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鮫島さんは否定形で全肯定。  作者: 河津田 眞紀@第一回Nola原作大賞早期受賞×2作
第三章 神絵師の呪い

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現実は漫画よりも奇なり



 ──それから。

『くまだ青果店』の店主に事の顛末を報告し、四人は約束の報酬を受け取った。



「んんーっ。ひと仕事終えた後の冷凍パインは格別ね!」


 と、満面の笑みでそれを頬張る雷華。

 彼女の満足そうな顔に、海斗は思わず笑みを溢す。


「結局、取材どころじゃなくなっちゃったね。お昼時でどこも忙しそうだし、取材はまた今度にしよっか」


 本日二本目の冷凍パインを齧りながら、未空が苦笑いする。

 彼女の言う通り、商店街のメインストリートには人通りが増えていた。

 さらに言えば、『親方』を見つけたという達成感に満たされてしまったため、今から「取材しよう」という気にもならない雰囲気であった。


「……しかし、今日は八千草に助けられてばかりだったな。八千草がいなければ、『親方』は発見出来なかったはずだ」


 冷凍チョコバナナの最後の一口を飲み込み、海斗が言う。

 取材のため、そして打ち解けるために来てもらったが、結局は翠に頼りっぱなしであった。


 海斗の言葉に賛同するように、未空も頷く。


「うんうん。雷華のお母さんも『頼もしいお友だち』だって言ってたよ。ほんと、翠ちゃんが来てくれてよかった」

「んっふっふ。あたしたちはもう親公認の仲……連絡先も交換したし、完全にお友だちね!」


 と、雷華が少々重い発言をするが、翠は慌てて手を振り、


「た、頼もしいだなんてそんな……たまたま猫に詳しかっただけだし」

「いいや。『親方』がメスで妊娠している可能性があることも、鮫島が猫アレルギーであることも、言い当てたのは八千草だ。知識があったとしても、状況を観察する力がなければこの結論には至らなかっただろう」

「そうだね。翠ちゃんって周りをよく見ているなって、一緒にいてすごく感じたよ。落ち着いているし、とても頼もしかった」

「そういう観察力が画力に直結しているのかもな。普段から周囲の事象を注意深く見ているからこそ、リアリティのあるイラストが描けるのだろう」


 海斗が腕を組みながらそう分析するが、それを聞いた翠は立ち止まり、


「…………違う」


 と、酷く低い声で呟く。

 三人も思わず足を止め、翠の方を振り返る。


「……違うよ。わたしは、本当に……ダメダメ人間なの」


 冷凍チョコバナナの串を、きゅっと握りしめ……

 雑踏に紛れてしまいそうな声で、翠は言う。


「……わたしね、本当はイラストレーターじゃなくて、漫画家になりたいの。前にイラストの仕事をもらった編集さんがチャンスをくれたから、学校も行かずに漫画を描き上げたんだけど……『登場人物の言動や心理描写にリアリティがない』って、ボツにされちゃった。だから全然、観察力なんてないよ」


 その言葉に、海斗はハッとなる。

 今朝、彼女を取材に誘った時、『実際に見て描いた方がリアリティが出る』という説得に反応していたのは、こうした背景があったからなのかもしれない。


「人物のリアルな心情を描くことなんてできるはずなかった。だって、ずっと独りだったんだもん。ドジでノロマで、すぐ転ぶポンコツ。だから……小学生の頃からずっと、仲間外れだった」


 暗い表情で俯く翠。

 未空が「仲間外れって?」と聞き返すと……翠は、独り言のように、過去を語り始めた。


「……ケイドロもドッジボールも、わたしのせいで負けるから、仲間に入れてもらえなかった。

 でも絵だけは描けたから、『翠ちゃんは漫画描いておいて』って、教室に一人残って描いてた。

 毎日、毎日、毎日、毎日。

 ゲームに出てくるモンスターを百種類ぜんぶ描くまで帰っちゃだめ、なんて言われたこともあった。

 だけど、完成した絵を見せると、みんな喜んでくれた。

『すごい』って褒めてくれた。

 それが嬉しくて、毎日描いた。

 ただ黙々と、独りで」


 微かに震える、翠の声。

 当時の彼女の気持ちを考えるだけで、海斗は胸が強く締め付けられた。


 独りでいる寂しさは、痛い程にわかる。

 そしてそれは……雷華も同じだった。


「……本当に、絵しか描いてこなかった。それ以外、なにもできないから。今日はたまたまうまくいっただけ。一緒にいれば、いつかあなたたちにも必ず迷惑をかける。人と話すのも、運動も、細かな作業も苦手なわたしが生きていくには、絵しかないの。将来、一人でも食べていけるように、もっと練習しなきゃ。そのために、学校も辞める。でも、安心して。今回の発表に必要な絵だけは描く。だから……」

「だから、何?」


 俯く翠の言葉を、雷華が遮る。

 そのまま、雷華は翠の顔を覗き込み、


「だから、漫画家になるのは諦めるし、もうあたしたちとは関わらない、なんて言わないわよね?」


 そう、問いかけた。

 図星だったのか、翠はぐっと言葉を詰まらせる。


 黙り込む翠に、雷華は……ふっと笑って、


「あたし、思うんだけどさ。翠を『ダメ人間』ってキャラ付けしているのって、他でもない翠自身なんじゃない?」


 そう言われ、翠は「え……?」と聞き返す。

 雷華は「だって」と続けて、


「気付いてた? あんた、猫を探している間、一回も転ばなかったのよ? 話し方も堂々として落ち着いていた。それって、自分が『ダメ人間』だっていう"設定"を忘れていたからじゃない?」


 それを聞き、海斗は納得する。


 雷華の言う通り、猫を捜索している最中の翠は、『ダメ人間』からはかけ離れた頼もしさを発揮していた。

 要するに翠は、自身を『ダメ人間』なのだと思い込むあまり、無意識の内に『ダメ人間』らしい言動を取っていたのだろう。


 傍から見れば滑稽な思い込みだが、つい先日まで「イエスマンでいるべきだ」と思い込んでいた海斗には、翠の気持ちが深く理解できた。

 これ以上、他者に否定され傷付かないように、先回りして自分で自分を否定する……一種の防衛行動なのだ。


 その事実を指摘され、翠はふるふると首を横に振る。


「ちがう……わたしは本当に、ポンコツな『ダメ人間』で……!」

「ていうか、『ダメ人間』でもいいよ。本当にポンコツだとしても、それが翠なんでしょ? だったらなおさら、それはあたしたちから離れる理由にはならないわ」

「……どういうこと?」

「そういうところもひっくるめて、翠と仲良くなりたいってこと。運動音痴な人や、蝶々結びができない人は友だちになっちゃいけないなんて決まりがどこにあるの?」


 眼鏡の向こうの翠の目が、はっと大きく見開かれる。

 それは翠にとって、一番必要としていたセリフなのではないかと、海斗は思う。


 本当なら、友だちになるのに条件などいらないはずなのだ。

 不器用でも、鈍臭くても、それでも一緒にいたいと思えるのが友だちであろう。

 そんな当たり前のことを、翠は恐らく初めて投げかけられたのだ。


 翠は、ぱちくりと瞬きをして、掠れた声で聞き返す。


「な……なんで? なんで、わたしなんかと、仲良くなりたいって思うの?」

「うーん。面白いから?」

「お、おもしろい?」

「うん。翠ってあたしと全然タイプが違うし、あんな絵が描けるなんて、世界がどんな風に見えてるんだろーって思うし、大人しそうな顔して意外とえっちな絵も描くんだなーって……」

「うわぁあああ! それはもうやめて!」


 顔から湯気を噴き出しながら、手をバタバタさせる翠。

 しかし雷華は、不敵に笑い、


「ふふ。普段は無表情なのにこうして取り乱すのも面白いわ。例え家に引きこもろうとも、あたしは何度でもこのネタであんたを引き摺り出すから。逃げられるとは思わないことね!」


 と、感動的なセリフをすべて台無しにする。

 やはり組長の素質があるなと海斗は思うが、


「だから……次の取材も、必ず来てよね。そうしたら、『登場人物の心情のリアリティ』ってやつの勉強にもなるでしょ? あたし、翠が描く漫画、読んでみたいもん。一回の失敗で諦めるなんてもったいないわよ」


 という雷華のセリフを聞き、海斗は未空と顔を見合わせ、笑う。

 強引なところもあるが、やはり雷華はどこまでもお節介で、思いやり深い性格だ。


 泣きそうな顔で唇を噛み締める翠に、海斗は肩を竦め、言う。


「組長もこう言っていることだし、本当に嫌じゃなければ、また取材に同行してくれると嬉しい。八千草に紹介したい店が、まだまだたくさんあるんだ」

「って、組長じゃなくて隊長!」

「組長だろう。脅すような言い方ばかりして」

「してないっ!」

「してる」

「してないったらしてない!」

「……そうだな、鮫島はただ八千草とお友だちになりたくて必死だっただけだもんな」

「なっ……別に必死じゃないし!」

「八千草をなんとか連れ出したくて、わざと悪者のような役回りを演じていたんだよな?」

「違うわよ! 弱み握って無理矢理言うこと聞かせようとしただけ!」

「やっぱり組長じゃないか」

「ちがーうっ!」


 ……という、まるで生産性のない会話を繰り広げる二人。

 もはやお馴染みとなりつつあるやり取りに、未空が呆れ切ったため息をつく横で、


「……変なの。仲が良いのか悪いのか、まるでわからない。いつもこんなかんじなの?」


 否定と肯定の奇妙な応酬に、翠は狐に摘まれたような顔をする。

 その顔を見て、未空は翠に雷華の呪いについて話していなかったことを思い出し、


「……翠ちゃん。実はね──」


 せっかくの機会なので、未空は雷華にかけられた『否定の呪い』について説明した。




「──まさか、そんな呪いがあるなんて……」


 話を聞き終えた翠は、いまだ否定と肯定の不毛なやりとりを続ける雷華たちをぽかんと見つめる。

 至極当然な反応に、未空は苦笑いをして、


「信じられないよね、こんな話。それこそリアリティがないし……」

「面白い」

「え?」


 翠の眼鏡の端がきらんっと光ったように見え、未空は目を点にする。


「現実は漫画よりも奇なり……二人を観察すれば、トリッキーかつリアリティのあるラブコメ作品が描けるかもしれない……」


 そんなことをぶつぶつ呟くと、翠はスタスタと雷華に近付き、



「雷華ちゃん。わたしと、お友だちになって」



 すっ、と手を差し出しながら。

 あっさり、友好宣言をした。


 その変わり身の早さに、呆然とする未空と海斗。

 しかし、当の雷華は漫画云々の呟きが聞こえなかったのか、瞳を潤ませながら差し出された手をバッと取り、


「うんっ! 一緒に服買いに行ったり、映えスポットで写真撮ったり、通話で夜通し恋バナしたりしようね!」

「それは嫌」

「えぇぇー?!」


 雷華なりの『友だちらしい付き合い』をバッサリ拒否られ、がーんと絶望する雷華だが……

 海斗は、無表情に見える翠の顔に、ほんの少し照れが滲んでいることに気が付く。

 どうやら、『漫画のため』というのは口実らしい。


『雷華のような友だちがいてくれるなら、学校に行ってみてもいいかもしれない』


 きっと、そんな希望が翠の中で生まれ、その手を取る勇気になったのだろう。

 少々乱暴なやり方ではあったが……翠の心の扉を開くことができたようだ。


 海斗は、『お友だち作り隊』の隊員その一として、


「……とりあえず、作戦は成功、かな」


 そう呟き、嬉しそうに笑う隊長を、静かに祝福するのだった。

 

 

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