プロローグ
「壱村と一見って、付き合ってんの?」
移動教室の途中で、佐藤がそんなことを言い出した。
「そんなわけ……」
「俺が一方的に役に立ちたいって思ってるだけだよ。壱村のことが可愛くてね」
俺の言葉を遮って、一見は爽やかな笑顔でサラリと言う。周囲で女子の黄色い悲鳴が上がった。
……確かに、今の一見の顔は格好良かった。この天然ホストめ。
「一見、あのさ……」
人前でそういうの言っていいのか?
過去のトラウマはもう大丈夫なのか?
「大丈夫だよ。壱村には、勇気を貰ったから」
視線で訴える俺に、一見は清々しい顔で答えた。俺の分の教科書を持って、控えるように俺の斜め後ろを歩きながら。
「一見ってこんな面白い奴だったんだな。親しみが湧いた」
「お前の護衛騎士かよ〜っ」
しみじみと言う池谷と、吹き出して大笑いする佐藤。
「壱村姫に、ついに騎士まで現れっ……あーだめだ、おもしれー!」
佐藤はヒーヒー言って笑う。
「壱村は姫というより、暴れ馬だろ」
「わかるー! じゃじゃ馬姫!」
「二人ともさぁ……ってか、暴れ馬ってほどでもないだろ? こんなに落ち着いてるのに」
そうと言うと、また二人は笑った。
「そんな壱村だから、守りたいと思うんだよ」
「一見もさぁ……」
高身長でイケメンの一見が言うと、本当に護衛騎士かと……いや、騎士と姫は身分差恋愛じゃん?
一見は、出逢った頃はこんな奴じゃなかった。自信を持てたのはいいことだけど、前はオドオドして下を向いてて、俺が守らなければ! と思ってたのに……。
そんな一見との出逢いは、たった数ヶ月前。
高校三年の始業式だった。
◇◇◇
式が終わった俺は、入口に貼られた座席表を見て上機嫌に教室へ入った。
廊下側の一番後ろだ。欲を言えば窓側が理想だけど、この席もなかなか。気を抜いても先生からあまり気付かれないからな。それに、前の席には背の高い……。
(黒板、見えないな……?)
座ったまま背伸びをしてみた。うん。寝ててもバレなくてラッキー! というレベルじゃない。さすがに三年生だし、授業はしっかり受けないとまずい。一番後ろを明け渡すのは残念だけど。
「えっと、一見? だっけ……ごめん。出来たら席、替わって欲しいんだけど」
声を掛けると、一見は振り返ってすぐに頷いた。その瞬間、長い前髪が揺れて、一見の顔が晒される。
(うわ、すごいイケメン……)
サラリとした黒髪。白い肌。綺麗なアーモンド型の目。芸能人……というより、ホストっぽい。いや、何となくだけど。クールで夜の街が似合いそうな顔をしてる。長い前髪で顔があまり見えないのがすごく勿体ない。
立ち上がるとますます身長差を実感した。俺は一六〇センチだから、一見は多分、一八五センチとかそのくらいだろう。手脚も長く、体格もしっかりしている。
この学校は紺のブレザーに白シャツ、緑のネクタイだ。多分学ランだと一見は似合わなかっただろうなと思う。
(俺も、違う意味で学ランが似合わないけど)
癖のある赤っぽい黒髪と、男にしては大きな目。少し離れて見れば完全にアイドルグループにいそうな美少女、と姉や友人から言われていた。
(高三だし、俺はこれから伸びる予定)
きっと一見くらいになるし。一見よりは、ちょっと低いかもだけど。
じっと見上げると、一見は驚いた顔をした。
「ん? 一見、俺の顔、なんかついてる?」
「あ、いや……」
「気になるんだけど」
「うん、えっと……俺、今年から転校してきたんだ」
答えになってない。でも一見は、見た目よりゆったりとした話し方をするんだな。
「やっぱ転校生か。こんなイケメン見たことないなって思ってたんだ」
「イケメン……」
「あれ? 自覚なし?」
「真正面から言われたことはなくて……」
「そっか。一見ってクールそうに見えるし、近付きにくかったのかも? ……って、ごめん。デリカシーなかったか」
もしかしたら一見は、気にしているかもしれない。謝ると、一見はまた驚いた顔をしてから、そっと目を細めた。
「そんな風にはっきり言ってくれる人、俺は好きだよ」
嬉しそうに言う。それだけで、男相手だというのにドキッとしてしまった。
(イケメンは罪)
でも、馬鹿にしたりからかってこない高身長は敵じゃない。むしろ一見には好感が持てた。
「俺は壱村。これからよろしくな」
「うん。よろしく」
笑顔で挨拶したら一見はまた目を見開いたけど、すぐに嬉しそうに目を細めた。
さっきからよく驚くけど、なんで?
そう問い掛けようとしたらホームルームが始まって、会話はそこで終わった。