15.姉の一喝
母さんに頼まれて、姉の家に届け物をした。そのまま何となくダラダラしてると、そういえば、と言って俺の前にきた。
「またデートするって聞いてたから、新しい服準備して待ってるんだけど」
「あー……それ、なくなった」
「なくなったって?」
「あいつ、彼女出来たかもだし」
何でもないことのように言って、麦茶に口を付けた。
「はあ!? ばっっっかじゃないの!? 手放すなって言ったのにっ何してんの!?」
「ちょっ……! 出るっ、麦茶出る!」
胸元を掴まれてガクガクと揺さぶられながら訴える。一見といい、姉といい、もっと俺の内臓を労って欲しい……。
「仕方ないだろ。他人の気持ちなんてどうにも出来ないんだから」
解放されて呼吸を整えてから言うと、姉は盛大な溜め息をついた。
「だから馬鹿だって言ってんの。自分から行動しないで、悲劇のヒロインぶってんじゃないわよ。そもそも、アンタから気持ちを伝えたことあるの?」
「……ない」
一度もない。
だって、まだ自分でも分からないんだ。俺の恋愛対象は女の子だし、一見と同じ気持ちで好きなのか、分からない。
「でもあいつが、好きになるのは後でいいって言ってたから……」
「一見君なら言いそうだけど、恋愛は無償の愛じゃないのよ?」
姉は呆れたように肩を竦めた。
「好きな人からは、好きな気持ちを返して欲しいものなの。全く返らないのに与え続けるのは限界があるわ。貰うだけ貰って自分のことは察してくれなんて、無理な話よ」
あまりに正論で、返す言葉がない。
「一見君は、本当に別の誰かを好きになっちゃったの?」
「……分からない」
「訊いたんじゃないの?」
「訊けなかった。その相手のことが好きって言われたら、どう返したらいいか分かんなくて……。先にきちんと俺の答えを決めてから、訊こうと思って……」
迷いながら伝えると、姉は“そう”と静かに呟いた。
「いつも行動してから後悔するくせに、慣れないことしてんじゃないわよ」
「いてっ」
ベチッと派手な音がした。反射的に押さえた額は地味に痛い。ジンジンする。いや、まさかのデコピンなんてそんな、今の流れで?
「そんなアンタが、あれこれ理由付けて逃げ出したくなるほどのそれ、好きって気持ちだと私は思うけどね」
その言葉に、心の中でわだかまっていたものが解けていくような気がした。……でも、まだはっきりそうだとは言えないけど。
「……そう、かな」
「恋は人を臆病にさせるのよ?」
なるほど、とそこは納得する。ただ、一見は逆に積極的で強引になった。姉の言う通りだとすると、元の性格と間逆の行動を取らせるものかもしれない。
「恋は、人を良くも悪くも変えるのよ」
「……そっか」
「まだはっきり分からなくても、好きかもって思えるその気持ち、大事にしてあげなさい」
頭を撫でられて、そっちこそ慣れないことしてるじゃないか、と笑ってしまった。
「……っていうか、俺も一見も男なんだけど」
「それがどうしたの?」
「いや、色々と」
「世間の風当たりとか社会制度とか、大変なことが多いのは分かってるよ。でもね、人生は一度きりなの。本当に好きだと思える人に出逢えたなら、何が何でも貫き通すべきだわ」
自分を幸せに出来るのは自分だけなんだから。そう言って強い瞳をする姉が、とても眩しく見えた。
「姉貴の生き方、結構好き」
「私口説いてどうすんのよ〜」
「いてっ」
バシッと背中を叩かれて、照れ隠しが乱暴過ぎる、と言い掛けて口を噤んだ。照れてないって言いながらまた叩かれるもんな。
「ていうかアンタ、受験生なのにそんなで大丈夫なの?」
「っ……大丈夫……じゃ、ない」
思わず真顔になった。
そうだ。恋愛云々で悩んでる場合じゃない。今年は受験生。このまま一見に勉強を教えて貰えない日々が続けば、合格なんて不可能だ。
この間の小テストの時も、後ろの一見が気になって集中出来なかった。このままだと、第一、第二どころか第三志望も危ないかも……。
「恋愛と勉強はっ……別!!」
例え当たって砕けようとも、さっさと解決しないとモヤモヤして集中出来ない。一見の好意を利用してる自覚はあるけど……こればっかりは譲れない。
勉強を、教えて貰わねば……!!
「頑張れ受験生〜!」
姉からの拍手とエールを受けながら、俺はやるぞ!! と気合いを入れた。