表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

迷惑メール

『ハマちゃんやで~マっちゃんを救いたいんや~』

『我はトランプだ。あなたを我がアメリカに招待したい』


 寝る前の習慣でスマホのメールアプリを開くと迷惑メール通知がいくつも入っていた。

 件名の芸能人や政治家を語る真っ赤な嘘は流行遅れの時事を反映しているのでまるでネットニュースの見出し一覧のようだ。こんなメールを誰が開くのかと思うが、労力少なくワンクリックで数万件も送ればうっかりタッチしてしまう人は一定数いるのだろう。その中から添付ファイルかURLを開く人が数人でもいれば儲けもの。詐欺集団の下っ端は毎日毎日少しでも人が興味を引くような文面を考えているのかと想像したら惨めやら時間の無駄やら、色々な感情が湧き出てくる。

 ただ同情の余地は全くないので、いつもシステムが誤って必要メールを振り分けてないかざっと目を通したら一括削除している。

 この日もくだらない文の左端に目線を固定しスクロールする作業をしていると1件だけ、指の止まる件名があった。


『僕の家の前にいる女の人は誰ですか?』


 背中がゾクッとした。

 笑いを取ろうと微妙なネタに走るわけでも賞金の当選を知らせるわけでもない。うっすらと事件性を感じる不穏な文章が想像力を刺激してくる。

 一人称が僕とあるので若い男性、10代からいっても30代……いや文からは大人っぽさより恐怖を知らない純粋で利発的な子どもを想起させる。家はマンションより一軒家の方がしっくりくる。夜、2階の自分の部屋から外を覗くと門灯に照らされた1人の女性が立っている。母はリビングでテレビを見ているし姉は自室で友人と通話している。つまり家族ではない。身動きしないで俯く女性はやがて”僕”の視線に気づきゆっくりと顔をこちらに向けて――

 と、まあ妄想してみたがなんてことはない安い怪談話の一場面にしかならない。

 自分の行動に違和感を覚えた。何やってるんだ、疲れてるなら画面を消して早く寝た方がいい。送信者の手のひらの上で転がされるのは腹立たしい。

 だが他と異なるこの件名が俺を妙に惹きつけるのも事実。

 見るだけなら危険はないだろう。添付ファイルやリンクに触れなければまず大丈夫だとどこかで学んだ。

 はやる好奇心で目が冴えてくる。俺はメールをタッチした。

 どんな怪文書が出てくるのかという期待を見事裏切り文字は表示されなかった。1文字も書かれていない。添付ファイルもなし。あるのは画像が1枚のみ。しかもそれすらアプリ側の機能で表示制限されているため許可しなければ表示されない。画像をタッチしてウイルス感染するか分からないが触れるのは躊躇われた。つまり何も情報がない。

 細くため息が漏れる。

 胸の高鳴りは平常へと戻り、代わりに睡魔がやってきた。

 これ以上夜更かししても明日に響くだけで得がない。本来の目的に立ち返り手早く迷惑メールの確認を終え全選択からの削除――するのはやめた。その一通だけ選択解除してフォルダを分けた。

 しかし起きたらもうメールのことは忘れていた。



 一所懸命汗水垂らして仕事に打ち込む……とは程遠く、適度に真面目に働き適度に手を抜きサボる。外回りと電話メールオンライン会議で日々慌ただしい営業職を横目に、俺は画面と資料とにらめっこしながらカタカタキーボードを鳴らしている。

 仕事は好きでも嫌いでもない。低すぎない額の給料と鬱陶しくない人間関係であれば満足できる。高望みせず昇進を拒む気持ちは同世代に多くいる。俺は紛れもなく現代の一般的若者だ。

 表面上の変化はあっても内情は波風立たない、そんな毎日を送っていると生活の細かな発見や小さな愚痴はメモでも取らないと脳に記憶されなくなる。その場のノリを日を跨いで維持できなくなったのは社会人2年目くらいからだ。これが大人になるってことかと感慨にふけったような、ただの後付けの記憶のような気もする。


 だから何が言いたいかというと、1度きりのミニイベント程度は覚えていられない。逆に何度も続けば嫌でも覚えてしまう。

 前回から2週間程経った夜、またもや日課の就寝前のメールチェック中にそれを見つけた。


『僕の家の窓を叩く女の人は誰ですか?』


 奇妙な件名の迷惑メール。

 この文を見た瞬間、2週間前の夜に時が戻ったような感覚になった。記憶がむくむくと形を復元していき、前回の出来事は確かな記憶となった。

 そして件名が少し違うことに気づいた。


『僕の家の前にいる女の人は誰ですか?』


 前回はこうだった。

 女性の位置と行動が変わっている。「家の前」からより具体的に「家の窓」となり、その窓を「叩く」ようになっている。

 したがって想像される光景も変化する。少年が自室から見下ろしていた女性。彼女は門扉をすり抜け直接建物へ、どこかの窓まで移動しドンドンと叩いている。どこの窓? 1階のリビングや風呂場、あるいは人外の彼女は宙に浮き彼の部屋の窓を開けろ開けろと叩いている。家族はそれに気づいているのだろうか。少年が他人に問いかけているとすれば彼以外は寝静まっているかもしれない。前回と繋がるストーリーができあがった。

 でもそれだけだ。

 続きもののように件名を派生させていく迷惑メールは他にも多々ある。これが他と違うのはホラーテイストであることの1点だけ。

 一応今回もメールを開いてみたが文字はなく非表示の画像のみ。当然触らない。しかし面白みを感じたので、またメールを分けて保存しておいた。

 2通目が来たということは今後も同じメール作者から続編が送られてくる可能性がある。この日から毎晩のメールチェックにささやかな楽しみができた。

 だが何日経っても続きは一向に送られてこなかった。



 またしても2週間程経った頃だ。

 もうメールは来ないだろうと俺は半ば諦めていた。あれは送信者の単なる気まぐれで、それを異質で特別なものだと勝手に思っていただけか。自分が馬鹿らしくなる。仕事のスレトスも相まってため息は増えるばかり。

 脳が煮詰まり手は動かないまま休憩時間を迎えた。毎日コンビニで済ませてしまうが今日は気分を変えるためにお気に入りのカレー屋へ後輩を連れていこう。隣の新人に声をかけ席を立ったが固まる。

 店の定休日はいつだ? 今日は水曜日。休みは木曜か水曜のどちらかだった。

――思い出せない。もういい、スマホで調べよう。グーグルマップじゃダメだ、無関係者の編集した情報は間違いがある。正しい情報を求め店のホームページ兼ブログを開いた。

 ネパール人の若い店主が苦手を押して勉強の末に作ったのだろう、平易な装飾と簡潔な情報、言い回しが独特の日本語で店の日常を淡々と綴る日記が哀愁を誘うシンプルなサイトだ。営業時間は一番下に記載されていた。……ああ木曜か、ならすぐに行こう。

 音を鳴らし急かす腹を無視して目が止まる。

 無料ブログに運営会社が貼り付ける広告。サイドバーやヘッダーに表示されるそれらを意識したことなんて一度もなかった。

 スクロールしたとき画面下部に現れる最も厄介な横長の広告。表示されたのはいかがわしいゲームでも怪しい美容品でもなく、文章だった。


『僕の部屋で踊っている女の人は誰ですか?』


 無機質なゴシックフォントでそう書かれている。背景は白、文字は黒。画像の角に消すボタンはない。そっと長押ししてみると他の広告同様、どこかのリンクが出てきた。英語でもローマ字でもないアルファベットの羅列。末尾は「.jp」だが……と思わず「サイトを表示」をタッチする寸前で指を引っ込めた。


「どうしたんすか先輩。メシ行かないんすか?」

 呼びかけに驚き肩が跳ねた。

 2、3分の間硬直していたらしい。

「あ……あーいや行く、あとで。ちょっとやること思い出した、から、これ終わらせてから行くわ。奢るのはまた今度で、すまん」

「え~? まぁいいっすけど、次は頼みますよ」

「おう……」

 部屋を出ていく後輩に苦々しく笑い返し、スマホへ視線を落とす。

 広告はまだ表示されている。

 以前の2通の迷惑メールと同じものだと直感的に思った。

 また文面が変わっている。”僕”に女性が近づいている。それどころかとうとう部屋の中に、いる。ただいるだけじゃない。なぜか踊っている。知らない女性が自室にいるだけで十分気持ち悪いのにそのうえさらに踊っている。髪を振り乱し服をはだけて汗を散らす姿を思い浮かべて、慌ててすぐ脳内から消した。

 なぜだかわからないがその女性は泣きながら笑っていたから。


 次の日、俺は高熱を出して会社を休んだ。病院に行ったが検査結果はインフルでもコロナでもなかった。原因不明だという。

 結局カレー屋には行ってない。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ