8 よからぬことを考えたりしてないよね?
ラングリッジでの生活にも少しずつ慣れてきた頃、いよいよ王立学園の初登校日を迎えた。
侯爵夫人ことマイラ様は授業の準備があるらしく、「またあとでね」と言いながらひと足早く出かけていった。
マイラ様が担当する授業は、『外交と国際情勢』とかいう意外にもお堅い教科らしい。文官試験には必須の科目ということもあって、ほとんどの学生が受講するんだとか。
ちなみに、マイラ様の旦那様であるフォルシアン侯爵は、現在長期の領地視察に赴いているとのこと。夫婦ともにお忙しい方々のようである。
「学園にはとにかくたくさんの留学生がいるから、そんなに気後れしなくても大丈夫よ」
どうしたって緊張を隠せない私を玄関先まで見送りながら、ユリアナ様が励ましてくれる。
「頼れる幼馴染も一緒なのだし、楽しんできて」
「何か困ったことがあったら、母上の研究室に行ったらいいよ。あ、でも母上の研究室はいつも散らかっているから、不用意に行ったら無理やり片づけを手伝わされるかも」
茶目っ気たっぷりに笑いながら、ロルフ様も私の緊張をほぐそうとしてくれる。
学園のことはもちろん、この国の常識や社会通念、暗黙のルールに近いことまでそれとなく教えてくれる二人は、いまや私たちにとって面倒見のいい兄・姉的な存在である。
「ジーク、ルイーズのこと、よろしくな」
「……それ、なに目線で言ってるわけ?」
困惑ぎみに従兄を見返すジークと一緒に、馬車に乗り込んだ。
長期休暇が終わり、新学期が始まるこのタイミングで留学してきた生徒は私たちのほかにも数人いて、右を見ても左を見ても異なる人種の生徒が行き交う様はなかなかに圧巻だった。
さすがは学問を究めたい若人が集う『知の国』、ラングリッジ王国の学園である。
噂によると、一つ上の学年にはこの国の第二王子もいるらしい。
そんな中、私たちは同じクラスに在籍する男女二人の留学生とすぐに親しくなった。理由は簡単、私とその女子留学生との見た目の色がそっくりだったからである。
「え、君たち、なんか似てるね」
グレオメール王国からの留学生、エレノア・ブラント子爵令嬢と私がたまたま並んで立っていたとき、同じくグレオメールからの留学生であるレンナルト・ディクス公爵令息が声をかけてきたのだ。
「髪の色といい目の色といい、だいぶ被ってる」
「え?」
「……あら、ほんとだわ」
エレノア様は自分と隣に立つ私とをまじまじと見比べて、興味深そうな顔をする。
確かに、金髪に紫色の瞳、という組み合わせは同じだった。
ただ、エレノア様のほうが私より鮮やかな金髪だし、瞳の色も私より濃いパープルである。エレノア様のほうが全体的にはっきりとした印象であることは否めないけど、色味の系統としては、確かに似ている。
おまけに背格好もそっくりとなれば、仲良くなるなと言うほうが無理だと思う。
そんなわけで、私たちはすぐに打ち解けた。ジークも含めていつも四人一緒にいるくらいには仲良くなったし、私とエレノア様はすぐにお互いを呼び捨てにするほど仲良くなった。
エレノアとレンナルト様は遠い親戚であり、すでにこの春から一緒に留学していたらしい。
少しおっとりとしたエレノアとちょっと世話焼きなレンナルト様は相性がいいのかとても仲睦まじく、私はてっきり婚約しているのだろうと思っていたのだけど。
「婚約? まさか」
たまたま二人きりになった瞬間を狙って確認すると、エレノアは両手をぶんぶんと振って思い切り否定する。
「え、違うの?」
「違うわよ。そういう話が出たことだって、今まで一度もないし」
「そうなの? ごめん、勝手に勘違いしてたわ……」
「いいのよ。私は事情があって、幼い頃からレンの家に預けられて一緒に育っているの。だからどちらかというと、きょうだいに近い感じなのよ」
そう言うエレノアの表情がどことなく翳りを帯びたのを、私は見逃さなかった。
だから完全否定はされたものの、しつこく細かく観察し続けた。そして観察すれば観察するほど、やっぱりどう考えても怪しいと思った。むしろ、怪しさしか感じない。
だって、幼い頃から一緒に育った親戚とはいえ、「レン」「エル」と呼び合い、距離も近いし、なんかこう、お互いがお互いを思いやる温かさにあふれている。いや、あふれすぎている。
「絶対、両想いだと思わない?」
帰宅してすぐに疑念をぶちまけると、目の前で静かにお茶を飲んでいた幼馴染はいつもの無表情で私を見つめる。
「……なんの話?」
「エレノアとレンナルト様のことよ。絶対両想いだと思うの」
「は?」
意味がわからないという顔をするジークが、歯がゆいというかもどかしいというかなんというか。
「だって、すごく仲がいいし、二人ともお互いを気遣い合っているのがわかるじゃない。いくらきょうだいみたいに育ったからって、あの仲睦まじさはきょうだいのそれではないと思うんだけど」
私がどれだけ力説しても、ジークはいまいちピンと来ないらしい。
「普通に仲いいな、とは思うけどさ」
「確かにそうだけど、それだけじゃないとは思わない? とっくに『普通』のレベルを超えてる気がしない?」
しかも、見ていてとても、ほっこりする。
仲良きことは美しきかな、とはこういうことかと心底納得する。
それに、オズヴァルド様とパウラ様が仲睦まじげにしていた様子を遠巻きに眺めていた頃とは、当然のことだけど見ているこっちの心持ちも全然違う。
そりゃあ、あのときはオズヴァルド様のことが大好きすぎて、とてもじゃないけど平常心ではいられなかった。大好きなオズヴァルド様が別の令嬢と親密にしている姿なんて、できれば目にしたくなかった。
でもあの頃の私の恋心を抜きにしても、エレノアとレンナルト様が親しげに微笑み合う様子とオズヴァルド様とパウラ様がいちゃいちゃしていた様子とは、何かが決定的に違うように思えた。
それが何なのかは、まったくわからないのだけれど。
「……もしかして、またよからぬことを考えたりしてないよね?」
向かい側に座る幼馴染は、心なしか冷ややかである。
でもさすがはジーク。私の考えなんてとっくにお見通しなのね、と言わざるを得ない。
「婚約はしていないにしても、あの二人がお互いを想い合っているのはまず間違いないと思うのよ。だったら、その想いを確かめ合って幸せになってほしいと思うのが友だちというものじゃない?」
「……は?」
嫌な予感が的中した、とでも言いたそうなうんざりした顔をするジークに、私は持論を展開する。
「あの二人、きょうだいみたいに育ってきたことで、かえって自分の恋心を相手に伝えることができずにいると思うのよ。相手の存在が近すぎて言えない、みたいな? もしも拒絶されたら、今までと同じように接することすらできなくなるかもしれないんだもの。だから慎重になりすぎて、想いを伝えることに二の足を踏んでいるんだと思うの。でもそんなの、もったいないじゃない。せっかく両想いなのに」
ジークは黙って、私の話を聞いている。
でもその顔は、どんどん渋いものになっていく。またとんでもないことを言い出しそう、なんて思っている顔である。
ジークの熱い期待に応えるべく、私はふふんとほくそ笑んで渾身の一撃を食らわせた。
「だからね、私が二人の恋のキューピッド役になってあげようと思うのよ……!」
やる気満々の決意表明に、ジークは黙って大きなため息をついた。
昼頃にもう一話投稿します。
『失恋令嬢』というより、『暴走令嬢』のような気も……苦笑