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2 本丸に攻め込むしかない

 翌日から、私はがんばった。


 とにかく、私とオズヴァルド様の距離がどんどん開いていくのはまずい。よくない。


 せっかく高等部に移ったのだし、オズヴァルド様がいくら生徒会活動で忙しいとしても、黙って見ているだけじゃダメなのよ。


 そう思った私は、こちらからオズヴァルド様に会いに行くことにした。


「……だからって、なんで俺を連れて行こうとするんだよ?」

「だって、三年生の教室に一人で行くのはさすがに緊張するんだもの。『一年生がなんの用ですの?』なんて絡まれたら怖いし」

「俺を盾にしないでほしいんだけど」

「ジークが兄であるオズヴァルド様に用事があって、私はそれにつきあわされている、という構図が必要なのよ」

「はあ?」


 渋い顔のジークにはお構いなしで、私は三年生の校舎につながる渡り廊下をずんずん歩く。


 高等部に入学してすぐの頃、こんなこともあろうかとオズヴァルド様の教室を下調べしていたかいがあったというものよ。


 とはいえ、三年生しかいないはずの廊下に突如闖入した一年生の私たちは、やっぱりだいぶ目立つ。早速上級生の令嬢令息に訝しげな視線を向けられ、ちょっと怯む。


 私は面倒くさそうにため息をつくジークの背中に隠れるようにして、ようやくオズヴァルド様の教室の前に躍り出た。


「……兄上、いないみたいだけど」


 教室の中をのぞいたジークはそうつぶやいて、近くにいた三年生の令嬢に声をかける。


「あの、すみません。僕はオズヴァルド・ソルウェイグの弟なのですが、兄はいないのでしょうか……?」

「ああ、オズヴァルド様なら、生徒会室じゃないかしら」

「……そうですか。ありがとうございます」



 ……がーん!!!



 そんなことってある!? がっかりである。せっかくここまで来たのに会えないなんて、まったくの想定外……!



 その後も何度となく三年生の校舎に突撃してみたものの、毎回こんな感じで一向にオズヴァルド様と遭遇できる気配がない。


「オズヴァルド様、本当に忙しいのね……」

「作戦を変えてみたほうがいいんじゃないの?」


 根が素直な私はジークの冷静なツッコミを受け入れ、考え直した。


 学園で会えないのなら、確実に会えるお茶会での作戦に切り替えよう。


 幸い、心変わりはしていても、婚約者としての交流のために行われる月に一度のお茶会はすっぽかすことのないオズヴァルド様。


 だからお茶会の日、私はこれ以上ないと自負するほどのおしゃれな装いを試みた。万全の態勢を整えて、臨むことにしたのだ。


 今まで選んだことのないような、煌びやかで上質で、ちょっと露出度高めのセクシーなドレスを身に纏い、侍女に超絶テクニックを要する手の込んだヘアスタイルをお願いし、少し派手めのばっちりメイクで大人の女性を演出し、四歳年下の弟ランナルに「気合い入れすぎで逆にケバくない?」と突っ込まれても物ともせず、いざ、出陣! とばかりにお茶会に臨んだ。



 ――――結果は、惨憺たるものだった。



 まず驚くべきことに、オズヴァルド様はドレスにもヘアスタイルにもメイクにも、まったく言及しなかった。


 いつものオズヴァルド様ならすぐに気づいて、「そのドレス、ルイーズに似合ってるよ」とか「その髪型、ずいぶん凝ってるね。可愛い」とか言ってくれるのに。


 だいぶ思い切った肌見せだったのに何の効果もなかったことで、私は少なからずショックを受けた。オズヴァルド様は私のやわ肌を見ても、なんの興味も示さなかった。ショックである。


 それどころか完全に上の空で素っ気ない態度のオズヴァルド様は、にこやかに微笑んではいたものの目の前の私を見てはいなかったのだろうと思う。


 心ここにあらず、とはこのことよ。


 でも私はめげなかった。


 絶対に、めげるものですか……!


「あの、オズヴァルド様」


 いまいち盛り上がりに欠けたお茶会が終わり、帰り支度を始めるオズヴァルド様に思い切って声をかける。


「私も無事高等部に入学しましたし、オズヴァルド様とランチをご一緒したいなあ、なんて思うんですけど……」


 その突然の申し出に、オズヴァルド様は一瞬困ったように眉根を寄せた。


 でもすぐに取り繕った笑顔を見せて、「そうだよね」と答える。


「気が利かなくてごめんね、ルイーズ。ただ、今は新入生歓迎会の準備が立て込んでいるから、それが終わってからでもいいかな?」

「……そんなにお忙しいのですか?」

「そうなんだ。みんなで話し合って決めなきゃならないことが、たくさんあってね。今は昼休みも放課後も生徒会の仕事に追われていて、ちょっと余裕がなくてさ」


 もう一度「ごめんね」と言ったオズヴァルド様は、いつもの優しい笑顔を見せる。


 でもその笑みに、これまでとは違うそこはかとない嘘くささを感じて、私は曖昧に微笑むしかなかった。






◇・◇・◇






「これはもう、思い切って敵の本丸に攻め込むしかないと思うのよ」


 意を決してそう言うと、ジークは即座に冷めた呆れ顔をする。最近、この顔をよく見るわね。


「一応聞くけど、敵の本丸って、何?」

「もちろん生徒会室よ。オズヴァルド様が忙しくて生徒会室にこもりきりというのなら、もう直接乗り込むしかないでしょう?」

「いや、乗り込まないという手もあると思うけど?」

「どういう意味? 何もしないで大人しくしてろってこと?」

「ルイーズはいつも攻めの一手で引くってことを知らないんだから、たまには引いてみるのも――」

「それじゃ、ダメなのよ。放っておいたら、どんどんオズヴァルド様とパウラ様の距離が近づいていくだけなんだもの。それを阻止するためにも、私が直接攻め込まないと」


 ふんす、と鼻息も荒く答えると、ジークは深いため息をつく。なぜ?


「大丈夫よ。手ぶらで攻め込むようなことはしないから」

「は?」

「敵陣を視察するのに、手土産の一つもないというわけにはいかないでしょう?」

「……なんか嫌な予感しかしないんだけど」


 ジークの心配をよそに、私は我が伯爵家の料理人たちの手を借りて、自らちゃんとした手作りクッキーを用意した。クッキーなんて初めて作ったけど、大好きなオズヴァルド様のため、そしてパウラ様を牽制するため、我が家の総力を挙げて作った自信作はなかなかの出来栄えである。


 オズヴァルド様への差し入れなんだから間違っても毒だのなんだのを入れるわけがないし、おいしく食べてもらって、「ああ、やっぱりルイーズは可愛いな」なんて思ってもらわなくちゃならないんだから!




 そうして、数日後。


 その日の授業がすべて終わると、私はいつものように面倒くさがって逃げようとするジークを引き連れて生徒会室へと向かった。


 ジークは「は?」とか「なんで……」とかぶつくさ言っていたけれど、私だってたった一人で突撃する度胸などない。


 生徒会室は、三年生の校舎の三階にある。


 帰宅しようと正門へ向かう学園生たちの流れに逆らって渡り廊下を抜け、階段を上るにつれて、どんどん人影がまばらになっていく。


 ひっそりとした廊下をジークと二人で歩いていると、やがて生徒会室が見えてきた。


 と同時に、何やらぼそぼそと話し声が聞こえてくる。


 どうやら部屋のドアが少しだけ開いているらしく、中にいる人の会話が漏れているようだった。


「……来月の新入生歓迎会が終われば生徒会の仕事も一段落するし、少しは楽になるんじゃない?」

「でもそうなると、君と話せる時間も減ってしまうと思うんだけど」


 その声に、私とジークは思わず顔を見合わせる。



 それは紛れもない、聞き慣れたオズヴァルド様の声――――



「私だってあなたと話すのは楽しいし、同じクラスだったらわざわざここへ来なくても毎日会えるのにと思ってしまうけれど……」

「俺もパウラといつも一緒にいたいよ」

「でもオズヴァルドには婚約者がいるじゃない。一年生の可愛らしいご令嬢だって聞いたわよ」

「まあ、親同士が旧知の仲だから、半ば勢いで決まったような婚約だけどね。相手の子は幼馴染で昔から知っているし、正直言って妹みたいにしか思えなくて」

「そうなの?」

「ああ。俺が本当に婚約したかったのは、君だよ。パウラ」



 











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