14.お前の騎士様
それから弐虎君は、ワントーン高い声と、語尾を伸ばすことをやめた。
笑いたくない時には笑わず、疲れた時は気にせず机に突っ伏すようになった。最初こそみんな驚いていたものの、元々声は綺麗だし、自然な表情が可愛いと、前以上にファンが増えた……と、実際に見てきた佐藤君から聞いた。
俺も、ファンの人と話しているところを見かけたことがある。
『そんなの弐虎ちゃんじゃない!!』
『僕のすべてを愛せない人は、僕もいらないよ』
無表情でハッキリ言い放っていた弐虎君が、格好良かった。離れて行った人もいるみたいだけど、新たなファンも増えたようだ。
弐虎君がそこまでお姫様気質なのは知らなかったけど、やっぱりその方が可愛いと思う。前より生き生きした弐虎君を見かける度に、嬉しくなった。
俺はまだ臆病で、本当の姿は壱村にしか見せられていない。それなのに、弐虎君は強い。その強さが格好良くて、可愛いと思った。
♢♢♢
俺と一見が廊下を歩いてると、一見を見つけた弐虎が向こうから足早に歩いてきた。
「先輩、こんにちは! 撫でてください!」
「よしよし。廊下も走らなくなって偉いよ」
一見が頭を撫でると、弐虎は嬉しそうに笑う。話には聞いてたけど、確かに元気な方が可愛いと俺も思う。
「俺と付き合ってください!」
「うーん、ごめん。俺、好きな子いるから」
「えっ……聞いてない……誰ですかっ? もしかして、壱村先輩っ?」
ざわっ、と周囲がざわめいて、一見は困ったように笑った。
「違うよ?」
「えっ、じゃあ」
「ごめんね。誰にも言えないんだ」
眉を下げて、そっと笑う。色気すら含むアンニュイな雰囲気に、誰もそれ以上は訊けなかった。
「っ……それでも好きですっ、諦めませんっ」
キッと表情を引き締めて一見を見上げる弐虎に、うず……と一見の口元が緩みかける。「ごめんね」と言って頭を撫でながら、かわいい……と口元が微かに動いていた。
次の日。佐藤が窓越しに廊下を見て、ウキウキした顔を俺に向けた。
「壱村、あれ、いいのか?」
「何が?」
「お前の騎士様、取られそうだけどっ」
「……別に、俺のじゃないし」
「どう見てもお前のだろ〜!」
「俺のじゃない」
「そんなツンツンしてると、ほんとに取られちゃうぞー?」
「うるさい」
机の下で佐藤の脚を蹴る。
「心配してんのに! ひどい!」
「……まあ、心配はありがとな」
ギャーギャー言う佐藤に返して、窓の外を眺めた。
弐虎、か……。
あれからも挑発的な視線を送ってくる今の弐虎は、かっこいい名前で、見た目も言動も可愛い。いかにも一見が好きそうだ。
……でも、一見は俺のこと好きって言ってたし……。
恋愛対象は女で、でも俺だけは特別だって言ってた。だから、弐虎を好きになるはずはない。
……でも、昨日の一見の口が、可愛いって言いたそうにしてた。今はただ可愛いだけでも、そのうち弐虎を好きだと思うようになるかもしれない。俺の時も、そうだったから……。
「一見。今日もお前の家、行っていい?」
授業が終わって声を掛けると、一見はパッと顔を上げたのに、何でかすぐに視線を逸らした。
「ごめん、今日はちょっと、委員会があって」
「そっか」
「うん。ごめん」
「何か隠してる?」
「え? そんな、ただ、申し訳ないなと思って」
慌てる一見をジッと見据える。嘘をついてるようには、……見える。見えるけど、いつもこんな感じだったような気もする。今日は見逃してやるか。
でも、その次の日も断られた。その次の日も。
こんなことが前にもあった。あったけど、前とは状況が違うんだよな……。理由を訊いて、俺が不安に思ってる言葉を返されたらと思うと、訊けなかった。
そうしてモヤモヤした気持ちのまま、休みに入ってしまった。