9 『ねえ?』じゃないだろ……!
「一応聞くけど、『恋のキューピッド役』って何をしようとしてるわけ?」
苦々しい表情をするジークに、私は得意満面で颯爽と答える。
「決まってるじゃない。二人の気持ちをきちんと確認して、それを相手にも伝えてあげるのよ」
「……そういうの、お節介って言うんじゃないの?」
「お節介じゃないわよ。親切心よ」
「親切心なら、そっと見守ってあげたほうがいいんじゃない? 他人が介入することで逆に拗れる場合だってあるんだし」
「大丈夫よ。拗れないように、動くつもりだから。黙って見守っているだけじゃ、くっつくものもくっつかないでしょ」
当たり前のようにそう言うと、ジークはあからさまに呆れ顔をする。
「あのさ、ルイーズ」
「なに?」
「俺、前にも言ったよね? 『ルイーズはいつも攻めの一手で引くってことを知らないんだから、たまには引いてみるのもいいんじゃない?』って」
「……言ったっけ?」
「言ったよ。ルイーズが兄上の気持ちを取り戻そうと、躍起になっているときに」
少し言いづらそうに一瞬だけ視線を逸らしたジークは、それでも淡々と言葉を続ける。
「あのときも、黙って見ているだけじゃダメだからってルイーズが言い張って、生徒会室に攻め込んで兄上とパウラ嬢の話を直接聞いちゃったんじゃないか。覚えてないとは言わせないよ」
「……覚えてるわよ」
そんなの、忘れるわけがない。
あの決定的で致命的な会話を、忘れられるわけがない。
「後先考えずに突っ走って、結局傷ついたのはルイーズだろ? しかも今回は自分のことじゃなくて、他人の事情に首を突っ込むことになるわけだ。それで取り返しのつかないことになったら、どうするつもりなの?」
「……ちょっと、いきなりド正論かますのやめてよ……」
「俺が言わないと、また同じ失敗をするかもしれないだろ?」
「あら、人生にトライアンドエラーはつきものよ?」
「ちょっと格好いいこと言ったみたいな顔するのはやめろ」
「でもあのときと今回とは、全然違うと思うの。だってあのときは、オズヴァルド様とパウラ様との間に私が入り込む余地なんて最初からなかったんだもの。状況の認識が甘すぎたのよ」
「甘いのは状況認識だけじゃない気がするけどな」
「でも今回は、エレノアとレンナルト様の両想いはほぼ確定しているわけだし、二人の背中をちょっと押してあげるだけでいいのよ。うまくいく可能性しかないの。無理やり気持ちを取り戻そうとしたあのときとは全然違うんだから、大丈夫」
「何が大丈夫なのか俺にはさっぱりわからないが?」
「それに、今回は私一人でなんとかしようなんて思ってないもの」
「うわ、なんか唐突にすごい嫌な予感」
「私がエレノアの気持ちを確認するから、レンナルト様の気持ちはジークが聞いてよ」
「は!? なんでそうなる!?」
「だって、さすがに私からは聞きにくいし、ねえ?」
「『ねえ?』じゃないだろ……!」
そんなこんなで、善は急げとばかりに私はエレノアに本音を聞いてみた。
こういうことは、取り繕う隙を与えずズバッと切り込んだほうが、狙い通りの結果を得やすい。
まあ、単に休み時間の雑談の切れ間に「エレノアって、ほんとはレンナルト様のことが好きなのよね?」なんてストレートに聞いてみただけなんだけど、根が素直なエレノアは途端に固まってわかりやすく真っ赤になった。
これはもう、全身で「そうです」と言っているようなものである。
ぷしゅー、と音がしそうなくらい真っ赤になっているエレノアは、両手で顔を覆って「いきなり聞くのはやめてちょうだい……」なんてか細い声でつぶやく。
「告白しようと思ったことはないの? レンナルト様だって、エレノアのことが好きだと思うんだけど」
「レンは私のことをそんなふうには見ていないわよ。家の事情でレンの生家の公爵家が私を預かってくれることになったから、レンも私のことを不憫だと思って優しくしてくれているだけよ」
人が『不憫』と思うエレノアの『家の事情』がどういったものなのかはまったくわからないものの、自分がレンナルト様に想われているわけはないと頑なに否定し、告白するつもりもさらさらないとエレノアは言い切る。
「レンは公爵家の次男だから跡を継ぐ必要はないけれど、それでもいずれは家のためにどこかしらの令嬢と婚約することになると思うの。私だっていつまでも公爵家にお世話になるわけにはいかないし、自立の道を探したくて留学を決めたのよ」
心なしか寂しそうに笑う友だちを、どう励ませばいいのかわからない。
これはもう、レンナルト様の本音をどうにかしてジークに聞き出してもらうしかない! と鼻息も荒く待ち構えていたのだけど、残念ながら健闘虚しく惨敗だったらしい。「うまいことはぐらかされた」とジークは言っていた。
「あ、でもね」
エレノアはその麗しい顔をちょっと上気させて、パッと目を輝かせる。
「もうすぐレンの誕生日なのよ。自分の気持ちを伝える気はないけど、今年はとびっきりのプレゼントを用意してあげたくて」
「プレゼント?」
「もちろん、毎年プレゼントはあげてるんだけど、いつもお互いのほしいものを聞いて贈り合う感じだったの。でも今年は思い切って、サプライズで何かあげたくて」
小さな企みをささやく友だちの、なんと可愛らしいことか……!!
「ということでですね」
学園の休日を利用して、私はエレノアをフォルシアン侯爵家に招待した。ロルフ様もユリアナ様も、「友だちができたらどんどん呼んでいいからね」と言ってくれていたのだ。本当に、察しがいいというか至れり尽くせりというか。ありがたい。
「……俺がここにいる必要ある?」
そして私の真向いに座るジークは、とてつもなく困惑した顔をしている。
「当たり前よ。今日はジークがいないと困るのよ」
「なんで?」
「エレノアがレンナルト様にサプライズで誕生日のプレゼントをあげたいんだって。年頃の貴族令息は何がほしいのか、ジークヴァルド大先生に的確なアドバイスをいただきたく」
芝居がかった調子で恭しく頭を下げると、ジークはますます眉間にしわを寄せる。
ちなみに、エレノアの恋心については口の堅いジークになら教えてもいいという許可を得たうえで、協力を仰いでいる。
「俺に的確なアドバイスを求めるなよ。ロルフにでも聞けばいいだろ?」
「もう聞きましたー。ロルフ様は年頃の貴族令息じゃないけど、ちゃんとアドバイスをくれましたー」
ふざけた口調で言い返すと、エレノアがぷっと吹き出す。
「ごめんなさい、ジークヴァルド様。無理を言ってしまって……」
「あ、いや……。でも、俺で役に立てるかどうか……」
「一緒に考えてくれるだけでいいのよ。ね? お願い」
私がわざとらしく小首を傾げ、上目遣いであざとさを演出すると、ジークは突然「うっ」とうなった。
それからなぜか頬を赤らめて、「いいけどさ」とか「なんなんだよ、もう」とか、もごもご言っている。
「ちなみにね、ロルフ様が学生の頃は、懐中時計をもらうのが流行ってたんだって」
「懐中時計? 渋いな」
「特に婚約者がいる人たちの間で、男子は懐中時計をもらって、女子は髪飾りをもらうっていうのが流行っていたみたい。お互いの名前を刻印すれば、特別感も増すでしょう?」
「あら、素敵ね」
うっとりと目を細めるエレノアを見ながら、素敵なのはあなたのほうですよご令嬢、なんてツッコみたくなる。
「ジークだったら、誕生日に何がほしい?」
軽い気持ちで尋ねると、ジークは「俺?」と言ったきりやけに険しい顔をして、しばらく考え込んでいた。
そして、ゆっくりと答える。
「……手作りのクッキーとか」