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鮫島さんは否定形で全肯定。  作者: 河津田 眞紀@第一回Nola原作大賞早期受賞×2作
第四章 二番目の呪い

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一番になりたくて



 ──しばらく未空は、逃げるように無言で歩き続けた。

 そうして、本館と別館を繋ぐ外廊下に辿り着いたところで、ようやく足を止めた。


 野鳥の囀りと、中庭の池に水が落ちる涼やかな音が響く。

 それらに紛れるように、


「……なんで、あんなこと言うの?」


 ぽつりと、未空が呟いた。

 そして、雷華の方を振り返ると、


「おばあちゃんもお姉ちゃんも、びっくりしてた。次女の私に女将になる資格なんてないんだから……いい加減、小学生みたいなこと言うのやめてよ」


 そう、語気を強めて言った。


 未空がこれほどまでに感情的になっているのを、海斗は初めて目にした。

 だからこそ、雷華の言葉が真実なのだと悟る。

 いつもクールな未空が苛立ちを露わにする程に、彼女の中には『女将になりたい』という強い想いがあるのだ。


 しかし、未空の本心が垣間見えたのはその一瞬だけだった。

 海斗たちの驚いた顔を見て、未空はハッと我に返り、


「ご、ごめん、大きな声出して。こんなことでムキになるなんて……小学生みたいなのは、私の方だよね。あはは……」


 そう言って、笑う。

 困った時程そうして笑う未空のことを、海斗は『大人で余裕のある性格』だと思っていた。

 しかし、今は……

 何もかもを諦めたような、乾いた笑みに見えた。


「……『こんなこと』じゃ、ないだろ」


 海斗は、静かな声音で言う。


「弓弦にとって大切なことだから、怒ったんだよな。なら、無理に誤魔化さなくていい。そうでなくとも、最近の弓弦はいろいろ気を遣って遠慮しているんじゃないかって、鮫島も八千草も心配していたんだ。たまには本音を見せてくれた方が、二人も安心すると思う」


 未空が「え……」と掠れた声を上げると、翠はもじもじと指を合わせながら、


「み、未空ちゃん、最近わざと雷華ちゃんから離れていたでしょ? わたしと雷華ちゃんが仲良くなれるようにって……ごめんね。わたしがコミュ障の元引きこもりだから、未空ちゃんに気を遣わせちゃって……」

「違うよ、そんなんじゃない。私はただ……」

「そうよ、翠は悪くない。未空が勝手に思い込んで、勝手に離れただけ」


 未空の言葉を遮るように、雷華が言う。


「昔からそう。なんでも先回りして考えて、本気で向き合う前にすっと身を引くの。自分の気持ちはいつも後回し。どーせ『幼馴染の自分と一緒じゃ雷華も新しいお友だちを作り辛いだろう』とかって思ったんでしょ?」

「それは……」

「女将のこともそう。次女だから女将になる資格はないって、先回りして諦めてる。本当はなりたいって、家族に本気で話したことあるの?」


 未空は唇を噛み締め、俯く。

 その顔を、雷華は覗き込み、


「今日の未空を見てわかった。やっぱり未空は、女将の仕事が好きなんでしょ? そう感じたのは、あたしだけじゃないはずよ」


 海斗と翠は小さく頷き、同意を示す。

 未空がこの旅館を愛し、客をもてなす仕事に誇りを持っていることは、今日の案内を見れば明らかだった。


「一度、家族に話してみなよ。未空だって好きで二番目に生まれたんじゃない。女将になりたい気持ちがあるってことを知ってもらった方が……」

「言ったって変わらないよ!」


 未空が、大きな声で遮る。

 そして、暗い顔で俯きながら、呟くように続ける。


「……昔、おばあちゃんとおじいちゃんが話しているのを聞いちゃったの。『未空は二番目だから女将にはなれないし、好きなようにさせてやろう』って。『初実に才能がなかった時の予備にはなるかもしれないけど』って……冗談っぽく笑っていたけど、本心だったと思う」


 言って、笑う。

 自分を嘲笑うように、何もかもを諦めたように。


「どんなに本音を叫んでも、お姉ちゃんが次の女将になる未来は変わらない。私は次女で……『予備の二番目』だから」


 それを聞き、海斗は理解する。


『予備の二番目』。

 その言葉は、こうした経緯で未空の心に刻まれ、ずっと彼女を縛り付けてきたのだ。


 自分は一番にはなれない、なるべきではないと思い込み、あらゆる場面で彼女の言動にブレーキをかけている。

 まるで……『呪い』のように。


「……だから、私は一生二番でいればいいって、そう思っているの?」


 雷華が、震える声で問う。


「何番目に生まれようが、未空は未空じゃない。やりたいことがあれば一番を目指していいし、二番目はイヤだって叫んでもいい。だって、未空の人生でしょ?」


 そして、雷華は未空の両肩を掴み、言う。


「頑張って努力した結果二番になるのと、最初から諦めて二番になるのは違うじゃない。大人なふりして、傷付いていないふりして、勝手に自分の立ち位置を決めつけるのはもうやめてよ」

「雷華……」

「未空がどんなに『二番目』でいようとしても……あたしの『一番』の理解者は、間違いなく未空なんだからね。これまでも、これからも!」


 その言葉に、未空の目が大きく見開かれる。


「……いち、ばん?」

「そう!」

「……これからも?」

「そうだよ! どんなに友だちが増えても、未空はあたしの一番! だから、ヘンな気を遣って勝手に離れるのはやめて。未空がどこに逃げたって、地の果てまで追いかけてやるから!」


 叫んだ直後、雷華は未空を抱き締め、泣き出した。

 未空は、放心したような顔をして……雷華の背中にそっと腕を回す。


「……一番になることが全てじゃないって、思おうとしてた」


 そして、独り言のように語り始める。


「一番になれなくても……女将になれなくても、旅館で働く方法はあるって、自分に言い聞かせてきた。でも、本当は……自分の好きなことでは、やっぱり、一番になりたくて」


 切れ長の瞳の端から、ぽろっと、一筋の涙が溢れる。


「雷華に友だちがたくさんできて、近くにいられなくなったとしても、雷華が幸せならそれでいいと思った……一番じゃなくても、友だちでいることに変わりはないし、雷華の幸せを邪魔したくないから。だけど……本当は寂しかった。離れたくなかった。雷華のこと……一番の親友だと思っているから」


 涙を溢しながら、ぽつりぽつりと、未空は本当の気持ちを吐露する。


「……いいのかな。一番になりたいって、思っても」


 うわ言のような問いかけに、雷華は抱き締める腕にさらに力を込める。


「そんなの、いいに決まってるっ……未空は、なりたい自分になっていいんだよ……っ」


 その背中を、未空はぎゅっと抱き締め返す。


「……私、本当はすごくわがままだよ?」

「いいよ……っ」

「雷華の意見を否定して、自分の意見を貫くかもよ? それでもいい? 嫌いにならない?」

「なるわけないじゃん!」

「かき氷も、自分が食べたいやつを迷いなく選んじゃうけど……それでもいい?」

「それは…………っ、うぅ」

「そこは迷うのかよ」


 と、海斗が思わずツッコむと、未空が「ぶっ」と吹き出した。

 それにつられるように、雷華も笑い出す。そうして、抱き合いながら泣き笑いする二人を、海斗と翠は顔を見合わせて眺めた。


「……いいなぁ。こういう友だちがいるって」


 ふと、翠が呟いたのを、二人は目敏く聞きつける。


「何言ってんの? 翠はいま『一番』仲良くなりたい友だちなんだけど!」

「私にとっては、一緒に雷華の手綱を握ってくれる『一番』の同志、かな」

「手綱ってなによ!」

「ふふ。とりあえず、翠ちゃんもこっちにおいでってこと」


 そう言って、未空が手招きする。

 翠は目を見開いてから、嬉しそうに頬を緩め……


「……おじゃましますっ」


 雷華と未空に駆け寄り、手を広げ抱きついた。


 身体を寄せ合い、楽しそうに笑う三人。

 それを、海斗が微笑ましく見つめていると、


「……なによ、混ざりたいの? ふふん、両手に花でいいでしょー」


 と、雷華が未空と翠の腕を引き寄せながら、見せつけるように言う。

 確かに、美少女二人囲まれているその状況は『両手に花』と言うに値するが……


(……俺からすれば、お前も十分『可憐な花』なんだけどな)


 という言葉はさすがにキザすぎて口にできず、海斗は静かに首を振る。


「いや。いつか弓弦が旅館の女将になったら、こうして遊びに来れたらなって思っただけだ」


 しかし、今度は未空が首を横に振る。


「残念ながら、それだけは本当に叶わないんだ。お姉ちゃんは随分前から修行を初めているし、大学で経営学も学んでいる。今さら私がなりたいと言ったところで、家の方針は……」

「だけど、『旅館』はここだけじゃないよな?」


 未空の言葉を、海斗が遮る。


「確かに『つるや旅館』の女将になることは難しいかもしれない。でも、『旅館の女将』になることはできるはずだ。旅館は日本中にあるし、なんなら自分の旅館を立ち上げることもできる。そう簡単なことじゃないとは思うが……諦めるのは、まだ早いだろ?」


 海斗の提言に……未空は、ぱちくりと瞬きをし、


「……目から鱗が落ちるとはこのことだね。そんな当たり前のことに、どうして今まで気付かなかったんだろう」


 そう、呆けたように言う。

 その隣で、雷華は得意げに胸を反らし、


「あたしは気付いていたわよ? だから『"つるや旅館の"女将』とは言わなかったんだもん」

「ほんとかなぁ? あやしい……」

「翠、なんか言った?」


 目を逸らす翠と、睨み付ける雷華。

 未空は「あはは」と笑って、


「……ありがとう、温森くん。君の言う通り、諦めるのは早いよね。お母さんやおばあちゃんに話して、私も女将の修行を受けさせてもらおうと思うよ」

「あぁ、それがいい。応援してるぞ」

「うん。今日、みんなが来てくれて本当によかった。本音で話すことで見えてくるものが、こんなにもあるんだね。雷華も翠ちゃんも、ありがとう。私、いつかきっと素敵な旅館の女将になるから。みんなは最初のお客さんになってね」


 はにかんだように微笑む未空。

 その笑みからは、もう諦めも自嘲も感じられなかった。


「楽しみにしてるよ。と、言いたいところだが……その時にも俺は混ぜてもらえないのか? 鮫島」


 なんて、海斗が冗談混じりに尋ねると……

 雷華は、むっと唇を尖らせて、


「……いや、仕方ないから混ぜてあげる。あたしの荷物持ちになる覚悟があるならね!」


 頬を淡く染めながら、海斗の言葉を否定した。

 

 

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