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鮫島さんは否定形で全肯定。  作者: 河津田 眞紀@第一回Nola原作大賞早期受賞×2作
第二章 イエスマンの呪い

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桜の香り



 ──翌日。


「……ん」


 昼休み。

 海斗がいつものように中庭で一人『パンの耳弁当』を食べていると、目の前に雷華が現れ、トートバッグを差し出してきた。


「……なんだ、それは」

「知らない」

「知らないわけがないだろう。俺にくれるのか?」

「あげない」

「えぇ……」


 相変わらずの否定の嵐に、海斗がどうしたものかと困っていると、


「温森くん。いいから受け取って、中身見て」


 隣にいる未空がこそっと助け舟を出す。

 海斗は戸惑いながらも、雷華から差し出されたバッグを受け取り、中身をあらためた。

 すると、


「こっ、これは……!」


 カレーパンにメロンパン。

 ピザパンにチョココロネ。

 そして、デフォルメされたサメの形のパン。


 間違いない。

 海斗が足繁く通うパン屋『ハンマーヘッド』の人気商品の詰め合わせだ。


「お母さんにあんたの話をしたら、持っていけって渡されたの。形が悪かったり、ちょっと焦げちゃって店に並べられなかったやつだけど……味は保証する」


 ツンと顔を背ける雷華。

 海斗はぽかんと口を開け、雷華とパンを交互に見つめた後……

 目の端に涙を光らせながら、ぎゅっとパンを抱きしめた。


「ありがとう、ありがとう……こんなにたくさん、夢のようだ。帰ったら冷凍保存して、毎日ひとかけずつ解凍して大事に大事に食べるよ……」

「はぁ?! ダメよ、今すぐ食べて! そんな大事にしなくったって、これから毎日持ってくるんだから!」

「……え? 毎日?」


 海斗が聞き返すと、雷華ははっと顔を赤らめ、未空の背後に素早く隠れた。

 未空は「あはは」と笑って通訳する。


「温森くんがパンの耳しか食べていないのが心配なんだって。それでお母さんに話したら、お店に出せないやつで良ければいくらでも持ってけって言ってくれたみたい。だから、これからは一緒にお昼を食べようよ。……って、雷華は言いたいみたい」

「余計なことまで言わないで!」


 背後に隠れたまま声だけで抗議する雷華。

 海斗はその厚意を嬉しく思いつつも、やはり申し訳ない気持ちの方が勝り、「しかし……」と言いかけるが、


「い、言っとくけど、お金はいらないからね。どうせ捨てることになる商品なんだから、こっちとしては食べてもらえるだけありがたいの。食品ロスの削減および環境保護に貢献するつもりで、ありがたく食べなさい!」


 と、未空の背中から目だけを覗かせて言う。

 未空は肩を竦ませ、困ったように笑い、


「そういうことだから、断っても無駄だよ。雷華は廃棄するパンを減らせるし、温森くんはお腹いっぱい食べることができる。私としても、お昼を一緒に過ごせば発表についての相談が進むからありがたい。全員の利害が一致する、良い案だと思わない?」


 そんな風に聞かれては、もう「はい」と答えるしかなかった。

 退路を断つような未空の提案に、海斗は降伏のため息をつく。


「……わかった。では、ありがたくいただくことにするよ。本当にありがとうな、鮫島」


 未だ未空の後ろに隠れる雷華に言うと、彼女はやはり目だけを覗かせ、


「別にあんたのためじゃないわよ! それに、お礼を言うなら食べてからにしてくれる? お母さんから味の感想聞いてこいって言われてるんだから!」

「『遠慮せずに早く召し上がれ』、って意味だよ」

「未空!」


 恨めしそうな雷華の声に、海斗は思わず笑みをこぼす。

 そして彼女の言葉に甘え、早速いただくことにする。


 正直、漂う匂いだけで空腹が掻き立てられて堪らなかった。

 逸る気持ちを抑え、ビニール袋に包まれたパンを丁寧に取り出す。


 手にしたのは、サメの形のあんぱんだ。

 客のほとんどが買って行く『ハンマーヘッド』の看板商品。

 いつか食べてみたいと、ずっと思っていた。


「……いただきます」


 胸を高鳴らせ、海斗は大事に一口、頬張る。

 その瞬間、花の香りがふわりと鼻を抜けた。

 中身はピンク色の桜あん。

 見た目ではわからなかったが、今月の限定商品だ。


 桜の葉を練り込んだ甘塩っぱいあんと、バターの風味が広がるふわふわな生地……

 あまりの美味しさに、海斗の頬がきゅっと切なくなる。頬が落ちるとはこのことだった。


「ど、どうなのよ……なんとか言いなさいよ」


 目を閉じ無言で食べる海斗に、雷華は恐る恐る感想を尋ねる。

 海斗はじっくり味わってから、真剣な眼差しでこう答えた。


「……宇宙一美味い。鮫島、毎日食わせてくれ」

「あはは。なんかプロポーズみたいだね」

「なっ! み、未空!?」


 中庭に響く、雷華の絶叫。

 静かで落ち着けるからとこの場所を選んだはずが、今後は静けさとは無縁の昼休みになりそうだ。


 そのことが嬉しいような、こそばゆいような気持ちになり……

 海斗は赤く染まった雷華の顔を見つめ、小さく笑った。

 

 

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