キタキツネ先生がカケスだった頃の話⓷
キタキツネ先生がカケスだった頃の話③
「ホウホケチョ」
魂のこもった鳴き声が湖に響き渡った。
もう一度
「ホウホウケチョ、ホケチョケチョケチョホケチョケチョ……」
見事な谷渡りだった。ウグイスは小さな身体に残っていた生命のすべてを声に託して蒼くぐったりと横たわった。
大蛇はピタリと暴挙を止めた。そしてウグイスを介抱しているシマフクロウを護るように大きくとぐろを巻き、周囲の様子を伺う。波に呑まれたキタキツネの姿はない。大量の飛沫を浴びたカケスも息絶え絶えだ。
湖に静寂が戻った。
カケスはふと目覚めた。またもや柏の樹の洞の中だ。夢だったのかと辺りを見回すと、やはり夢だったのかもしれない。足元には一輪の花もなく、湖などどこにも見えない。ただ、大きな生き物が這ったような跡が、……そう、大蛇の這ったような跡が、シッカリ山の頂上から樹の洞の前でUターンして再びシッカリ山の頂上へ向かっている。
「夢ではなかった……? さっきの湖はシッカリ山の頂上だったのか」
カケスが口にしたその時だ。
呆然と立ち尽くすカケスに喝を入れるかのように、轟音と共にシッカリ山の頂上付近からモクモクと噴煙が上がり始めた。赤い火花があちこちに飛び散り、頂上の縁が決壊したかと思うと溶岩混じりの湖水が勢いよく流れ出て、みるみる地面を削り取っていく。きっと地球創生はこうだったのかもと思いつつ、遠目にシマフクロウやウグイス、キタキツネを案じた。何より百花繚乱の高山植物たちを。地球はこうして新陳代謝しているのだ。何かが息絶え、それを糧に何かが生まれる。
容赦のない溶岩流は、山の斜面を削り垂直の崖を創り、やがて巨大な滝となった。滝の飛沫は上へ上へと昇り、山の頂を覆い隠した。もう頂上をみることはできない。鳥も垂直の崖を一気に登るのは難しいだろう。
シッカリ山のあまりの変貌ぶりを受け入れられないカケスは、一連の出来事すべてが夢のように思えてきた。
大蛇がここまで送り届けてくれたのか?
ウグイスさんは?シマフクロウさんは?キタキツネは?
何ひとつ咀嚼できぬまま、カケスはまた深い眠りに就いた。