第8話『魔法使いだなんて、知らなければ良かったな』
世界は変わってゆく。
「え!? もう結婚されるんですか!?」
「はい。その方が、色々と都合も良いですから」
「で、でも、王妃って大変って聞きましたよ? 私にも何か出来る事はありませんか!?」
「うーん。そうですねぇ」
「私、何でもやりますよ!」
「でしたら、セシルさんも一緒にアルバート陛下とご結婚を……!」
「ふざけるなよ。エリカ。セシルを側妃になどさせるか!」
「邪魔しないで下さい! レーニさん! これで私の夢が完成するんです!」
ぎゃいぎゃいと言い争いを始めるエリカさんとレーニの二人を見ながら、私は笑みを落とした。
時が流れてゆけば、多くの人がその在り方を変えてゆく。
「あれ!? セシルさん! 王城に来てたんですね!」
「はい。エリカさんがご結婚されると聞いて、ちょっとお話をしに来たんです」
「そうなんですね! あ、そう言えば」
「そう言えば?」
「セシルさんって、前にデイヴの事、興味ありそうだったじゃない?」
「はい。そうですね」
「ならさ。その……婚約とかって興味ないかなって」
「あー」
私はアリスちゃんに笑みを向けながら、うーんと考えるフリをする。
そして、少ししてから微笑んで、別の方の方が良いと思います。と返すのだった。
私の返答を聞いて、アリスちゃんは少し……いや、かなり残念そうな顔をしていたが、ひとまず納得して貰い、私はアリスちゃんと別れて城内を歩いていた。
目的の人物は謁見の間で待っている。
廊下を歩き、謁見の間に着いた私は入り口に立っていた人に話しかけ、少ししてから中に案内されるのだった。
「お久しぶりです。アルバート陛下」
「そう固くならないでくれ。一国の王など君の前では平民と変わらない」
「その様な事は無いと思いますが……」
「あるさ。君のお陰で世界国家連合議会は実現出来たのだから、その功績を考えれば当然の話だ」
「私は殆ど皆さんのお仕事を見ていただけですが……」
「まぁ、議会発足作業については、確かに見ているだけだったな。ハッハッハ。まさか聖女殿がここまで何も出来ないとは思わなかった」
「うっ」
相変わらず痛い所を突く人だ。
確かに私は無能でしたけれども。
「しかし、それで君のこれまでが否定される事もない」
「……」
「君という存在を隠す為に聖国は聖女の存在を隠し続けていたが、それでも実際に救われた多くの人々が、国が君の事を忘れる事などなかった。故に、君が望むのならと多くの国が賛同したのだ。聖女セシル。君は自らの行いを誇るべきだ。君は間違いなく、世界を変えた。君達が望む『優しき世界』に」
アルバート陛下の言葉は甘く優しく私に染み渡る。
しかし、それでも……という想いがあるのだ。
私の中には今でもまだ眠っている。
多くの無念が、消えない悲しみが。
消えていった多くの命が、私の中には、未だ……深く。
「ありがとうございます。アルバート陛下。その様なお言葉を頂けるとは、嬉しい限りです」
でも、この想いは私だけの物だ。
他の誰にも渡すことは出来ない。
だから、いつもの様に笑顔を向けるのだ。
「それで? その様なお言葉を授ける為にわざわざ私を呼んだのですか?」
「いや。これは挨拶の様な物だ。これから話す本題の前に、少しでも君の機嫌を良くしておこうと思ってな」
「それ。そのまま言ってしまったら意味がないのでは無いですか?」
「ふっ、問題は無いだろう。何せ君は隠し事をされるよりは、素直に話す方が好ましいと感じる人間だろう? だから、な」
「まるで単純な人間だと言われている様な気がするのですが……」
「なんだ。気づいたのか」
「……アルバート陛下」
「そう不機嫌そうな顔をするな。冗談だ」
私は一回深いため息を吐いてから、再びアルバート陛下を見据えて口を開いた。
「そろそろ本題を聞きたいのですが」
「そうだな……すまない。少々話しにくい事でね」
「……はい」
「ユニコーンについて、聞きたい事がある」
「はい」
きたかと思いながら私はスッと目を細めて意識を集中する。
リヴィから聞いたアルバート陛下たちの目的。
そして……ユニコーンの真実。
「ユニコーンが人の命に干渉する事は可能か」
「不可能です」
「っ! しかし、君はユニコーンに力を借りて生き延びたのだろう!?」
「えぇ。確かに昔その様な事があったのは真実な様です。しかし、おそらくですが、ユニコーンは私の持っている癒しの力を利用しただけなのだと思います」
「君の力を使った……?」
「はい。私の意識は殆ど消えてましたから、私に触れながら私の力の根源に触れて、ユニコーンの魔力で癒しの魔術を使った。しかし、私は途中で意識が途絶えてしまった為、中途半端にしか使用する事が出来なかったのだと思います」
「そうか……辻褄は合うな」
「はい。だからリヴィやレーニが言っていた様な、人の寿命を伸ばす様な事は出来ないんですよ」
この事を伝えた時、リヴィとレーニは酷く驚いた顔をしていたけれど、アルバート陛下はやや落ち込んではいたが、冷静さは保っている様だった。
そういう所は流石の国王陛下という所だろうか。
「では、エリカや君の命は……」
「その件でしたら心配いりません。本来の寿命以上に伸ばす事は出来ませんが、元の寿命までなら何とかなります」
「本当か!?」
「はい。ただ、この話はエリカさんとアリスさんだけです。私は違います」
「っ!?」
「そんなに驚かないで下さい。悪い意味では無いですよ」
私は練習してきた人を安心させる様な微笑みを浮かべて、子供の様に慌てるアルバート陛下に笑いかけた。
「私が魔法使いであったという事実はアルバート陛下もご存知でしょう」
「あぁ。無論、国家機密だがな」
「ありがとうございます。それで、ですね。魔法使いというのは永遠に等しい時間を生きるそうですので、私の命はアルバート陛下よりも長いのです。いえ……いつか生まれるアルバート陛下の子よりも、ずっと長い」
「……」
「だから私は」
「聖女セシル。いや、セシル嬢」
「……はい」
「後二十年もしたらこの国から出ていくと良い」
「え? それは、えと、追放という……?」
「そう思うのなら、そう思ってくれて構わない。だが、君は頭が良い。とぼけたフリはしているがな」
「……」
「それでいて優しい君の事だ。私がわざわざ言わなくても多くの事を理解しているだろう」
「その様な事はありませんよ」
「そうか? なら、ハッキリと言ってやろう。セシル嬢。君がアリス嬢とエリカの喪失に耐えられる訳がない」
「っ」
「無論二人だけではない。リヴィや私、エリオットも……そして君がこの国で出会ってきた多くの命の最期に君は全身を引き裂かれる様な悲しみと絶望を味わうだろう」
「……それでも、捨てられはしません」
「そうか」
「はい」
私は涙が溢れてしまいそうになるのを必死に堪えながら、微笑む。
この人の終わりも……私は見届けると決めたのだから。
「すまないな」
「いえ。どうか幸せになって下さい。アルバート陛下」
私は謁見の間を出て、外を歩き始める。
世界は動いてゆく。
走ってゆく。
どこまでも……。
しかし、私はこの止まった世界の中で何をすれば良いのか。
分からないまま立ち尽くしてしまうのだった。
「魔法使いだなんて、知らなければ良かったな」
終わらない命など欲しくはなかった。
遠い昔、前世、アニメで見た永遠の命はあれほど輝いていたのに……大切な人たちの顔を思い浮かべるだけで苦しさが体を締め付ける。
永遠なんて……呪いと然程変わらないのだろう。




