9.ライバル出現?
それから数日。一見に男友達が出来たおかげで女子ばかりに囲まれることも少なくなり、穏やかな日々が続いていた。
よくつるむ友達と四人で廊下を歩いても、遠巻きに「一見くんかっこいい」と囁かれるだけ。平和だ。俺が女子たちに睨まれることも少なくなった。
その時、前からパタパタと走ってくる人物がいた。
「一見せんぱ~い!」
「わっ……弐虎君か。どうしたの? 廊下を走ったら駄目だよ?」
「あっ、ごめんなさい。せんぱい見かけて、お話ししたくて来ちゃいました~」
突然一見に抱きついたのは、俺よりも小さくて細い男子生徒だった。くりくりの大きな目と、蜂蜜みたいな色のふわふわの髪。一瞬、女子かと思った……。
「ありがとう。でも、ごめんね。今から移動教室だから」
「そうなんですか……」
「また明日ね?」
「はい!」
しょんぼりする弐虎の頭を撫でて、一見は優しく声を掛けた。手を振って見送る弐虎に、手を振り返している。
「誰?」
「同じ委員会の一年生だよ」
「委員……あ、夏休み前までの期間限定の」
「そう、その図書委員会」
前に一見が俺から逃げ回ってた時に、よく図書室に隠れていたらしく、そこで図書委員を受け持つ先生と意気投合したと言っていた。それで、夏休み前まででいいから手伝って欲しいと頼まれたそうだ。
その図書委員会の一年生が、さっきの弐虎らしい。
「仲いいんだな」
「うん。どうして懐いてくれてるか分からないんだけど」
何もしてないのに、と一見は苦笑する。
「……俺いなくてももう大丈夫じゃん」
「え?」
身長差のせいで聞き取れなかったのか、一見は、もう一回言ってくれる? と言って身を屈めた。
「弐虎ちゃんから声かけてくるとか、さすが一見!」
一緒にいた佐藤が、一見の肩を叩いた。
「弐虎ちゃん? 弐虎君は男だけど……」
「女子より可愛い弐虎ちゃん、三年の間でも有名だぜ?」
「そうなんだ?」
「番犬付いてるから、迂闊に声かけれないけど」
「番犬?」
「ほら、弐虎ちゃんの後ろにいた背の高い奴だよ!」
確かにいたなと思い出す。一見と同じくらいの身長で、がっちりした体格だった。
「弐虎ちゃんに抱きつかれるとか、周りの男どもがすごい目してたわ」
「えっ?」
「一見、ただでさえ女子にモテて男の敵なんだから、気をつけろよ〜?」
「ええっ……そんなの聞いてない……」
「モテる男はつらいな!」
佐藤にからかわれて、一見は顔を青くする。
「男の敵って……その中に、壱村の友達がいるかもしれないってことじゃ……」
深刻な顔して何かと思えば、俺の友達が一見を嫌うことを心配してる?
……多分、人のいい一見のことだし、俺がその友達とギクシャクするのを心配してるんだろうな。自意識過剰っぽいけど、一見ってやっぱ俺のことばっかじゃん。
「で、壱村は女の敵だけどな! 一見君を独り占めしてずるい〜!」
「壱村に念願の彼女が出来るのも、夢のまた夢か」
「受験生だから、今年はもういいんだって」
女子の声真似をする佐藤の隣で、池谷が不憫そうに俺を見た。でも、俺たちは受験生。彼女は大学で作るから、いいんだよ……。
「よーし、受験終わったら、俺らと野郎だらけの卒業旅行しようぜ!」
「それはいいけど、お前が受かったらな?」
「うっ……傷を抉るな池谷よ……」
「そういえば、この前の模試の結果は散々だったな」
「もうやめてくれー!」
更に傷を抉られる佐藤の背中を、頑張れよ? と笑いながら叩いた。
そんなやり取りを、一見は俯きがちに見ていた。どうした? と声を掛けたらまた深刻な顔をして。
「壱村、ごめん……俺がいるから、女の子に……」
「気にすんなって。大学入ったら、めちゃくちゃ可愛い彼女作るからさ」
「可愛い子……が、好きなの……?」
「え? そうだけど……? 俺が守らないと駄目だなって思える子が好きっていうか」
「お姉さんと同じこと言ってる」
「同じじゃないからな? 姉貴はドSだけど、俺は違うし」
そう反論したところで予鈴が鳴って、俺たちは慌てて教室に入った。そのまま話題は流れて、授業後も出ることはなかったけど……一見は、帰る時までずっと深刻な顔をしていた。
今日も勉強を教えて貰うために、放課後に一見のマンションに向かった。昇降口を出たところで一見はまた弐虎に突撃されたけど、用事があるからごめんね、と頭を撫でて断っていた。
一見は女だけでなく、男にもモテ始めてしまった。弐虎が現れたことで、同じような男が現れる予感がする。それに対抗して、女の子たちもまた一見を囲み出しそうな予感。
って、受験生だってば……。
そんな余裕あるか? と溜め息が出る。
一方の俺は、まあモテない。
小学校、中学校で告白した女子には、「私より可愛いからちょっと」と断られて、付き合えた子には「私がぶさいくに見えるからもう一緒に歩きたくない」と言われてフラれてしまった。
高校生になって、俺も少しは男らしくなったのか、二年生の半ばに告白された。でもたった一週間で、バスケ部のエースと浮気されてフラれてしまった。
弐虎のように男にモテるかといったら……性格がこれなので、喋った途端に九割は離れていく。でも、コアな層にはモテるのだ。同年代よりも、卒業した先輩や道行くおじさんにモテる。とても困る。
……俺は、男にモテて、女に妬まれる。
一見は、男に妬まれて、女にモテる。
同じ男なのにこうも違うとは。さすがに悲しくなってきた。
飲み物とお菓子を用意しに行った一見を待っていると、ベッドに座る大きな熊のぬいぐるみが、斜めになっていることに気付いた。几帳面な一見にしては珍しい。
「あれ?」
真っ直ぐに立てながら、熊の首に巻かれたリボンに、小さな熊が付いているのを見つけた。あの日、俺が貰ったものと同じストラップだ。
「あっ……」
そこで戻ってきた一見が、しまった、という声を出した。
「えっと、それ、……ごめん。あの日が本当に楽しかったから、思い出になるものを、買いたくて……」
しどろもどろになりながら、訊いてもないのに理由を教えてくれる。
「お揃いにして……ごめん……」
「なんで謝んの? いいじゃん、お揃い」
「気持ち悪い、とか……」
「思うわけないって、知ってるだろ?」
一見の性格を知った今では、むしろ可愛く思える。
「……抱き締めていい?」
「……駄目」
「え?」
仕方ない、と言おうとしたはずなのに、口から出たのは拒否の言葉だった。
ポカンとする一見と、あれ? と思う俺。急にモヤモヤしたものが胸に広がったんだけど、どうしてだっけ?
「……一見には、あいつがいるじゃん」
「あいつ?」
「俺より小さくて、可愛いし」
弐虎は、俺よりも小さくて細かった。ふわふわした笑顔で人懐っこくて、女子よりも可愛いって噂されるのも分かる。一見が好きな“かっこいいいはずのものが可愛い”の最上級だと思う。
俺がいればいいとか言ったり手加減なしに抱き締めてたくせに、弐虎のこと会う度に撫でてたし。誰でもいいんじゃないかと思うと、何となく面白くない。
「壱村、嫉妬してるの?」
「は……?」
「かわいい」
「はあ? 違うし」
嫉妬じゃなくてただムカついただけ。そう言っても、一見はますますうずうずした顔をする。
「違うから、落ち着け、落ち着けよ?」
「っ……駄目だっ、かわいいっ」
「ちょっ、まてまて……!!」
制止する声も虚しく……俺はここ最近で一番の、大蛇の締め付け攻撃を受ける羽目になってしまった……。