第8話「天の音に響かせ続け! 第二次試験!」
※ 改行3つ
→ 『軽い』場面スキップ (数分後 他視点への切り替え)
※ ◆
→ 場面スキップ (数時間後 場面切り替え)
天井に突き刺さるようにめり込む消しゴム。落ちてくる事のないそれは、受験者たちの脳内に体育館の天井に永遠と放置された幾つものボールを思い出させる。———ボトッ…。
「あっ、落ちた」
音がしてから消しゴムが落ちるまでの時間、およそ三秒そこらの出来事だったのだろう。しかしその一部始終を見た者たちにとっては、感覚その数倍の時間を感じさせた事だろう。
———それはストログも例外ではなく。
消しゴムが落下し床に転がる。———カリカリ、カリカリカリ———
それは、ペンのカリカリ音———何事か、再び大講義室にはこのなんとも言えぬやかましい音響が響き始める。カリカリ音は徐々に徐々に増えていき、数十秒後には受験者の皆が奏で始め、その光景にストログは驚愕する。
順々と書き始めていく受験者たちにカンニングしている様子はなく、ただ解答用紙に向き合い、答えを書いているのだ。
しかし、そんな訳はない。ただ直向きに向き合っていればいきなり答えが閃くようなものではないことを、この試験を作った張本人であるストログは知っている。
先ほどの数秒に、現状たらしめる全てが為されたことを、ストログは勘づいていた。
故に、この真相を探るべく、彼は紙を懐にしまって立ち上がる。
ここからは「試験官ストログ」の推理タイムだ。
———これではまるで、試験開始直後の時と同じではないか…———っ! 私があの消しゴムで受験者たちから目を離してしまった隙に、再びリプレイプロジェクターを使用したのか? もし使用しているならば、彼らの方に近づけば景色は現在のものに変わるはず———
ストログは受験者たちの方へと近づく、一歩、また一歩と。
「———っ…変わらない。何もしていないのか。ならばなぜ…?」
席には受験者三十名が揃っている。
誰も席から離れないでどうやって! 間違いなく彼らは今、正答を書いている! しかし彼らのあの目! あれは———自信があって答えを書く、百点目指して勉強してきた学生のようなものではない!
言うなれば、夏休みの宿題を答えを見ながら埋めていく、作業と化した虚無の感情をした目! 間違いなく何かをしている!
ふっ…私ももう甘い試験官としてではなく、厳しい試験官になるしかないようだな…! ———ここからは、私も本気だ!
ストログは暇すぎるあまり探偵ごっこに拍車をかけたか、思考を巡らせて突然答えを埋めれるようになった要因を今一度まとめていくことにする。
まずことの発端は「ヘブンイレイサー(※天井に消しゴムめり込みの件)」からだ。あれを引き起こしたのは受験者名簿から耀偽を見るに間違いなくカムイ。
しかし彼女が何か不正しているようには見えん。机にも問題用紙と解答用紙だけ。椅子の下、となりのマガツ、何もないか…席に消しゴムがない。ヘブンイレイサーはやはり彼女で間違いないだろう…。
ストログはカムイの机にヘブンイレイサーの消しゴムをそっと置くと、さらに周りを見渡す。
これはまた別の件だ。今は何より彼らが正答を書けているトリックを探したい…んっ!?。
ストログは目の当たりにする。———影雷が机に潜り込む、その決定的瞬間を。
「———忍びの少年! 何をしているッ!?」
空気が張り詰める。カリカリとしたペンの音がピタッと止み、それはストログを確信させる。こいつが何かをしていたな、と。
「い、いや〜、また消しゴム落としちゃって…」
「次落としたら私を呼べと言ったはずだが?」
「す、すみません…」
ストログは影雷に注意するも、それは影雷を少しも動かさないようにするため。
目を離さず足を急がせ近づくと、忍びの席を隅々まで探る。受験者らは冷や汗を流し、空気はさらに張り詰める。
探る、念入りに探る。漏れがないよう念入りに。
———しかし、何も不正したようなものは見当たらなかった。
なぜだッ!? この忍びの少年を探る際の受験者たちの焦り、緊張感、張り詰めた空気。あれは本物だった。確実に忍者少年が何かをしていた。でなければここまで正答を書けるはずが———ッ!?
———ストログは見つけた。見つけてしまう。気づいてしまう。確信させてしまう。この状況で最も不自然なものを見つけたことで。
「———君の解答用紙だけ……白紙だな…」
大講義室はもはや無酸素状態となる。白紙なだけの解答用紙。これが最もたる不自然。
「知らぬうちに君以外の受験者はあらかた解答用紙を正答で埋めたようだ。君以外は、な…なぜ君だけ———まるっきり逆の、白紙の解答用紙なんだぁッ?」
バンッ、とその解答用紙を影雷に突きつける。
これは影雷が何かしらの方法で正答を受験者全員に知らせた状況証拠。受験者全員に模範解答用紙を渡し終え、いざ自分も答えを写すぞ、と戻ったタイミングで運悪く自分に見られてしまったものなのだと、ストログを確信させるものだった。
「これは皆が不正行為をした可能性があるな。もはやこの場の全員失格にするしか———」
「おいおい…ストログさん、判断が早いんじゃあねぇか?」
「……どういうことだ? 君の解答用紙だけが白紙なんだ。これほど不自然なことがあるか?」
首を傾げてなぜかと問うストログ。彼にとってはこれ以上ないほど疑う根拠なのだ。
影雷はどう切り抜けるのか、マガツたち受験者は彼らの会話に全神経を研ぎ澄まして聞き耳を立てる。
「そこだよ、ストログさん。不自然なだけ。俺だけ答えが何一つわからなかっただけのな…それがどうした? どこがこの白紙なだけの解答用紙に、全員が関わる不正行為の根拠があるってんだ? 俺はタイミング悪く消しゴムを拾ってるのを見られただけ。そりゃアンタを呼ばなかったのは不正を疑われても仕方ないが、どこにこの場全員を失格にできるほどの力が、この白紙にあるんだ?」
影雷の言葉にストログは納得することのできない様子を見せる。
しかし、実際のところ明確に証拠になるものでもない。十中八九影雷が何かを仕掛けていた疑惑をもたらすだけ。
影雷はストログ自身が確固たる証拠ではないものでここまで問い詰めているということへ反論したのだ。ストログはそれを認めざる終えない。
「……確かにな。確かにその通りだ。なんの証拠にもならん。うむ、きっと本当に君だけが皆と違い正答をひらめくことが出来ず、さらには運悪く消しゴムを拾ったタイミングで偶然私が目を向けてしまったのだろうな。すまない、私のせいで大事な試験時間を削ってしまった」
「ふぅ…わかってくれたんだな! 良かった良かった。それなら教卓へ戻ってみんなを監視し———」
「あぁ。そうだな。誰も不正行為はしていないようだし、終わっていないのは君だけのようだ。ならば…もう一度君に濡れ衣を着せぬよう、私は残る全ての試験時間———君のそばでしっかりと試験官の役目を果たそう」
「…なッ!?」
———影雷、最大の窮地。
俺は前方の席から何か出来ることはないかと考える。このままではストログは影雷を監視し続け、試験が終わるまで目を離さないだろう。そうなれば模範解答用紙を見る隙がないままタイムアップ。影雷のみ不合格となる。
そしてもし、影雷が無理矢理にでも模範解答用紙を見ようものなら、再び皆が疑われる。
実際、ストログが言っていたことは正しかった。影雷のおかげで皆正答を埋められた。受験者たちは影雷へ恩があるのだ。
皆が何か出来ることはないかと、ほんの少し身動きを取ろうとしたその時———
「———お前たち、動くなッ!」
今までで一番の怒鳴り声が大講義室の空間を響かせ揺らす。皆ビクッ、としたまま動きを止める。直感で理解する。今のストログにはどんなに些細なことであっても見逃すことはないことを。
「今から忍者少年が試験を終えるまで、少しでも動いた者はその瞬間に不正行為の疑いで失格とする。これは皆が不正行為をしていないことを証明することにもつながる。理解してくれ」
ストログの気持ちは今こうだ———今まで甘く見ていた分、最後は厳しくさせてもらうぞ受験者たち。そして忍者少年、君は本当に運が悪かった。きっと君はこの試験の時間、一番に皆のために動き、努めたのだろう。しかし、私は君が机に潜るのを見てしまった。最後の最後に悪いが、試験官としてどんな不正も見逃さんぞ!
もうどんな不正も逃さないよう、ストログは影雷を注意深く監視する。指の動き、目線、表情、空気の揺らぎ、何をしても、この大講義室の出来事はストログに筒抜けになるだろう。撃つ手はない。ここから不正する手は、もう無い。
———。———。———。———カリ、カリ。———カリ、カリ。———カリカリ、カリカリ。
鉛筆で書く音。鉛筆で解答用紙へ答えを書く音。そのカリカリ音はまさしく、鉛筆で文字を書く音。それが、微かに響く。
「———っ!? な…ぜ…」
カリカリカリ、カリカリカリ。カリカリカリカリ、カリカリカリカリ。
———加速する。文字が解答用紙に埋まる速度が———加速する。
「な、なぜ! なぜ、なぜなぜ、なぜなぜなぜ…なぜぇッ! なぜこの忍者少年は解答用紙に正答を書き始めることができているんだぁぁぁぁ!?」
そのカリカリ音の奏者、なんと影雷の単独演奏。
ストログは影雷を四方八方から見渡し探る。そして大講義室全体も、しかし———
「何も不正している様子がないだとぉぉぉ!? 他の受験者らが何かをしている素振りもない。それどころかなんで書けてんだ? って顔をしている!? 天井も、壁も、床も、不正など、どこにも無いッ! 忍者少年! まさか、本当にただ、答えを閃いたとでも言うのかぁぁぁぁ!」
大講義室にはストログの叫びと、影雷が解答用紙に答えを書くペンの———
カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ———!
影雷がペンを置くと、数秒間の静寂が大講義室の空間を覆う。ハッ、とストログは影雷の解答用紙を見る。
「……満点だ。まさか本当に…どうやって…」
「言ったでしょ? 不正行為はしてなくて、ただ消しゴム拾ってただけだって」
ストログは影雷のその言葉を聞いて、フッと笑いをこぼす。
「これで皆、解答用紙を埋め切ったようだな、もう動いて問題ない。———君たちは、自由だ」
大講義室の張り詰めた空気は解放され皆が一斉に———
「いっっっやったぞぉぉ!」
受験者たちは喜び、それを皆で分かち合う…という瞬間に———
「———ちょっと待ったぁぁぁぁ!」
聞き覚えのない声が大講義室に響く。ニヤリと不気味な笑顔、何かを企む顔で立ち上がる。
なんということだろうか、まだこの第二次試験が幕を閉じるには早いようだ。
——おまけパート——
マガツ
「そういえば、こんだけデカい防衛都市って誰がどれくらいの年月で建てたんだろ?」
影雷
「確かにな〜。贖罪騎士団が言うて三、四年前に設立だろ? でもってそれくらい前から防衛都市の存在は知れ渡ってたし…ってことは——」
マガツ
「ま、まさか…な。こういう事こそツクシさんに質問だ! 行くぞ影雷!」
影雷
「オー!」
ツクシ
「——ビザル・シェンって言う、凄腕建築士が建ててくれたんだよ」
マガツ・影雷
「え、一人でこの都市を…ビザル・シェンすげぇー…」
ツクシ
「ね…しかも、完成まで一週間足らずだって」
マガツ・影雷
「ビザル・シェンすげえぇぇ!!」
ツクシ
「何なら都市外のあの山とかもビザル・シェンが——」
マガツ・影雷
「ビザル・シェンすげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
——終わり——
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