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鮫島さんは否定形で全肯定。  作者: 河津田 眞紀@第一回Nola原作大賞早期受賞×2作
第四章 二番目の呪い

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最上級のおもてなし



 翌週の、週末。

 海斗は、雷華と翠と共に、坂道を上っていた。


 初夏の日差しを受け、キラキラと輝く新緑の向こう。高台に聳え立つ荘厳な木造建築が見えてくる。


 藍山市を代表する老舗高級宿、『つるや旅館』である。



「ひゃー。何度見ても圧巻ね」


 その建物を見上げ、雷華が言う。

 後ろで、やや遅れ気味に坂を上る翠も目を輝かせ、


「ほ、ほんとだ、映画に出てきそう……とりあえず写真を……うわわっ」


 持参した一眼レフカメラを構えようとしたところで、つんっと躓くが……

 地面に倒れ込む前に、何とか持ち堪えた。


「もー、歩きながらカメラ構えるからよ」

「八千草、大丈夫か?」

「だ、大丈夫。想像以上にすごくて足が震えちゃった……あれが、未空ちゃん家の旅館なんだね」


 翠は今一度、『つるや旅館』を見上げる。

 それにつられるように、海斗も目を向け……


「あぁ……本当にすごいな」


 祖父母の思い出の地に足を踏み入れる緊張を、その声に滲ませた。




『つるや旅館』の正面玄関に辿り着くと、スーツを着た男性従業員が深々と頭を下げた。


「未空さんのご友人ですね。ようこそいらっしゃいました」


 そう言って、まるで宿泊客を迎えるような丁寧さで三人を誘導する。

 純和風な建物なのに、従業員はスーツ姿であることを海斗は意外に思うが、エントランスに入った瞬間、その疑問は全て吹き飛んだ。


 年季を感じさせる木の柱に白い壁。

 頭上には煌びやかなシャンデリア。

 広いロビーにはワインレッドの絨毯が敷かれ、西洋風の椅子やテーブルが置かれている。


 純和風な外観と打って変わって、内装はクラシックな和洋折衷の雰囲気に溢れていた。

 海斗が感嘆を漏らし見回すと、ロビーに置かれた巨大な振り子時計が「ボーン」と鳴り、深みのある音で午前十一時を告げた。


「すごい……これって、いわゆる『大正ロマン』?」


 眼鏡の奥の瞳を光らせ、翠が呟いた、その時。


「あはは。うちの創業は明治後期なんだ。だから、『明治モダン』かな?」


 背後から、爽やかな声がした。

 振り返ると、従業員と同じパンツスーツに身を包んだ未空と、着物を着た黒髪の女性が立っていた。


「みんな、わざわざ来てくれてありがとうね。こっちは私の母で、この旅館の女将だよ」


 未空の紹介を受け、着物の女性──未空の母親が、たおやかな笑みを浮かべる。


「本日は『つるや旅館』へようこそいらっしゃいました。雷華ちゃんもお久しぶり。ますます美人さんになったわね。元気そうでよかったわ」

「お久しぶりです。相変わらず未空にはお世話になっています」

「うふふ、それはお互い様よ。あまり時間が取れなくて申し訳ないけど、今ならお客さまが少ない時間帯なので、みなさん好きなように見て行ってくださいね」


 海斗も挨拶しようと口を開きかけるが、それよりも早く、


「あなたが、温森海斗さんですね?」


 先に女将に名を呼ばれ、海斗は驚きながら「はい」と返事する。


「未空から話は聞いています。おじいさまとおばあさまが新婚旅行で当館をご利用くださったそうで、本当にありがとうございます。宿泊名簿を確認したら、確かに御林様のお名前がありましたよ。おばあさまの満子さまにも、ぜひお礼をお伝えくださいね」


 女将の言葉に、海斗は開いた口が塞がらなかった。

『満子』というのは、間違いなく海斗の祖母の名だ。未空から話を聞き、本当に過去の名簿を探したのだろう。

 宿泊したのは五十年以上前のはずだが……わざわざ遡り、確認してくれたようだ。


 驚きのあまり気の利いた挨拶も浮かばず、海斗が「ありがとうございます」とだけ返すと、女将は続けて、


「そして、八千草翠さん。未空から聞いている通り、可愛らしいお嬢さんですね。ここへ来るまでに、長い坂道を上らなければならなかったでしょう? ご足労をおかけしましたね。お怪我などされませんでしたか?」


 と、翠の顔を覗き込む。

 翠は、「えっと……」と目を泳がせてから、


「その……転びそうになったけど、なんとか大丈夫でした。すみません……」

「まぁ、それはよかったです。これ、絆創膏。必要があれば使ってくださいね」


 そう言って、女将は着物の裾から絆創膏を取り出す。翠が転びやすいことを未空から聞き、あらかじめ用意していたのだろう。


 翠は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で絆創膏を受け取り、海斗同様「ありがとうございます……」としか返せなかった。


 女将は優しく目を細め、皆を見回すと、


「では、私はこの辺で。あとの案内は未空に任せますね。貴重な取材先に当館を選んでいただけたこと、あらためてお礼申し上げます。みなさんの発表が、無事に成功しますように」


 にこっと優美な笑みを残し、フロントの向こうへ去って行った。


 今のやり取りだけで、海斗はここが如何に素晴らしい旅館で、どうして祖父母が気に入ったのか理解した。

 未空の友人が訪問するというだけで、この気遣いと準備。きっと宿泊客に対しても、一人ひとりに合わせたもてなしをしているのだろう。


(弓弦の面倒見の良さの理由が、わかった気がするな……)


 そんなことを考えながら、海斗は未空の後に続いて、『つるや旅館』の見学を始めた。

 

 

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