22.お揃い
「壱村にずっと渡そうと思ってた物があるんだ。またお揃いを買ってもいいか訊いただろう? それで、これを……」
星の瞬き始めた空の下で、一見はそう言った。
ブレザーの胸ポケットから出てきたのは、小さな布の袋。その中身を出して、俺に見せてくれる。
「いや、待て。…………ちょっと重い」
思わず本音が零れてしまう。
袋の中身は、シンプルなデザインの……銀色の指輪だった。
さすがに重すぎる。まだ高校生だ。それ以前に、まだ気持ちを伝えたばかりだ。
「だからほら、ピンキーリングだよ。アパレルショップで買っただけの、ただのアクセサリーだから」
チラリと見えたショップ名がなかなかなのハイブランドだったけど、確かに服がメインのアパレルショップだ。
「…………まあ、それなら」
と言うが早いか、一見は俺の左手を取って、小指に指輪を嵌めた。
「ってか、なんでサイズ知ってんの?」
「触った感じで選んだけど、合ってて良かったよ」
マジか……触っただけで、ここまでぴったり合わせてくる。これはもしかしたら、全身のサイズまで知られてるんじゃ……?
思わずブルッと震えてしまったけど……でも、まあ、一見が嬉しそうだしいっか。
一見は指輪を見つめながら頬を緩めて、俺の指先にキスをした。
「壱村。俺を好きになってくれて、ありがとう」
少女漫画みたいなことをして、蕩けそうな笑顔を浮かべる。
こんな顔も仕草も……これ以上かっこよくなられても、困ってしまう。
また逃げ出しそうになる体と気持ちを堪えて、俺も一見の手を握った。
「……こっちこそ……ありがと」
「っ……」
「待て」
「えっ?」
抱き締めようとした一見の前に手を翳して、制止する。
一見のことだから、多分これ、ペアだ。ってことは……。
床の上に置かれた袋を取ると、やっぱり中身が残っていた。もうひとつの指輪を取り出して、一見の小指に嵌める。
「プレゼント、ありがとな」
「壱村っ……」
ああ、今度はさすがに待てが出来そうにない。
そう思った通り、ギュウッと腕いっぱいに抱き締められる。でもその力は緩やかだ。その代わりなのか、背中や頭をしきりに撫でられた。
おとなしく抱き締められながら、一見の背に回した手をそっと窺う。
丸みのある銀の指輪。くるりと返すと、手のひら側には太陽のようなオレンジ色の石が付いていた。これなら普段でも使えそうだ。さすがに学校では無理だから、休日に付けよう。
まさか、熊のストラップの次の“お揃い”が指輪になるなんて思わなかったけど、まあ一見だしな、で納得出来るところが何というか。
ジッと指輪を見ていると、体を離した一見は緩んだ顔で俺を見つめた。
「バイトした甲斐があったな」
「は? バイト?」
「うん。連休中に短期でね」
「おいこら、受験生。……ってか、お前がバイト……成長したな」
「ありがとう。と言っても、裏方だけど」
まだ表に出る勇気はなくて、と苦笑する。
でも、アルバイトをしようと考えて、応募して、知らない人ばかりの中で働いて……やっぱり一見はすごい成長したと思う。何だろう。気弱な愛息子が独り立ちしたような、そんな気分だ。
「これだけはどうしても、自分で稼いだお金でプレゼントしたかったんだ」
そっと俺の指を撫でる。
「大学に入ったら、もっと時給がいいところで働けるように頑張るよ」
甘い笑みを浮かべてそんなことを言うものだから、慌てて首を横に振ってしまった。
「いや、これも充分過ぎるというか、気持ちは嬉しいけどちゃんと勉強してくれ」
「大丈夫だよ。俺、勉強だけは得意だから」
「嫌味かっ……ってかお前、勉強以外も出来るだろっ」
「そうかな? 壱村がそう言ってくれるなら、そうなのかな」
ニコニコと笑う一見は、出逢った頃からは想像も出来ないくらいに前向きになった。そんなに俺を信用して大丈夫か? とますます思ってしまう。
「しばらく勉強見てあげられなくて、ごめん」
「え、いや、それは俺が悪かったし」
一見から避けられていた期間はそんなになかったし、どっちかというと俺の方が避けていた。
「壱村と同じ大学に行きたいから、明日からは今までの分も……今まで以上に、頑張って教えるよ」
そう言って爽やかに笑う顔に、背筋がゾクッとした。
スパルタ。
その四文字が脳裏に浮かぶ。
「そういやお前、前にドSだって……」
「え? いやだな。壱村に酷いことはしないよ?」
「いつの間にそんな胡散臭い顔をするように……いや、前からか……?」
「怯えてる壱村も可愛いな」
「っ……」
「大丈夫だよ。ちゃんと大事にするから」
嘘つけ……!! と叫びたくなるけど、確かに一見ならちゃんと大事にしてくれると信じられる。信じられるけど……何だろう。スパルタ以上に背筋がゾワゾワして、逃げ出したくなるこの感じは。
「恋人らしいことも、たくさんしようね」
今までより甘い口調で言って、俺の目元にキスしてくる。これはさすがに選択を間違えたかもしれない……俺は早々に白旗を挙げそうになってしまった。
でも……嬉しそうに笑う一見を見ると、やっぱりこれで良かったんだと思える。
これも一見の手の内だったのかもしれないと思うと、少し悔しいけど……指に嵌まった銀色が眩しく見える俺は、やっぱり一見のことが好きなんだろうな。
今度は俺の方から一見に抱きつくと、一見は俺の頬に触れて、自然な流れで俺の顔を上に向かせる。こういうことを自然に出来る一見は凄いな……と雰囲気のないことを思ってるうちに、暖かな熱が唇に触れた。




