10.今、何かおかしかった
落ち着いた一見に麦茶を渡されて、一気に飲み干す。締め付けのあとに頭や背中を愛犬のように撫で回されて、更には頬擦りまでされて、やめろー!! と叫びすぎて喉がカラカラだ。
息を吐くと、一見は不安そうに俺の顔を覗き込んだ。
「弐虎君のことだけど……壱村こそ、好きじゃないの?」
「は? なんで?」
「だって、可愛い子が好きって」
「言っ………………たな。でも悪いけど、俺が欲しいのは彼女なんだわ」
いくら可愛くても、やっぱり男じゃなくて女の子がいい。
「一見こそ、ああいう小さいの好きだろ?」
「懐いてくれるのは嬉しいし、可愛いと思うけど、可愛い自分を作って武器にしてる子はあまり……」
そう言って申し訳なさそうな顔をする。
「なんか、色々面倒臭いなお前」
「そういう素直なところが可愛いよ」
「やっぱちょっと分かんないわ」
一見の“可愛い”の基準は、相変わらず謎だ。
「ってか、俺も女装した時、可愛さを武器にしてるけど」
「壱村は可愛いから」
「理由になってなくない?」
「壱村は、本気で男を落として自分のものにしようとか考えてないだろう?」
「それは、まあ。男落としても使い道ないし」
恋愛対象は女の子だし、たとえば使い勝手のいい財布にするにしても、見返りを求められるのは面倒臭い。そもそも人の気持ちを弄ぶのは俺の主義に反する。
「そういう壱村だから、好きなんだ」
「へぇ……?」
爽やかな笑顔で言われても、やっぱりちょっと良く分からない。
「まあ、お前も恋愛対象は女だしな。あいつに本気で好かれても応えらんないか」
「うん。恋愛対象は女の子だけど、壱村のことが好きだよ」
「そっか、………………ん?」
今、何かおかしかった。
「男は恋愛対象じゃないけど、壱村は特別。好きだよ」
そっと目を細めて見つめてくる。それはもう、甘い甘い顔で。
「………………もしかして俺、今、告白されてる?」
「うん」
「付き合って欲しいとか言われてる……?」
「うん」
「なんで……?」
「好きだから。キスしたいし、その先もしたい」
それには友人のままじゃ駄目だろう? と視線が告げてくる。
「…………錯覚」
「じゃないよ。錯覚で男相手にキスしたいとか思わないだろう?」
「それは、まあ」
俺も男とキスしたいとか思わないし。でも、今までそんな素振り見せなかったのに、なんで……?
「壱村が可愛い女の子が好きって言った時、俺じゃ絶対に駄目だって言われたようで、悲しかったんだ。俺は女の子にはなれないから……それでも俺は、壱村のことが好きで……だからせめて、壱村が誰かを好きになる前に、伝えようと思ったんだ」
だから、伝えるなら今だと思った。一見はそう言って泣きそうな顔で俺を見つめた。
「壱村なら、俺を気持ち悪いって言わないの、信じてるよ……」
俺の頬を包み込む、少しひんやりした手のひら。
真剣な告白……の、はずなんだけど……。
「お前……さては、確信犯だな……?」
「なんのこと……?」
「俺の良心に訴えかけて、頷かせようって魂胆だな?」
「そういうことか。否定はしないけど」
「しろよっ……」
思わず頭を抱えた。
一見の気持ちに嘘がないのは分かる。真剣なのも分かる。でも、言葉の選び方に、その端々に、罪悪感を刺激する意図が見え隠れしていた。
それに一見は、本当に悲しかったり緊張すること言う時は、こんなに真っ直ぐ俺の目を見ないし。
「好きな子相手に、手段なんて選んでいられないだろう?」
「選ばないのは自由だけどさ、せめて隠せよ……その腹黒さ見せてどうすんだよ……」
「壱村には嘘をつきたくなくて」
「俺のこと信頼しすぎだろ……」
「全部受け止めてくれるって、信じてるよ」
「あーもう、そういうとこな……」
こんなにキラキラした笑顔、初めて見たよ……。
「好きになるのは後からでいいから、俺と付き合って?」
「お前、むちゃくちゃ言ってんの分かってる?」
「うん。でも、先に既成事実を作ろうかと」
「だから、少しは本音隠せよ」
「かわいい」
「話聞いてる?」
「好きだよ」
「話聞け」
と言っても今日の一見は暴走が止まらず、抵抗虚しく、また抱き締められてしまったのだった……。
「またお揃いのもの、プレゼントしていい?」
「いいけど……お前、手加減ってものを……」
ゼーハーしながら答えているというのに、一見はそれはまあ輝く笑顔で、嬉しそうに笑った。