11.護衛騎士
「壱村、次移動教室だよ」
「ああ、……って、何してんの?」
「え? 教科書持ってる」
「……それ、俺のだけど」
それがどうしたの? みたいな顔で首を傾げないで欲しい。彼女の鞄を持つ彼氏か。
「壱村と一見って、付き合ってんの?」
移動教室の途中で、佐藤がそんなことを言い出した。
告白はされたけど、付き合うとは言ってない。結局昨日は体力の限界で、そのまま帰宅した。しっかりと一見の送迎付きで。
「そんなわけ……」
「俺が一方的に役に立ちたいって思ってるだけだよ。壱村のことが可愛くてね」
俺の言葉を遮って、一見は爽やかな笑顔でサラリと言う。周囲で女子の黄色い悲鳴が上がった。
……確かに、今の一見の顔は格好良かった。この天然ホストめ。
「一見、あのさ……」
人前でそういうの言っていいのか?
過去のトラウマはもう大丈夫なのか?
「大丈夫だよ。壱村には、勇気を貰ったから」
視線で訴える俺に、一見は清々しい顔で答えた。俺の分の教科書を持って、控えるように俺の斜め後ろを歩きながら。
「一見ってこんな面白い奴だったんだな。親しみが湧いた」
「お前の護衛騎士かよ〜っ」
しみじみと言う池谷と、吹き出して大笑いする佐藤。
「壱村姫に、ついに騎士まで現れっ……あーだめだ、おもしれー!」
「壱村。姫って?」
ヒーヒー言って笑う佐藤の横だと、キョトンとする一見がやたらと可愛く見える。
「一年の時の学園祭でさ、男女逆転の仮装カフェをやったんだよ。それで周りにすげー推されて、お姫様のドレス着て宣伝係したんだ」
「そうなんだ……見たかったな……」
「後で見せようか? スマホにまだ残ってると思うし」
「いいの?」
「別に隠してないしな」
可愛すぎてシャレにならん、って言われたりみんなを困惑させたのは楽しかったし、学園祭は祭りだからな。
「壱村は姫というより、暴れ馬だろ」
「わかるー! じゃじゃ馬姫!」
「二人ともさぁ……ってか、暴れ馬ってほどでもないだろ? こんなに落ち着いてるのに」
そう言うと、佐藤どころか池谷まで吹き出した。
「そんな壱村だから、守りたいと思うんだよ」
「一見もさぁ……」
高身長でイケメンの一見が言うと、本当に護衛騎士かと……いや、騎士と姫は、身分差恋愛じゃん?
なんか、一見って出逢った頃はこんなじゃなかったのにな。自信を持てたのはいいことだけど、前はオドオドして下を向いてて、俺が守らなければ! と思ってたのに……。
「一見せんぱ〜い!」
そこで突然弐虎が現れて、一見に飛びついた。
「「「弐虎ちゃん!」」」
廊下のあちこちから野太い歓声が上がる。
「一見君! 応援するよ!」
「壱村君とお幸せに!」
「私は弐虎ちゃんを応援する!」
女子たちの間では、なんか派閥が分かれた。
なにこのカオス……。
応援されても困るし、一見には悪いけど、そっと人混みに紛れて移動先の教室に向かう。身長が低いのにも使い道があった。
今の一見なら、自分で何とか出来るだろうし……。
でもやっぱり心配で、振り返ってから……目を疑った。
人だかりの隙間から、パチッと合った視線。一見じゃなく……弐虎が俺を見て、挑発するように笑った。
見間違いじゃない。視力は両目とも2.0だ。弐虎は確実に俺のことを敵だと認識している。
……って、待て、喧嘩売られても、別に俺は一見を狙っていない。
ふー、と息を吐いた。
確かにイラッとした。売られた喧嘩は大抵買い取ってしまう俺でも、今はそれがまずいことは分かる。
ここで弐虎に言い返せば、「弐虎ちゃんに嫉妬して苛めた!」とか「一見君を取り合う泥沼三角関係!」とか根も葉もない噂が生まれてしまう気がする。
「一見、生きろ……」
もみくちゃにされても頭ひとつ飛び出た一見にエールを送って、俺はそっと教室に入った。
フラグはへし折った。
……はずなのに。
その日から、弐虎→一見→俺の三角関係という噂が、学校中に広がってしまった……。