第7話『まぁ、悪くは無いですが、良くもないという様な状況ですね』(リヴィアナ視点)
(リヴィアナ視点)
あれから。
アルバート兄様が王になり、それと同時にエリカさんとの婚約……というか実質の結婚を発表してから一年の月日が流れた。
当初の予測通り、エリオット兄様は王族を離れ、新たにメイラーの名を持ち、伯爵家に降りた。
いや、本当は公爵家になるべきなんだけど、血筋の問題だったり、本人の希望だったり……まぁ愛した人と同じ爵位になりたかったりと色々あって、そうなった。
それで良いのか! と思わなくも無いけど、平民になった私よりはマシだろう。
まぁ、本当の本当に平民になった訳じゃないけど、対外的にはそういう扱いだ。
そして、私は今……セシルさんと一緒に冒険者という奴をやっている。
余計なのも二人いるケド。
「リリィ、アンタ前に出過ぎ」
「そういうリネットはそんな後ろにコソコソ隠れてどうするの? 臆病風にでも吹かれた?」
「二人とも! 落ち着いて下さい!」
戦闘が終わる度に文句を言い合う前衛の二人と、争いを止めようとする聖女サマ。
それはもうこの半年くらいで散々見て来た姿だ。
まぁ、前衛の二人がやる気いっぱいというのは良い事だと思うのだけれども。
「お二人とも。ここがどういう場所か、もうお忘れですか? それとも、そうやって騒いで、セシルさんに癒して貰う事が目的なのだと言うのであれば、止めませんけれども」
「「っ」」
私の挑発に前衛二人は大人しくなり、警戒しながら私たちの後ろに戻った。
それを確認しながら、私はため息を吐いて、森の更なる奥を目指して地図を広げる。
今現在、私たちが居る太古の森は、その名の通り、太古の昔からこの世界に存在している森であり、中に住まう生き物は太古より変わらぬ姿で生き続けているという話だ。
テオドール兄様辺りに聞いたら色々と教えてくれるだろうけど、生憎と私たちの目的は古代の森に住む生き物ではなく、ユニコーンのみだ。
だから、以前ガーランド卿が古代の森に入った際に作った地図を頼りに森の奥を目指して進んでいるワケだが……。
「しかし、なんだってユニコーンはセシル様の近くに現れるんですかね」
「突然どうしたの。リリアーヌ」
「いやだって、その理由が分かったら、セシル様をわざわざこんな森の奥までお連れする必要は無いわけじゃない? 安全な場所でユニコーンを呼び出せばさ」
「それはそうだけど」
「リリィさん。ニナ。私はこうして探検する事が楽しいので、それほど気を遣わなくても大丈夫ですよ」
「セシル様……!」
「そう言っていただけると嬉しいです!」
ほんわかした空気を出しながら笑っている三人を横目で見た後で、私は再び視線を地図の上に落とした。
実際の所、聖女サマたちは和やかな空気を出しているが、状況はあまり良くない。
そう。古代の森が広すぎるのだ。
歴史書を見ると、最初の聖女アメリアは、この森を歩き、世界の果てを目指したという話だけれど、こうして実際に森へ入ると疑わしい話だなと思ってしまう。
「うーん」
「リヴィ。大丈夫ですか?」
「えぇ。まぁ、悪くは無いですが、良くもないという様な状況ですね」
「……」
「背の高い木が多いから日の位置が確認できず、方向を確認出来ない。同じ様な景色が続くから現在位置が分かりにくい。その上、この場所は魔力も濃く、魔術の痕跡やらを発見する事も困難。だいぶ厄介な場所ですよ」
「なるほど。まるで樹海みたいですね」
「ジュカイ?」
「えぇ、木がいっぱい集まって海みたいになっている場所の事を言うんですけど、ほら、空から見たら海みたいじゃないですか」
「えと? 木が集まっているのなら、それは森というのでは?」
「いや、そうなんですけど、そうなんですけど……森よりももっと濃くて深いというか、未知の世界みたいに見えて海みたいだと」
「そもそも海とは何ですか」
「え」
当然ともいえる私の言葉にセシルさんはピシッと固まった。
そんなセシルさんを見て、そのまま後ろに視線を流し、セシルさんと長い付き合いであろう二人にも目線を向ける。
が、二人から返ってきたのは首を横に振る否定の合図であった。
つまり二人も知らないのだ。
そのウミなる物を。
「えと、海っていうのは、こう……ね? ざばーん、ざばーんって波がくる場所で」
「ナミ」
「あー、波っていうのは。水がこう砂浜に来る事で」
「スナハマ」
「あうー」
次から次へ知らない単語を生み出しては、自ら混乱してゆくセシルさんを見て、私は首を傾げた。
今作った言葉では無いだろう。
おそらくは、世界のどこかにそういう場所があるのだ。
しかし、それは私も知らないし、セシルさんの護衛二人も知らない。
どういう事だ?
聖女しか知らない物なのだろうか。
なら、今度ヴェルクモント王国に戻った時、エリカさんに聞いてみるのも良いかもしれない。
聖女にだけ見える場所、聖女だけが行ける場所。
そういう場所があるのなら、少しに気になるし。
「私も見てみたいですね。ウミとかナミとかスナハマを」
「っ! そうですね! 是非! どこかで機会があれば行きましょう!」
嬉しそうに、幼い少女の様に笑うセシルさんに笑みを返しながら、私は想像の中にウミを作り出すべく色々と質問をしてみる事にした。
「ウミというのはどれくらい大きいんですか?」
「それはもう、地平線の向こうまで広がっているんですよ」
「地平線の向こう? という事はまさかヴェルクモント王国よりも大きいという事ですか?」
「うーん。ヴェルクモント王国というよりは、世界の全部の国よりも、もーっと大きいんですよ。この大陸よりもずっと」
「それほど大きいのですか」
「そう! そしてそこにはいっぱいの水があるんです。綺麗ですよ。どこまでも広がる世界は」
セシルさんは、巨大な木に囲まれた森の中で、どこか遠い世界の向こう側を見る様な瞳で微笑んだ。
その目に映る景色を私が見ることは出来ないが、いつか見てみたいと思う。
セシルさんと共に。
「あ、そうそう。ちなみに海の水は普通の水じゃなくてしょっぱいんです」
「しょっぱい?」
「はい。舐めるとしょっぱい味がするんですよ」
「という事は、そのどこまでも広い水が全て塩水という事ですか?」
「そうなんです!」
いやいや。
あり得ないでしょ。
やっぱり聖女がどうのじゃなくて、セシルさんの夢物語なんじゃないかって気がしてきた。
それ以外には無いわ。
「それで? 他には何か面白い事は無いんですか?」
「面白い事……あ、そうそう。海の中にはですね。多くの生き物が住んでまして!」
「ほうほう」
「そこにはすっごい種類の生き物が住んでいるんですよ」
「なるほど」
「全ての命は海から生まれたと言われてまして、人のご先祖様も、海から生まれたんです」
「……人も昔は海で生活していたと?」
「はい!」
「塩水の中で?」
「その通りです!」
「なるほど。それは勉強になりました」
「えへへ。まぁ、これも全部聞いた話なんですけどね」
ははーん。
そういう事か。
私はセシルさんの言葉を聞いて、大きく頷いた。
つまりは子供の頃とかに、聞いた話なのだ。
まぁそういう子供が好きそうな話をして、生活している旅人とかから聞いた話を覚えているのだろう。
純粋な事だ。
「海の中にはですね。色々な生き物が居るんですけど、その中でもサンゴという物は非常に綺麗で、海の宝石なんて呼ばれているんですよ」
「海の宝石ですか。それは興味がありますね」
「そうでしょう、そうでしょう! いつか海に行く事が出来たら一緒に探しましょう!」
「まぁ、そうですね。もしそんな時が来たのなら、一緒に探しましょうか」
なんて、私は適当に返事をしながら笑うのだった。
子供の夢を壊さないというのも大事だからな、と考えながら。