1.転校生
今日は、始業式とホームルームだけ。その後は一見に校内を案内した。一通り案内を終えて、購買で飲み物を買って中庭のベンチに座る。
この時期に転校生は珍しい。一見は、親の仕事の都合で引っ越して来たと言った。一年半ほどで両親はまた元の場所に戻るらしいけど、一見は志望する大学がこっちにあるからそのまま残るそうだ。
「壱村って、優しいんだな」
「そう? 普通だと思うけど」
「普通と思ってるところが優しいんだよ」
「そういうもんかな? でも、そう言われると嬉しいな」
照れながら笑うと、一見はまた驚いた顔をした。また、この顔だ。
「一見さ、俺のこと女だと思ってる?」
「え? 男だろう?」
即答されて、何とも言えない気持ちになる。俺が女に見えるとか自意識過剰だったかもしれない。でも、今まで女子より男子に告白された数の方が多いし、経験上疑っても仕方がないと思う。
「じゃあ、なんで驚いた顔してたんだよ」
教室で、と言うと一見は困った顔をして、考え込んでしまった。
またデリカシーなかったかな……。これからは、きちんと考えてから口に出そう……と思ったのは、今月に入ってもう何度目だろう。
思わず膝の上に作った拳に力を込めるのと、一見が口を開くのはほぼ同時だった。
「俺と普通に話してくれるから、驚いて」
「んっ?」
「前の学校では色々あって、友達がいなかったんだ」
「一見が? なんで? イケメンすぎて?」
本気で驚いて、またデリカシーのないことを言ってしまった。でも一見は怒ることなく、小さく笑う。
「転校が決まるまでは、いつも下を向いてたし、何を話していいかも分からなくて」
「え、意外。一見って話しやすいのに」
「……俺、話しやすい?」
「うん。声もいいし、ゆっくりしてて落ち着く」
俺は賑やかな友達が多くて、ゆったりした友達もいるにはいるけど、そこまで話す機会はなかった。賑やかなのも楽しくて好きだ。でも、今みたいに二人でゆったり話す時間も好きだった。
「そんなこと言われたの、初めてだ」
一見は、嬉しそうにそう言った。木漏れ日に照らされて、青い空を背景に微笑む姿に、思わず魅入ってしまう。
綺麗、だな……。
夜の街が似合いそうと思っていたのに、爽やかな青空もよく似合う。揺れる木々の音も柔らかな緑も……いやいや、男相手に綺麗って。ふと我に返り、誤魔化すように笑った。
「まあ、最初はすごいホストみたいだし、イケメン爆発しろって思ったけど」
いや、俺、デリカシー!
数時間前に会ったばかりの、しかも繊細そうな転校生になんてことを……。
「ホストか……その方向で頑張ってみようかな?」
ハッとした顔で、一見は真剣に言った。
「それ、頑張る方向性違うからな?」
「そうかな? 会話のプロだと思うけど」
「プロはプロだけど、一見がやったらシャレにならない」
「そう?」
「そうだって。お前は笑うだけでも女に囲まれるから気をつけろ」
自信を持って言い切る。
この数時間だけで分かった。一見は緊張してるから無表情で、冷たそうに見える。美人の真顔は怖い。つまり、話し掛けやすいと気付かれればあっという間に囲まれてしまう。
「ホスト目指すより、前髪もうちょい短くしたら印象変わると思うけど」
「人と話すのはあまり得意じゃないけど、頑張って目指してみるよ」
「俺の話聞いてた?」
呆れた顔をすると、一見はキョトンとして首を傾げた。
そこで、悟った。
こいつは、俺が守らないと駄目だ……。これだけ大きな図体しておいて、この性格。カモになる前に守らなければ。思わず俺は、そんな使命感に燃えてしまった。
◇◇◇
その次の日。教室のドアを開けると、一見が女子に囲まれていた。
「一見君って、彼女いるの?」
「いないよ」
ふっと笑うだけで、囲む女子の目の色が変わる。いやいや、今年受験生ですけど!? とツッコミたい気持ちをグッと堪えた。そんなことをすれば、女子たちにウザい奴認定されてしまう。
「どんな子が好み?」
「髪長い方が好き?」
「おとなしい方がいい?」
質問責めにされた一見は、困りに困った末に、曖昧に笑ってみせた。するとまた囲む人数が増えて……。
だから言ったのに!
すっかり見えなくなった一見に、俺は心の中でツッコミを入れた。笑うだけで女に囲まれる。だからやめろと言ったのに。
そっと近付いて自分の席に鞄を置くと、一見がパッと俺の方を向いた。視線が「助けて」と言っている。顔は余裕そうなのに、俺には涙目に見えた。
「一見、ちょっと」
「っ、うん」
廊下を指さすと、一見がホッとしたように立ち上がる。残念そうな声を上げる女子たちに「ごめんね」と申し訳なさそうに笑う一見は、自信なさそうな昨日とはまるで別人のようだった。
……表情だけは、だけど。俺には分かる。早くこの場を離れたいと一見の目が訴えている。
ずるいと騒ぐ女子たちの声。俺は、新年度早々女子たちに敵だと認識されてしまった……悲しい。
廊下の端にある階段を登り、屋上へ出たところで、一見は大きな溜め息をついてズルズルと座り込んだ。俺もその隣に座る。
「だから言ったろ?」
「まさかあんなに囲まれるとは思わなくて……」
「髪切って、イケメン全開に晒してるからな」
でも俺のアドバイス通りにしてくれたところは、妙に嬉しくて頬が緩んでしまう。
「前の学校でも、イケメンって言われてること自体は知ってたんだろ?」
「それは、まあ……でも転校間際にすれ違いざまに言われても、信憑性ないだろう? ……でも、今ので分かったよ。俺、顔がいいんだ」
真面目に言ってるのは分かる。分かるけど……今すぐどつきたい。すれ違いざまにイケメンだと言われたい奴の気持ちが分かるか? 顔がいい、とアンニュイに言うだけで絵になる高身長イケメンを前にした俺の気持ちが分かるか?
……そう叫んでどつきたい。しないけど。したいけど。
せめて男らしくドンと構えていよう。深呼吸をして、心を落ち着けた。
「まずは形から入ろうと思って、ホストの人の動画を見て、表情とか笑い方を勉強したんだけど」
「勉強熱心だな?」
いや、そうじゃない。俺は頭を抱えた。
「ってか、もうホストから離れろって。女子に囲まれたいなら止めないけど、話す練習なら俺が付き合うからさ」
「……壱村、本当に優しいな」
「そんなしみじみ言われるとちょっと恥ずかしい」
そこまで感動されるようなことは言ってないのに。
「っと、そろそろ戻るか」
予鈴が鳴り、立ち上がって伸びをする。同じく立ち上がった一見は、俺を見てビクッと跳ねた。
「ん? どうした?」
「あ、いや、思ったより近かったから、ぶつかるかと」
おず……と離れる一見に、ちょっと可愛いなと思ってしまった。気の小さい大型犬みたいだ。
「一見って、本当にデカいよな」
「壱村は……」
「いっそ最後まで言え。お前に比べたら誰でも小さいだろ?」
「うん……そうかも。大学に行けば少しは違うかもしれないけど」
「そうだな。その頃には、俺ももっと伸びてる予定だし」
卒業までにまず五センチは伸びる予定だ。ふと後ろの足音が止まって振り返れば、一見は口元を覆って小刻みに震えていた。
「あ、今、馬鹿にしたろ」
「してないよ?」
「じゃあなんで笑ってんだよ〜」
「笑ってないよ?」
「笑ってるだろ」
「わっ、ちょっとっ」
口を押さえた手を離させようとすると、一見が慌てた声を出す。
笑ったり焦ったり、一見はクールな見た目と違って、人間らしくて純粋だと知ると、ますます庇護欲を掻き立てられる。……のだが、見た目はこんな大男。おかしいなとは思いつつも、どうしても大型犬に見えて仕方なかった。
何となくおかしくなり二人で笑っていると、そこでチャイムが鳴る。
「あ」
「わっ、やべっ」
始業式翌日から遅刻はさすがにまずい。慌てて教室に戻ると、すぐに先生が入ってきた。ギリギリセーフ、とこっそり笑ってみせると、一見はクスリと笑った。
「壱村、マジでギリギリ」
「新学期早々ギリ」
「セーフはセーフだからな?」
近くの席の二人から声を掛けられて、余裕顔で笑ってみせる。
「そこ、静かに〜」
「「「すみませんっ」」」
先生に注意されて声が揃った俺たちは、こっそり視線だけで笑い合った。