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17.弐虎君 side:一見


 楽しげに話す三人を、三階にある委員会室の窓から見つめていた。


 会話の内容までは聞こえない。でも、俺は壱村に、あんな風に雑に扱われたことはない。あんな顔で笑いかけられたこともない。あんなに気を許されたこともない。


 このどす黒い感情の名前は嫉妬で、壱村に触らないでと思う気持ちは独占欲。まだ友達の彼に向けていいものじゃないのは分かっているのに……。



「先輩?」

「っ……あ、ごめん、ちょっとぼーっとしてた」


 弐虎君の声に我に返り、誤魔化すように笑って見せる。


 最近は委員会という名目で、昼はここに独りで籠もっていた。そこに弐虎君と二兎君が現れてからは、こうしてほぼ毎日一緒に昼食をとっている。


「えっと、何の話だっけ?」


 あえて明るい声を出したのに、弐虎君は見逃してくれなかった。


「先輩の好きな人って、やっぱり壱村先輩なんですね」


 真剣な顔で見据えてくる。その瞳に耐えきれず、弁当をつつくふりで視線を逸らした。


「違うよ?」

「誰にも言いませんから、嘘はつかないでください」

「嘘じゃなくて」

「好きな人が誰を見てるかなんて、分かるに決まってるじゃないですかっ」


 バンッと机を叩く。立ち上がった衝撃で倒れた椅子が、派手な音を立てた。



「……すみません」


 俯く弐虎君の肩を、二兎君が宥めるように叩き、起こした椅子に座らせる。


「先輩の好きな人を傷付けたりしません。ただ、先輩の口から聞きたいんです。そうしたら……もしかしたら、諦めがつくかもしれないって、思って」

「弐虎君……」


 弐虎君はいつでも真っ直ぐで、この小さな身体のどこにこんな強さがあるのだろうと驚かされる。その強さが、健気さが、可愛いと思う。


 彼と付き合えたら、きっと不安なんて抱く暇もないくらいに想いを伝えてくれる。



 ……それでも。



「そうだよ。俺が好きなのは、壱村だよ」


 同じ想いが返らなくても、やはり心の底から好きだと思えるのは壱村だけだった。


「っ……やっぱり、そうですよね……」


 傷付いた顔に、胸が痛む。弐虎君はいい子で……だからこそ俺なんかを想ってないで、弐虎君が幸せになる恋をしてほしい。だからここで突き放さないといけないんだ。



「……でも、聞けて良かったです。教えてくれて、ありがとうございます」


 そう言って、無理矢理笑顔を作る。


「壱村先輩に、告白しないんですか?」

「え、っと……実は、したけど……一度フラれてて」

「えっ?」

「それでも、今までと変わらずに接してくれるから……俺は諦めきれずに、今もずっと好きだって言い続けてるんだ」


 これからも友人で、と言ってくれた。壱村ならそう言ってくれると信じていた。だからこれからも想いを伝え続けることが出来る。


 それでも、猶予があまりないことも分かっていた。この“好き”がどういうものか、壱村が現実味を持って理解し始めたら、きっと本当にフラれてしまう。


 彼は優しいから、受け入れられないと答えが出たら、俺のためにはっきりと言ってくれるはずだから。



「……つらくないですか?」

「つらいよ」


 悲しい顔は見せたくなくて、笑ってみせる。


 最近、とある事情で壱村のことを避けてしまった。それが落ち着いていざ話そうとしても、今度は壱村の方から不自然に避けられ始めた。


 もう駄目かもしれない。避けていた間に、壱村の中で答えが出てしまったのかもしれない。そう思うと、心が引き裂かれるように痛くて、苦しくて……それでも、もしかしたらという一縷の望みに賭けてしまう。



「僕なら……僕なら、一見先輩にそんな顔はさせません。先輩のことを、絶対幸せにしてみせます」


 迷いのない言葉。真っ直ぐに見つめる澄んだ瞳。

 この想いを受けとめられたら……。何度そう思ったか知れない。でもそれは、弐虎君の純粋な気持ちを踏みにじる行為だ。


「ありがとう、弐虎君。……ごめんね。君の気持ちはとても嬉しいよ。でも俺は、君を幸せにしてあげられないから」

「っ……でも、壱村先輩は……」

「叶わなくてもいいんだ。それでも俺は、彼のことが、一生好きだから」


 だから、弐虎君の想いは受けとめてあげられない。

 この真っ直ぐで情熱的で優しい弐虎君の想いと同じだけの想いを返せる人が、彼の前に現れればと、そう願ってやまなかった。



♢♢♢



「あーあ、完璧にフラれちゃった」


 一見先輩のいなくなった教室で、机に突っ伏して呟いた。



『弐虎君に好きになって貰えて、たくさん救われていたんだ。弐虎君には、幸せになって欲しい』



 申し訳なさそうに、それでもとても優しい顔でそう言った。今までよりも優しく、僕の頭を撫でてくれた。


 それでも好きです……なんて、言えなかった。

 今までどこか迷いのあった瞳が、完全に壱村先輩だけを見つめるようになってしまったから。僕じゃ駄目なんだ、と、悔しさよりも諦めが勝ってしまった。


 恋人にはなれない。それでも、今も先輩を好きな気持ちは変わらない。


 切なげに窓の外を見つめていた先輩の顔を思い出すと、悲しい気持ちが、じわじわと壱村先輩への苛立ちに置き換わっていく。



「一見先輩に悲しそうな顔させるなんて、ちょっとくらい意地悪してもいいよね?」

「弐虎、それは」

「傷付けるつもりはないよ。でも、一見先輩には幸せになって欲しいもん」


 初めて本気で好きになった人だ。その人に一身に愛情を注がれているくせに、頷きもせずに知らないふりでそばにいるなんて許せない。


「……好きな人が向けられてる視線の意味に、気付かないわけがないじゃないか」


 一見先輩のことをあんなふうに見てるくせに。本当に許せないよ。


「弐虎……」


 丸くなった俺の背を、二兎が撫でる。ニ兎のくせに……僕のこと、頑張ったって褒めてくれてるんだ。


「本当に……好きだったのにな……」


 明るく笑ってみせるつもりが、涙がこぼれる。俯いた僕の背中を、ニ兎は何も言わずに撫で続けてくれた。




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