二人きりの朝食
海斗は雷華を自宅に上げ、彼女が持参したパンをちゃぶ台に広げた。
香ばしい香りを放つ、多種多様な焼きたてパン……その豪勢な眺めに、海斗は興奮と感謝を覚えながら、ありがたく食した。
パンはどれも絶品だったが、向かいに座る雷華との会話は皆無で、とてもじゃないが良い雰囲気とは言えなかった。
無理もない。海斗が何かを口にすれば、たちまち雷華に否定されてしまう。
それを海斗が受け入れようものなら、また終わらない否定と肯定の応酬が続き、食事どころではなくなってしまう。
レフェリーである未空がいない今、下手に仕掛けない方が得策であると海斗は判断した。
(とはいえ、何も喋らずにいるのは、正直もったいない気がするな……この家で誰かと食事するのは久しぶりだし)
サメあんぱんを頬張りながら、海斗は雷華を見つめる。
何とも幸せそうな顔でサメクリームパンにかぶり付いており、いくら見ていても飽きない愛らしさを放っていた。
……やはり、雷華は可愛い。
誰がどう見ても美少女だ。
こうして黙っていると尚更、その可愛さが際立つ。
けれど……
(俺は……たとえ否定だらけであっても、元気に喋っている鮫島の方が……可愛いと思うな)
しかし、クラスメイトたちは、そんな雷華の本性を知らない。
クラスでの雷華はめったに声を発さない、孤高で近寄りがたい雰囲気を醸し出しているから。
彼女の怒鳴り声も、恥じらう顔も、真剣な眼差しも、俺しか知らない。
そう考えると、海斗は、言いようのない優越感みたいなもので満たされ……
しかし、それに浸ってはいけないと、慌てて首を横に振った。
「……なにプルプルしてんのよ」
と、向かいに座る雷華に言われ、海斗はハッとなる。
そして、気付く。
不審げにこちらを見る彼女の口の端に……クリームが付いていることに。
鮫島。ここ、クリームが付いてるぞ。
そう伝えようと、口を開きかけるが……
(……いや、そのまま伝えたところで、「はぁ?! 付いてないし!」という否定が返ってくることは明白。ここはおとなしく……)
海斗は、無言のまま手を伸ばすと……
親指の腹で、そっと、口のクリームを拭ってやった。
少し掠めた唇が思いのほか柔らかくて、海斗はドキッとする。同時に、思い切ったことをしてしまったと、今更ながらに焦る。
突然距離を詰められ、唇の端を撫でられた雷華は、温度計のごとく沸々と顔を赤らめ……
「なっ……なななな、なにを……?!」
と、パニックに陥る。
どうやら、クリームを拭われたことに気付いていないらしい。
海斗は、クリームの付いた親指を無言で突き付けた。
それを見た雷華は、ようやく海斗の行動の意味を理解し……
「は……はぁ?! そんなん付いてないし!」
「って、結局そう言うのかよ」
どうあっても否定される運命を悟り、海斗は思わずツッコむのだった。




