



「壱村、すごいな。演劇部なの?」

「ん? あ、さっきのな。全部姉仕込みだよ」

「お姉さん?」

「昔から俺に可愛い服着せるのが好きでさ。やるなら完璧に女に見えるようにって、演技まで教えてくれたんだ」

「楽しいお姉さんだな」


 引かずに微笑ましそうに笑えるなんて、神か。


「まあ俺も、やるからには完璧にしたいし、自分じゃない自分になるのは楽しいんだけど。誰も気付かないのが面白いし」

「壱村って、いたずら好きなんだ?」

「結構好きかも。騙せた時の、いい仕事したなって感覚が好きなんだよな」


 そう言うと、詐欺師にはならないでよ、と一見は冗談めかして笑った。



 その後、俺たちは店に入り、メニューを開いた。


「壱村、本当にここでいいの?」

「ここも相当だろ?」

「そう、かな」

「さてはお前、金持ちか」

「そこまでではないよ」


 そうは言うけど、さっき高級イタリアンの店の前まで連れて行かれた。本気で入ろうとする一見を引きずるようにその場を離れて、フードコートに行こうとしたけど、それだとお礼にならないと不機嫌な顔をされて……今に至る。


 ここは、気になってはいたけど少し高いなと思っていた店だ。


「好きなものを選んでよ。そうじゃないと、俺の気が済まないから」

「……それなら、これ……でも、うーん……」


 やっぱり値段で悩んだけど、一見の笑顔に押されて、結局一番食べてみたいウニとイクラのパスタにした。


 それが予想以上に美味しくて、しっかり味わいながら食べる。そんな俺を、一見は嬉しそうに見つめていた。こんな顔されたら、ずっとあった罪悪感もあっさりと消えていってしまう。


 ……だから、食後にパフェも勧められて追加してしまった。すごい値段になったけど、一見が嬉しそうにしてるから……今日の俺は、誕生日のお祝いをして貰ってる彼女、と思うことにした。




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