表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/30

7 誰でも大歓迎よ!

 そこからの動きは早かった。


 ジークがラングリッジ王国への留学の話を持ち出すと、うちの両親もソルウェイグ侯爵夫妻も、なぜかジークたちの伯母であるマイラ・フォルシアン侯爵夫人までもが俄然乗り気になった。


 うちの両親は「気分転換になっていいんじゃないか?」なんてのんきなことを言うし、ソルウェイグ侯爵夫妻は「せめてもの罪滅ぼしに、なんでもさせてほしい」なんて願い出るし、フォルシアン侯爵夫人に至っては「誰でも大歓迎よ!」と大喜びらしい。


 ジークの交渉と根回しが、余程うまかったのだろう。


 ジークって、普段は何をするにも面倒くさそうだし必要以上にあれこれ言わないし、「我関せず」とばかりに静観の態度を貫くことが多い。よく言えば慎重で冷静、悪く言えばやる気がない。無精者。ただの面倒くさがり。


 勉強だって何だって、多分本気を出せば誰にも負けないくらいの実力があるはずなのに、どういうわけかそれを隠しているような節もある。理由は、よくわからないけど。


 そんなジークが珍しくやる気になったと思ったら、あっという間にこれだもの。


 ほんと、侮れない。


 そんなわけで留学の準備と手続きは着々と進み、オズヴァルド様のことを思い出す暇もなく、気づいたら私はラングリッジ王国の土を踏んでいた。



 展開が早すぎる!!!



「いらっしゃい! 来てくれてうれしいわ!」


 フォルシアン侯爵邸に到着した私たちを出迎えてくれたのは、ちょっとテンション高めの侯爵夫人と長男でジークたちの従兄のロルフ様、そしてロルフ様の奥様のユリアナ様だった。


 ロルフ様とユリアナ様は私たちよりも七歳年上で、新婚さんらしい。


「は、はじめまして。ルイーズ・アルダと申します。これからお世話になります」


 緊張ぎみに挨拶をすると、侯爵夫人は「そんなに硬くならなくてもいいのよ」とにこやかに微笑む。


「自分の家だと思って、リラックスしてちょうだい」


 ロルフ様もユリアナ様も「二人ともよく来てくれたね」「これからよろしくね」と気さくに声をかけてくれて、なんて素敵な家族なのだろうと感動してしまう。


 いろいろあってだいぶ心が弱っていただけに、こういう温かでウェルカムな雰囲気は傷ついてひび割れた心に否応なく沁みる。ちょっと泣ける。


 そんな私を安堵した様子で眺めていたジークは、侯爵夫人に「ジークヴァルドはまたずいぶん大きくなったわねえ!」なんて言われながら頭をわしわしとなで回されていた。抵抗虚しくされるがままになっているジークを見ていたら、私まで笑ってしまった。


 夕食時には、ささやかながらも私たちの歓迎パーティーを開いてくれた侯爵家。


 侯爵夫人もロルフ様もユリアナ様も、オズヴァルド様とのことについては思いのほかきっちりと謝罪してくれたから驚いた。


「つらい思いをさせてしまって、本当にごめんなさいね」

「い、いえ、そんなことは……」

「こんなに可愛い子を蔑ろにするだなんて、オズヴァルドも馬鹿よね。でも私たちはあなたの味方だから、遠慮せずなんでも言ってね」


 その言葉だけで、この国に来てよかった、なんて思ってしまうくらいには、私も単純である。


「このラングリッジ王国は、学びを深めたい若者が世界中から集まる活気にあふれた国なのよ。あなたもこれからたくさんの人に出会って、たくさんのことを学んで、そうしているうちに嫌なことなんてきれいさっぱり忘れてしまうわよ」


 侯爵夫人はそう言って、自信ありげに笑う。


「私みたいに、素敵な出会いがあるかもしれないし」


 なぜかそこで、唐突に咳き込むジーク。


「だ、大丈夫?」

「……気管に、入った……」

「あらあら。ジークヴァルドったら」


 謎の含み笑いをする侯爵夫人をジークが涙目で睨むと、ロルフ様もユリアナ様も訳知り顔で笑い合っている。


「ジークヴァルドは知っていると思うけど、母上は王立学園で教鞭を執っていてね」

「え?」


 ロルフ様の説明につい大声を上げると、どういうわけか侯爵夫人はドヤ顔を決めている。


「先生をなさっているのですか?」

「そうなんだ。この国は、世界的に見ても女性の社会進出が進んでいてね。何代か前の国王陛下には、女性の側近がいたくらいで」

「女性の側近だなんて、ちょっと考えられないです……」

「だよね。当時の国王はラングリッジの繁栄と発展に多大な功績を残した賢王と言われていて、能力の高い者は男女を問わず重用したんだ。そのおかげで、女性が活躍しやすい社会になった。君もこの国で存分に学んで自分の可能性を広げて、やりたいことを自由に見つけていければいいね」


 ロルフ様の温かく希望に満ちた言葉に、私は自分の心の中を埋め尽くしていた鬱々とした霧がようやく晴れていくのを感じていた。






◇・◇・◇






 その日の夜。


「ルイーズ、ちょっといい?」


 夕食後、私のために用意された上質な部屋でくつろいでいると、ドアをノックする音とともにジークの声がした。


「どうしたの?」


 ドアを開けて、顔を出す。


 どこか強張った表情をしたジークが、廊下に立っている。


「……一応、様子を見に来たんだけど」

「え?」

「……初日だし」


 最近よく見る気遣わしげな目をして、ジークが私の顔を覗き込む。


「疲れただろ? 大丈夫?」

「大丈夫よ。それより、侯爵家の方々ってほんとにいい人ばかりね」


 少しはしゃいだ口調でそう言うと、ジークは安心したように柔らかく微笑む。


「侯爵家のみなさんの話を聞いていたら、思い切って留学してきてよかったと思ったの。侯爵夫人があんなに歓迎してくれるとは思ってなかったし」

「伯母上自身も留学してきて、何かと苦労したみたいだからね。向学心のある若者には親近感がわくし、放っておけないんじゃないかな。今は学園の先生をしているけど、もともとは王城で外交関係の仕事をしていた人なんだ」

「王城の文官だったってこと?」

「多分」

「すごいのね。王城の文官ってことは、超エリートじゃないの」

「伯母上は『下っ端の下っ端だった』とか言ってるけどね。でもそれくらい、女性が普通に活躍できる国なんだと思う」

「そうよね。はじめに留学のことを思いついたのはちょっと後ろ向きな理由だったけど、でも実際にラングリッジに来て、これからのことを考えたらすごくわくわくしてきたの。それもこれも、全部ジークのおかげよ」


 私がそう言うと、ジークは「え?」と言ったまま、無表情で驚いている。


「だって、留学もいいかななんて思いつつも、本当は全然現実的じゃないななんて半ば諦めていたんだもの。でもジークのおかげで一気に現実味が増して、すんなりここに来ることができたじゃない? 留学の準備をしているうちに、オズヴァルド様とのことに囚われて悶々と過ごすよりも、心機一転環境を変えて新天地でがんばろうって思えてきたし」

「そっか」

「それに、いざ留学するとなっても一人だったらきっと心細かったと思うけど、ジークが一緒に行くって言ってくれたからすごく心強かったの」

「……そう?」


 あまり表情は変わらないながらも、ジークが少しだけうれしそうに口角を上げる。


 そのささやかな笑顔を見ていたら、なんだかすごく、がんばれそうな気がしてきた。


「ありがとう、ジーク。これからもよろしくね。一緒にがんばろうね」


 私の言葉にジークは柔らかく微笑んだまま、「ああ、よろしくな」と言って自室へと戻っていった。




 そして二週間後。




 いよいよラングリッジ王立学園登校初日を迎えるのである。












新天地、ラングリッジ王国編突入です。


そして、かつてラングリッジ国王の側近を務めた才媛とは、過去作の『博識令嬢』こと、『前向き悪役令嬢は今日も我が道を行く~100人が振り返る美女になるより100人を論破する知識がほしいです~』のヒロイン、グレイスのことです。


『前向き悪役令嬢は今日も我が道を行く~100人が振り返る美女になるより100人を論破する知識がほしいです~』はこちらから

→ https://ncode.syosetu.com/n3753ic/




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
過去作に『博識令嬢』って作品見当たらないのですが…… 全ての作品を追っかけて無いので作品名を明示して貰えると有り難いです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ