13.弐虎と二兎 side:一見
委員会後の図書室で、赤く染まる空をぼんやりと眺める。
壱村のことが好きで、新たな一面を知る度に嬉しくなった。過去のトラウマも忘れるくらいに、いつの間にか壱村で頭の中がいっぱいになっていた。
壱村さえいれば何もいらない。いっそ誰もいなくなって、二人だけの世界でいられたら……。
そう願ってしまうほどに、周りが見えなくなっていた。
でもあの日、壱村の言葉で冷静になれた。
同性が好きだなんて、全ての人が受け入れてくれるわけじゃない。過去の俺が誤解だと言っても、誰も聞いてはくれなかった。
壱村なら、そんなことにはならない。みんなに好かれてて明るくて、はっきりと物が言える彼なら大丈夫。そう信じられる気持ちと、もしも、という恐怖。
「壱村を傷付けるのは、怖いよ……」
たくさんの友人に囲まれて笑っている壱村が好きだ。真っ直ぐに前を向いている壱村が好き。太陽のような笑顔が好きで、その全てを守りたいと思う。
そのためには、この気持ちを諦めればいいだけのこと。……それでも、諦めるなんて出来そうもない。だから“好き”以外の返事を受け取れなかった。
壱村を誰にも渡したくない。
好きになって欲しい。
まだ出逢ってからそんなに時間は経っていないのに、俺はどんどん欲深くなっている。
「顔、か……」
武器になりそうなのはこの顔だけ。この顔を使ってどうにかならないだろうか。ぼんやりと外を見つめ、溜め息をついた。
……そこでガラリとドアが開いた。
「せんぱ~い」
「え、弐虎君? と、二兎君。どうしたの?」
「忘れ物しちゃって~」
にっこりと笑い、上目遣いに見上げてくる。
『顔は、好き』
ふと壱村の言葉を思い出す。
俺も、弐虎の顔は好きだ。でも、恋愛感情はない。ただ可愛いと思うだけ。
壱村が俺に抱く感情も、これと同じなんじゃないか? そう思うと、言いようのない寂しさが襲った。
「せんぱい、悩みごとですか~?」
「うん、ちょっとね」
心配、という顔をする弐虎の頭を撫でる。弐虎は人目も憚らずに想いを伝えてくれる。それを周りは自然と受け入れている。それはきっと、弐虎の演技力の賜物だ。
俺も上手く立ち回れる演技力を身に付ければ、壱村を傷付けることなくそばにいられるだろうか……。
「弐虎君って、いつからそういうキャラなの?」
「えっ?」
「……ごめん。今の、忘れて」
「せんぱい……?」
「暗くなる前に帰るんだよ?」
よしよしと頭を撫でて、慌てて図書室を出た。
「……鞄」
身軽だと思ったら、椅子の上に置いたままだ。最近の俺は本当に駄目だな……。
溜め息をついて図書室に戻ると、中から弐虎の焦った声が聞こえた。
「なんで? バレたことないのになんでっ」
「まだバレたとは限らないだろ」
「それはそうかもだけどっ……そういうキャラなの? って普通本人に訊く? 男同士って意識しないように可愛くしてるのに、素が出そうになっちゃったじゃん」
「素も可愛いぞ」
「お前に言われても意味ないの。一見先輩に可愛いって言われたいんだよ」
その声は、いつもよりワントーン低めで、少し早いさっぱりした話し方だった。
「演技してでも、可愛いって言われたいんだよ。先輩に好きになって貰いたい」
「弐虎……」
「弐虎って名前、本気でかっこいいって言ってくれたの、先輩だけだもん……」
「……そうだな」
「二兎もだよね」
二人の声が優しくなる。
「初めてだったよね。僕たちの名前を見た時に、逆じゃないかって顔しなかった人」
名前……委員会で初めて会った時のことかな……。名簿で弐虎君の名前を見て、かっこいい名前だな、と言った記憶がある。ニ兎君には、可愛いとそのまま伝えた。
「あの日恋に落ちて、それが僕の初恋だったんだけど……先輩は覚えてないだろうなー」
「あの人、わりとボーッとしてるからな」
「二兎には言われたくないと思う」
覚えてるよ、ちゃんと覚えてるって言いたいのに、ここまでタイミングを逃したら入れない……。
「壱村先輩のことは可愛いって言うのに……僕の方が可愛いのに、なんでだよ……」
「弐虎……」
「僕の方が可愛いのに!」
弐虎君の涙声を聞いて、思わず扉を開けてしまった。
「それが本当の弐虎君なんだね」
「え、あ……あの……」
弐虎君は顔色を変えて、俺から視線を逸らす。きっと今まで俺に見せないようにしてきた姿だ。俺が近付くと、二兎君が警戒した顔で俺を見た。
「弐虎君。その方が可愛いよ」
「…………え?」
「気が強くて一生懸命なところ、可愛いと思うよ」
「え……あ、あの、先輩?」
「うん。やっぱり素直な方が可愛い」
目をパチパチさせて混乱した顔をする弐虎の頭を、そっと撫でる。
「君が好きでしてることならいいんだけど……もしそうじゃないなら、いつか、誰の前でも本当の君でいられるようになるといいね」
今すぐには無理だと知っている。それは、俺も一緒だから。言えない言葉を呑み込んで、手を離した。
「二兎君も、驚かせてごめんね」
「え……はい」
二兎の頭もそっと撫でる。俺より少し小さいし、ぽやっとした自然体な表情が可愛い。と言ったら失礼かな?
無意識なのか頭に手を当てて、ポカーンとしている二人。やっぱり自然な方が可愛いな。
「じゃあ、またね」
鞄を持って外に出ると、二人はまだぼんやりと俺を見ていた。
「…………可愛い、って……」
「良かったな」
「うん……二兎も、ね」
「ああ。……いや、別に俺は……」
最後にそんな会話が聞こえて、やっぱり二人はそのままが可愛いなと思った。
でも、入るタイミングを逃して申し訳なかったな……。二人が懐いてくれる理由も驚いた。俺にとっては何気ない言葉だったのに、こんな俺でも二人を喜ばせることが出来たんだ……。
「……ごめん、弐虎君」
弐虎君の気持ちを聞いても、俺には壱村が世界一可愛くて、それだけはどうしても変えられない。きっと、一生無理だ。
昇降口を出て、空を見上げた。それだけで、屋上で壱村と見た空を思い出す。最近では何を見ても壱村のことを思い出してしまう。明日も会えるのに、もう会いたい。
「……俺って、ぼーっとしてるかな」
考えれば考えるほどに会いたくて、違うことに意識を向けた。のんびりした二兎にそう思われているなら、俺はかなりぼーっとしているのかもしれない。それだと、壱村を守れないんじゃないか?
うん、明日から気を付けよう。
気合いを入れ直したのに、また壱村のことを考え始めてしまった。