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ホケチョのいきさつ~青蛇とミサゴとぷるさあ丸

ホケチョのいきさつ~青蛇とミサゴとぷるさあ丸




「四年前にこの島で消息を絶った父と母を、捜しに来ました。そして不老不死の泉について知りたくて、ヘヴン島から今朝、泳いで来たのです」




「ヘヴン島から泳いでじゃと!」




「あの海をか……」




ベンケェとカケス男は、まずお互いの顔を見合わせ、そしてホケチョをしげしげと眺め回した。




「びっくりじゃ。わずか六キロ隣りの島からとはいえ、他所から近づこうとすればするほど荒れ狂うあの海峡を泳いできたとは。ワシ等はこれまで何隻もの船が近づこうとしては波に飲みこまれていったのを見てきた。その船の残骸や乗員の衣服が流れ着くことはあっても中身の人間が流れ着いたことはない。おそらくシャチに喰われたか、あるいは巨大な青蛇に呑まれたかしたんじゃろう。まれに海が凪いだときには、巨大な青蛇が現れて全力でオシリ島への上陸を阻止する。おどろおどろしく猛り狂ってナンビトたりともオシリ島に近づかさんと全力で妨害するはず……」




「ベンケェはん、青蛇はイケメンに弱いねんな」




ベンケェとカケス男はまじまじとホケチョを見つめた。




「そうじゃった! 合点がいった。しかし行方不明ったって、大して広くもない島のことだ。誰か来ればすぐにわかるはずじゃが……ちと記憶にないのう」








「ミサゴに乗って飛び立っていったのです」




「ミサゴに乗って?なんや両親はミサゴ使いか?鳥か?」




「鳥?いえいえ鳥は好きですけど、でも鳥ではないし、ミサゴ使いでもありません。ミサゴというのは飛行機の名前なのです。何でもトラブルの多い飛行機という意味らしいです。父に仕事を依頼したカマクラ氏という方が仰ってました」




「ふうん、トラブルの多い飛行機ねぇ。オイ、カケス男、飛行機って何や?」




「飛行機ゆうんは、う~んそやな鳥ですわ。大きな大きな信じられんくらい大きな鳥。大きゅうて大きゅうてかなわんから、飛ぶ音ももの凄いらしいで」




「おお、そんな大きな音のするものすごく大きな鳥なら確か見た記憶があるぞ。そうじゃ、お前と出遭う少し前の頃じゃから、やはり四年前になるのう。はるか高いところを、シッカリ山の頂上を覆うあの雲の中へと、吸い込まれるように消えていきおった」




「きっとそれだと思います。父は、病床に臥していた母を連れて、シッカリ山の頂上へと向かったのです。不老不死の泉を求めて」








「シッカリ山の頂上へ……不老不死の泉を求めてかぁ」








ベンケェとカケス男は、彼方の崖に斜めに立つ柏のシルエットを見遣った。空が少し白んできたことと新鮮な驚きによって酔いが醒めつつあるカケス男の目にもうすぼんやりとシルエットが浮かぶ。その崖はほぼ垂直にそびえるシッカリ山の左辺を為し、柏の木の上から先は万年雲に覆われている。誰にも頂上を見ることはできない。




ずい分と昔からこの島に棲んでいるベンケェでさえ畏怖の念を抱いてきた。シッカリ山から断崖絶壁を流れ落ちる滝の袂にささやかな収穫物を奉げ、崇め奉ってきた。登るなど考えたこともなく登ってはいけない山だと思っていた。








「何でおぬしが不老不死の泉のことを知っとるんじゃ?」








「そもそも祖父母の幼馴染であるカマクラ氏という方が、およそ半世紀ぶりにぷるさあ丸という船で、ヘヴン島を訪ねてきたのが始まりでした」








ホケチョの話によると、カマクラ氏とはオシリ島にルーツを持つ一族の末裔とのことだ。したがってオシリ島のことはもちろん、シッカリ山の頂上に不老不死の泉があることまで知っている。ホケチョの父に、莫大な報酬とその後の生活の全てを保障するから、メリケンから貰った”トラブルの多い飛行機”という鳥で、不老不死の泉は今なお健在かどうか調査に行ってくれと頼んだらしい。ホケチョの父“ホウ”は、航空写真や遊覧飛行を生業とする腕のいいパイロットで、病弱な嫁さん、つまりホケチョの母親のこともあって二つ返事で飛び立った。




あらゆる傷病がたちどころに消え、そればかりか永遠の命を授かるという不老不死の泉を求めて。








ところがトラブルの多い飛行機のせいか、はたまたシッカリ山の魔力のせいか、ホケチョの両親はそれっきりになってしまったのだ。




「カケス男よ、オヌシは何か知らんか?飛行機ゆうんを知っとるぐらいじゃ」




「ワイの記憶はベンケェはんと逢うてからの記憶だけやねん。あの崖の下、シッカリの滝の滝壺でヒグマ親父に助けて貰うてから、ベンケェはんとこお世話になってます。ほんでほぼ毎日こうして呑んだくれてるだけや。見るんも聞くんもほとんどベンケェはんと同じやがな。飛行機ゆうんは何で知っとったかわからへん。たぶんキタキツネ先生にでも教わったんやないかと思います」




「そうか!キタキツネ先生やったら博識じゃ。何でも知っとるじゃろう。きっと何か手がかりが掴めるかも知れん」




「お逢いできますかね。その、キタキツネ先生に?」




「おお、出来るとも。すぐじゃ。ホレ、あの丘の上!ワシらは国見山って呼んどるんじゃが、あの辺りに棲んどる。残雪はあるが頻繁に行き来しとるから踏み固められて歩きやすいじゃろう。明日ワシらが案内しちゃる。なあカケス男や」




「合点承知や!」




「そうですか! それは助かります。よろしく お願いします」




「おう、任せときいや」




ベンケェが毛むくじゃらの分厚い胸板を叩く。




カケス男もベンケェほどではないがなかなかの大胸筋だ。ベンケェを真似て胸板を叩こうとするが、手にしたコップ酒が気になりやんわりと胸に触れる程度にした。








「おお、そういや、ワイらの名前言うとらんかった。紹介したる。こちらがベンケェはん。このガタイでこの面やけど、れっきとしたアンタと同じ人間や。ずっと前からこの島に居って誰かを待っとるらしい。ほんでワイはカケス男。ホレ、この通り。顔はカケスで背中にちょこっと羽もあるんやが、どうも身体はニンゲンみたいなんやわ。どうしてこないな姿なのかわからんが、そこそこ空も飛べて結構気に入っとる」




カケス男は立ち上がり、ホケチョに背中を向けると、そのちっぽけな翼をパタパタさせた。湯気が雲になって上っていくのと同時に涼し気な風が起こる。湯冷まし酔い醒ましにほど良い。




「どや、けっこう役に立つやろ」




「鍛えてらっしゃるんですね」




ホケチョが言う。




「別に鍛えとるわけやあらへん。時々ベンケェはんと相撲とったりするくらいや。連戦連敗やけど。ま、これだけガタイに差がありゃあ勝てへんて。酒と相撲だけはベンケェはんにはかなわへん。ワイがベンケェはんに勝てるんはオナゴと物真似くらいや」




「ホホウ、よう言うたカケス男。オナゴはともかく物真似自慢とは。そういえば確かにカケスちう鳥は鳴き真似が上手じゃ。ワシが敵うモンでもないわ。しかしオヌシの物真似芸、四年一緒に居って一度も聴いたこと無いぞ」




「敵っちゅう敵もおらへんこの島では必要あらへんさかい。それにワイはカケスやのうてカケス男でんがな」




「ひとつ、やってみせてくれんか」




「へ?何をでっか」




「ウグイスの鳴き真似とかどうじゃ。それを聴いてお開きにしよう」




「いいですね。ぜひ聴きたいです」




ホケチョが興味津々に目を輝かせる。




「ウグイスねえ・・・・・」




渋々承諾したカケス男は立ち上がったまま、大きく深呼吸をして、首を少し右に傾けた。そして半開きになった嘴の端から、




「ホウホケチョホウホケチョケチョケチョ」




「おお、ちと調子っぱずれじゃが、まあまあウグイスっぽい。さすが物真似十八番のカケスや。ワシにはよう出来ん」




「十八番云うわけやあらへん。カケスやのうて、ただのカケス男やさかい」




「いい締めが出来た。お開きにしよう。ホケチョや、明日は何時ごろ発つつもりじゃ?」




「日の出と共に出掛けようと思っています」




「ほうか、とっくに空が白んできとるようじゃ。もう大して時間もないが寝るとするか。ワシらはこのまま、そこの小屋で寝るが、オヌシの寝床は何処か用意しとるのか?」




「この先にテントを」




「ほうか。ほんじゃあワシらも頑張って早起きするから遅れんようにな」




「有難うございます。おやすみなさい」




「日の出やで、オヤスミな」








「ベンケェはん、樽の中、も少し酒残っとりますがどないしましょ?」




「おお、もちっとなら、呑みきってしまおう。そのほうがよりぐっすり眠れるじゃろう」




再び酒宴は始まった。樽の中の酒の残量は、ベンケェとカケス男を再び前後不覚の湯船の中の船乗りにするに十分だった。




「ベンケェはん、とうとう無うなりましたで」




「ほうか。名残惜しいが、そろそろ寝るか。寝る前、子守唄代わりにもっかいアレやってくれんか」




「何をですか?」




「ウグイスの鳴き真似をじゃ」




「ようやりまへんて。恥ずかしいがな。寝まひょ」




月の明るさが弱まりあかときを告げようとする。カケス男のちっぽけな翼のパタパタから始まったような微風が残雪の上をなぞっている。十分な酒量と温泉効果、そしてイケメンの好青年との出逢いの喜びを胸に眠りに就く。








 ホウホケチョ




 ホウホケチョ、ケチョケチョケチョ・・・








 「ふんふん、やはり調子っぱずれじゃ」




「へ、何でっか?」




「いや、何も」








 ホウホケチョ




 ホウホケチョ




 ホウホケチョ




 ホウホケチョ




 ホウホケチョ
















 ホウホケチョ




 ホウホケチョ




 ホウホケチョ




 ホウホケチョケチョケチョケチチョケチョ








 「あう~っ!わぁった!うるさいがな!」




「あ~!何でっかあ!」




「もう鳴き真似せんでエエ。うるそうてかなわん。わしゃあもちっと寝る。ああ頭ガンガンするわい」




「はあ?ワイ何もしてまへんがな」




「エエから寝るで」




「はあ、せやけど夕べの約束は・・・?お天道さんもうあない上に来とりまっせ」




「夕べの約束?なんのこっちゃ?」




「案内するゆうて日の出と共に発つゆうてましたがな」




「あほう!あんな遅くまで呑んだくれとったんじゃ。そんなモン夢に決まッとろうが。ゆめゆめ、ホレ酒樽も空じゃ。寝るで」




「はあ、夢ねぇ。そういわれればそんな気もしますけど・・・・・・・・・・・・・・」








 ホウホケチョ




 ホウホケチョ








 「わかったがな」








 ホウホケチョ 




 ケチョケチョケチョケチョケチチョチチョ








 「わあった言うとるがなあ!」




「あ~なんでっかあ、またあ!」




ああ、五月蝿うてかなわん




「似とる、似とる。だからもう鳴き真似せんでええって」




「ワテやあらへん!言うてまんがな」




「何言うとる。こんなぶきっちょな鳴き方、他に誰が居るんじゃ・・・・・・」




「ウグイスですかいな。ワイより下手糞や」




ベンケェとカケス男は、辺りの繁みをキョロキョロ見回した。大きな鳥が飛び立ったような気配はしたが、視認するまでには至らない。見上げた空の太陽だけは、真上から注ぎまくる。微かな風が遠くの柏の樹を揺らしている。




「ベンケェはん、柏の樹ィ揺れてまんなぁ」




 「ありゃあ、夢じゃなかったんかな」




「おそらく」




「しゃあないのう。行くか」



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