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青年ホケチョ

青年ホケチョ


「あんちゃん、何しに来たん?」


「カケス男や、愚問じゃ、愚問じゃ。決まっとろうが、アレよ、アレ」


「アレってぇと、アレ、不老不死の泉?」




カケス男とベンケェの視線をいちどに浴びた青年は、うろたえる様子もなくにっこり笑った。


「ええ、その通りです」


「ほれ見ろ」


「この先で野営していたんです。そしたら風が出てきたせいでしょうか、急に寒さを感じてきたものですから、湯煙と話し声に誘われてお邪魔してしまいました」


 礼儀正しく爽やかな青年である。年の頃は二十歳くらいだろうか。


「ホレ見ろ。やっぱり風が吹いとる」


「ワイは何にも感じまへんけど、こうして人ひとり運んでくるくらいやから、吹いとんのやろな」


「おお、吹いとる吹いとる吹いとるとも。なぁ兄ちゃん! あの樹ィ見えるじゃろう?」


「エエ、枯葉が落ちきらずにユラユラ揺れているところを見ると、柏の樹でしょうか?」


「そうじゃ、よう知っとるし、よう見えとる。カケス男よりよっぽどましじゃ」


「ワイは鳥でんがな。夜目は利きまへんて」


「よう言うな。身体は人間のくせして」


「せやけど頭はカケスでんがな」


「前から思うとったんじゃが、おぬしホントはカケスのお面被ってるだけじゃないのか?」


ベンケェが毛むくじゃらの大きな手で、カケス男の頭を引っ張る。


「あたたたた…やめてぇな、ベンケェはん。どこの世界にお面被って風呂入るのおんねん。アホも休み休みいうといてんか」




「ま、それもそやな。いやいや失敬失敬」




「柏の葉がなかなか落葉しないのは、神様に護られているからだそうですね」


二人が落ち着きを取り戻すのを見計らって、青年が口を開いた


「ほほう、そんなウンチクまで知っとるのか」


「神様ねぇ、ベンケェはんに負けず劣らずなかなかロマンチストや」




「兄ちゃん、柏の樹に特別な思い入れでもあるんかいな?」


ベンケェは的確に淀みなく話す青年に好感を持ち、己のコップを温泉水で濯いでからドブロクをなみなみと注いだ。「ホレ」


「ああ、有難うございます。ゴクゴク……、父が好きだったんですよ」


青年はひと息に呑み干して答えた。


「過去形やな」


「ホレ、もう一杯いこか」


今度はカケス男が注ぐ。


「あ、有難うございます。実家の庭先に同じような柏の樹が、やはり海風を受けて斜めに立っているんです。ごつごつと不器用に枝を伸ばして、枯れた葉を樹上に留めたまま立ってます。枯葉たちはどんな吹雪の日にも枝先に必死になってしがみついて、落葉するのは春になって新しい葉の芽生えを見届けてからです。ぼくたち家族は落ちた葉を拾い集め、煎じてお茶にして飲んでいました。抗酸化作用があって歳をとらないんだって……父が言ってました」




「年取らへんのやったら、不老不死の泉なんぞ要らへんがな」


「いや、すみません。取らないと言うと誤解されますね。正確には老化を緩和させる、アンチエイジング効果です。祖父母もきっと喜ぶと思いまして」


「ジジババ孝行のええ青年じゃ。ホレ、もう一杯」


「有難うございます。ぼくは昨日20歳になったばかりなんですけど、早速こんなに極上のお酒が呑めるなんて夢のようです。とても美味しくって呑みやすくっていくらでも入りそうです」


「ナルホド二十年分の渇きを潤しちょるわけや。ほなも一杯! んで、名前は?」


「ホケチョといいます。ヘヴン島から来ました」


「ホケチョ?」


変わった名前だ、しかもヘブン島から……と顔を見合わせるベンケェとカケス男。互いを見つめ合いながら、自分たちも十分変わっていることを再認識して、ホケチョの話の続きを聴く。




「産まれたときに、ウグイスがそう鳴いたらしいんです。『ホゥホケチョ』って。そう聴こえますかね?僕にはホケキョに聴こえるんですけど。両親にはホケチョと聴こえたらしく、その方が音感も好いからってことです。単に耳がおかしかったのか?それとも不慣れなウグイスだったのか?はたまた他の鳥が鳴き真似でもしてたのでしょうか?定かではありませんが、そのひと鳴きで僕の名前は決まったそうです。因みに父の名はホゥといいます。父が産まれたとき、フクロウの声が何処からか聴こえてきたそうです」




「”ホゥ“ってか」




「なかなかお茶目な家系のようじゃ。酒も進むわい。ホレ、もう一杯」


青年はベンケエが注いだ傍から気持ち良さげに呑み干す。


「よう呑むなあ。しかしそんな平和でお茶目な家庭のお坊ちゃまが、こんな辺ぴな島に……」





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